第十二話 執心ーしゅうしんー
※男たちの簡単な説明
俺=視える男。
タカヒロ=俺の幼なじみ。白皙の美青年。オカルトに執心している。
ワンレン隻眼のゲゲゲの少年が愛用していたちゃんちゃんこ。
先祖の霊毛で作られたそれは変幻自在の万能武器になるのだそうだ。霊毛と言うくらいだから霊力を帯びた髪の毛なのだと思う。霊力があろうがそれで作られた『毛100%』の衣服ははっきり言ってあまり気持ちの良い物じゃないと思う。
だとしたら目の前にある明らかに羊毛以外の毛──黒く艶めく毛髪──が編み込まれているぶっちゃけ気味悪いマフラーも、ちゃんちゃんこのように何らかの武器になるのだろうか。
──なる訳ないな。
「武器っていうか“呪いのアイテム”だよね」
嬉しそうにそう宣ったのは、呪いのアイテムこと手編みのマフラーの持ち主のタカヒロだ。
曰く、きちんと包装はされていたが、荷札の類も何もない状態で住んでいるマンションの集合ポストに入っていたという。つまり差出人不明のすこぶる怪しい代物で、普通の人間なら触るのも忌避するような物である。
大地主の跡取り息子で白皙の美青年という、天に愛されたようなこの男の唯一の欠点はその趣味にある。
こいつは全国の心霊スポット巡りをする程のオカルト好きだ。子供の頃から変わらないそれは、オカルト趣味とか好きとかいうような生易しい感情じゃなく妄執に近い。誰とも分からない人物から送りつけられた、これまた誰のものか分からない髪の毛の編み込まれたマフラーを白い指先で撫でる程には重症で末期だ。
「マフラーとかは普通“呪い”じゃなくて“想い”を込めて編むんじゃないのか。それにしてもこんなあからさまに編み込むのは普通じゃないぞ。お前、そのうち本当に誰かに刺されるんじゃないか?」
俺はといえば、テーブルの上でとぐろを巻く手編みのマフラーから立ち昇る何とも言えない気配にうんざりしている。セーターやマフラーに髪の毛──恐らく製作者自身の髪の毛──を編み込むとかは都市伝説の類だと思っていたが、実際にそう言うことをする人間がいる事に驚きだ。
何より単純に気持ちが悪い。
人毛入りマフラーもだが、そんな物を嬉々として受け入れているタカヒロにドン引きだ。いや今更か。俺は目の前のエセ貴公子とは違ってごく普通の感性の持ち主なのだ。
「刺される? それはちょっと困るな。で? どうだ? 何か視えるか?」
タカヒロは大して困った風もなく身を乗り出して俺に問う。
こいつはこのマフラーが本当にヤバい代物かどうか確認する為に態々俺を呼び出したのだ。タダ飯に釣られてのこのこやってきた俺も悪いが全く頭に来る奴だ。
「……視えるって言ったらどうするつもりだ」
「そりゃあ身に着けるさ。それこそ寝てる時も。俺の希望はこの髪の毛が原因で何かが起きる事だからね」
「そうかよ。そういう男だったよなお前は」
そういえばこいつは普通じゃなかったな。
さてどうするか。
狂おしいほど怪異との邂逅を望んでいるタカヒロには悪いが、真実を伝えたところでどうにもならない。確かに髪の毛からはその持ち主の“想い”が煙のように立ち昇り渦巻いているが、何も視えず聞こえず感じないタカヒロには何の障りにもならない。
なのでこのまま放って好きにさせておけばいいが、何かが憑いていると嬉々として毛髪入りマフラーを首に巻くタカヒロの絵面は、俺の精神衛生上大変よろしくない。
何故なら。
「視えてるが、その髪の毛の持ち主は男だ」
「……何だって?」
「長髪の男に心当たりはないか? 当然今は短くなってるだろうが、そいつ相当お前に“想い”があるみたいだな。さっきお前が言ったように四六時中着けてれば、もしかしたら何か起こるかも知れないぜ」
手編みのマフラー=女子、という固定観念は仕方ないかも知れないが、手芸は女子だけに許された嗜みじゃないんだぜ。モテる男は辛いなタカヒロ。
「……そうか」
怪異に遭遇できる可能性と、その為には男の髪の毛に包まれなければいけないという事実に真剣に悩む美青年の図。
俺的には大層面白いが、どの道『前者』の可能性はゼロだから悩んでないでさっさと捨てることを薦めるぜ。
……というか、髪の毛の持ち主が女だったら確実に着けたなコイツ。
俺は未だ結論を出せず、激重な想いの込められた『呪いのマフラー』から目を離さないタカヒロに「難儀なやつだな」と苦笑した。
執心
ある物事に異常な関心を持ち、いつまでもそれにこだわること。また、その心。