第十一話 嘘と真実
「頼む! もうお前しか頼れないんだ」
子供の頃から俺のことを「嘘吐き」だと毛嫌いしている従兄弟が目の前で頭を下げている。
確かに俺は嘘吐きなので今まで通り嫌ってくれていて構わないんだが、俺につむじを晒しているこの従兄弟は、どうも金に困っているとかなんとかで、金策の伝手を探して親戚中を歩き回っているらしい。
引っ越し頻度の高い俺の現在の住処をどうやって探し出したのか、この物件──事故物件──を管理している伯父が従兄弟漏らしたのだとしたら、ちょっと話し合いが必要かもしれない。
「貸せる金なんかないぞ」
「そんなことわかっとるわ! お前霊能力者なんだろう? お祓いだ! 除霊してくれ!」
「はあ?!」
「私がツイてないのは悪霊が取り憑いているからなんだ! そうに決まってるっ!!」
「……」
──駄洒落かよ。
駄洒落かどうかはまあどうでもいい。だが、顔を見る度に散々俺を罵倒していた奴が、正直どの面さげて──とは思っている。
「俺は虚言癖のある痛い奴なんだろ? 恥ずかしい親戚なんかに頼らずに他を当たればいいんじゃないか?」
「うっ」
『幽霊が見える? 嘘つくな』『そこまでして周りの気を引きたいのか』『痛い奴』『こっち見るな気持ち悪い』『お前が親戚とか恥ずかしい』などなど、俺を蛇蝎の如く嫌っている従兄弟の、清々しいほどの掌返しに嫌味のひとつも言いたくなるのは仕方がないだろう。
俺は心が狭い男なのだ。
「で、でも視えるのは本当なんだろ? そう言ってたじゃないか!」
「そもそも俺は霊能力者じゃないし」
俺はこの世ならざるものや不可思議なモノが視える特異体質だが、断じて霊能力者とかいう胡散臭いものではない。従って従兄弟の言うところの除霊の類は出来ない。
ただ視えるだけなのだ。
この視えるという現象だが、小さい頃の俺はみんながそうだと思っていた。だからなんの疑問も持たず、自分が視た色々な怪異を何気ない日常の出来事と同じ様に周囲にペラペラ話していたのだ。
大人になった今考えれば確かに相当にイタいが、処世術のしょの字も知らない幼児だったので仕方がない。
小学校に入学する前の割と早い段階で、この従兄弟の歯に絹着せぬ洗礼を受けたおかげで、俺は嘘が上手くなったとも言える。
純粋無垢な正直者はいなくなったのだ。
「そう言わずに頼むよ、なあ」
「はあ。そもそも悪霊なんか憑いてないぞ。憑いてないものは祓えない」
俺は筋金入りの嘘吐きなので、視えていても顔色ひとつ変えずしれっと『何もいない』と告げることができる。
「そもそもあんたがツイてないのは悪霊がどうこうじゃなくて、ただ運が悪いだけなんじゃないのか? 変な欲を掻かずに地道に生きてればそのうち運も向いてくるって。禍福はなんとやらっていうだろ?」
いとこの腰の辺りにしがみついている婆さんがうんうんと頷いている。
「本当か? 本当に何も憑いていないんだな?」
「本当に悪いものは何も憑いていないよ」
婆さんからは悪い気配はしない──つまり俺は『憑いていない』と嘘を吐いてはいるが『悪霊じゃない』と本当の事も告げているのだ。
従兄弟にしがみついている婆さんがどこの誰だか知らないが、そもそも俺に霊を祓う事は出来ないので『祓えない』というのも真実だ。
とにかく。
「他に用がないなら帰ってくれないか」
婆さんが悪霊だろうがそうじゃなかろうが、さっきから天井付近を漂っている『同居人』が俺たちの会話に興味津々なのでさっさと帰って欲しい、というのが嘘吐きな俺の偽らざる本音である。