表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

第三話 隧道─トンネル─

※男たちの簡単な説明

 俺=視える男。

 タカヒロ=俺の幼なじみ。白皙の美青年。

 ケンゴ=俺の幼なじみ。お調子者。


 子供の頃の話だ。


 

 俺にはタカヒロ、ケンゴという幼馴染がいる。

 

 夏休みも終盤、俺たちはタカヒロの家の庭で花火をしていた。最後(しめ)の線香花火が終わった後、誰が言い出したのか定かではないが、地元で噂の幽霊トンネルへ出かけることになった。


 田舎の夜は早い。

 夜九時になれば信号は黄色の点滅に変わり、自動車はほぼ通らない。公共交通機関の筈の市バスも夜八時以降は運行していない。

 街路灯だけが煌々と夜道を照らす中、俺たちはぽてぽて歩いて件のトンネルへ向かった。



 十分程歩いた先に、真っ黒な口を開けたそれ(トンネル)が現れた。


 今俺たちがいるトンネルは『隧道(ずいどう)』と呼ばれる古いタイプのもので、軽自動車がすれ違うのがやっとの小さなものだ。

 すぐ隣には、新しいトンネルが出来ていて、この小さなトンネルを通るものはほとんどいない。新しいトンネルも、田舎で深夜ともなれば車など通ることは滅多にない。


 目の前の古いトンネルは使用されないので手入れもされず、ひび割れた壁からは山水が染み出して、そのせいか熱帯夜だというのに中はひんやりとしている。



「真っ暗じゃんか」



 ケンゴが不満を漏らしたが、幽霊トンネルに煌々と灯りがついている訳がない。



「このトンネルはそんなに長くないぞ。それにほら、向こう側が見えてるじゃないか」



 俺がそう言うと、わかってるよとケンゴのイラついた声が返ってきた。


 その時、カシュッと缶を開ける音がした。普段は気にもとめないそれはトンネルで反響して大きな音をたて、ケンゴを飛び上がらせた。



「なっ何だよ脅かすなよ!」


「御神酒の代わりだよ」



 タカヒロが笑いながらビール缶を掲げていた。


 道すがら自販機はあったのは覚えている。いつの間に買ったのか、とか俺たち未成年だぞ、とか言いたいことは山ほどあったが、相手はタカヒロなので言うだけ無駄だ。タカヒロは女の子のような見た目に反して、俺たち三人の中で一番過激な悪ガキだからだ。



「怖いのか? ケンゴ。それならお前も飲んで、祓っとけ」



 タカヒロが適当なことを言っている。


 そもそもビールは御神酒じゃないし、御神酒だとしてもそれをがぶ飲みして何になるんだという話だが、それ以前の問題だ。


 俺はタカヒロからビールを引ったくると、中身が入ったままのそれをトンネルの中へぶん投げた。阿呆なケンゴがタカヒロの言う事を真に受けて、飲んでしまうのを防ぐ為だ。



「ああもったいない」


「お清めのための御神酒なんだろ。役に立ったじゃないか」


「よお、いいから行こうぜ」



 ()()()()のケンゴを先頭に、俺たち三人はトンネルの中を進んでいった。



 当然といえば当然だが、ここはただの古いトンネルで、特に何かいわく付きというわけではない。地元民なら誰でも知っている。

 ただ、その古めかしく『いかにも』な佇まいが、ありもしない怪談話のおまけ付きでネット上に拡散して、いつのまにか幽霊トンネルなどと呼ばれるようになったのだ。



 何事もなく反対側の出口まで来た。


 出口の天辺から長い蔦状のものが、何本か垂れ下がって、そこからも山水がポタポタ地面に落ちている。

 俺は『それ』にちらりと視線を()って、やれやれと溜息を()いた。



「何だよ、やっぱり何もねえじゃんか」



 一番ビビっていたケンゴが威勢良く言った。



「そりゃそうさ、ここは偽物だからな。本物はなかなか見つからないんだ。さて充分涼めたし帰るか」



 タカヒロがくるりと踵を返すとケンゴもそれに続いた。





「……教えなくてもいいの?」



 ポタポタ落ちる水音に混じって、頭の上から小さな女の子の声がする。

 俺が無視を決め込むと、そいつは天井から異様に長い濡れた脚だけをぷらぷらさせながら、小さく哄笑(わら)った。



「おおい、何してんだ早く来いよ」



 反対側の入り口近くでケンゴやタカヒロが俺を呼んだ。

 俺は段々と大きくなる笑い声を背後に背負いながら、隧道(ずいどう)の中を足早に進んでいった。

 あれが何だったのかは今でもわからない。だが俺は二度とあのトンネルには行かなかった。








「……とまあ、こんな感じだ」



語り終えた俺の前には、ガリガリに痩せた男が正座をしている。



『すこしもこわくないおちもないはなしもへたくそ』


「実話なんてこんなもんだ。それに俺は稲川○二じゃないんだぞ」

 


 男と俺を挟む卓袱台の上にはオカルトでお馴染みの、五十音と「はい・いいえ」が書かれた紙と十円玉が鎮座している。ガリガリの男こと『同居人』用なので()()()()()()()()()()()()


 特に会話がしたかった訳ではないが、何やら物言いたげな目で俺をじっと見るのでちょっと魔が差して『これ』を作ったのがいけなかった。今回の同居人は喋れないが話を聞くのが好きなのだ。


 十円玉がするすると紙の上を滑っていく。



『もつとはなしをきかせろ』


「断る。物語が好きならその辺の本でも読んでろ。十円玉が動かせるんだから、ページを捲るくらいなんて事ないだろ」


『いちまいすつめくるめんとくさいきくほうからく』



 こいつ。濁点を省略しやがった。

 おまけに『面白くない』とか『下手くそ』とか、さっきから態度がデカくてムカつく。


 とにかくこいつが何を言おうと金輪際聞く気はない。


 誰もいない部屋で何も無い空間に向かって、ぶつぶつと喋っているところなどを誰かに見られたら洒落にもならないと気が付いたからだ。しかもご丁寧に『例の紙』を前にしているので、下手をすれば気が触れたと思われてしまう。

 やはり『オカルト』など碌なものではない。下手に関わってしまった事を物凄く後悔しているのだ。


 同居人はまだ何か言っているようで十円玉が高速で動き回っている。それを無視して卓袱台から紙を取り上げると、同居人の口が『あ』の形に開いたが知った事か。もうこんな『こっくりさん』みたいな真似は絶対にやらない。


 俺は丸めた紙をそのままぽいとゴミ箱に放り込んだ。

 




隧道ずいどう

1 トンネル。

2 棺を埋めるために、地中を掘り下げて墓穴へ通じる道。はかみち。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ