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   第九話  ああ、いいぜ





「う~~~~、見たわねぇ~~」


 水面から首だけを出したギムレットが、恨みがましげに奈津人を睨む。


「いや、だって、あの状況じゃ、見えちまうだろ」

「あう……」


 奈津人の言葉に、ギムレットは見事に真っ赤になった。


 うわぁ、可っ愛い……。


 ギムレットに見とれてしまう奈津人だったが。


「あれ、そういや俺、何で生きてるんだ? 絶対死んだと思ったけど」


 ふと思い出して、自分の体に目を落とす。

 そんな奈津人に、ギムレットは薄緑の光を放つ水を目で指す。


「この水のおかげよ。正確に言えば、濃縮された魔力のおかげね」

「魔力? これが?」


 奈津人は水をマジマジと見詰める。


「そうよ、魔力。魔力は全ての生物が持つ生命力の様なモノ。そしてこの世界中に溢れている力なの。ただ、普通は空気よりも感じる事が難しい希薄な存在でしかない。それが、まるで水と感じる程に濃縮されてる。この薄緑に光る水は生命エネルギーの塊よ。だから本当なら死んでいる程の大怪我でも命を繋ぐ事が出来たし、破壊された身体も修復したのよ」


 蟲毒の洞窟は、魔力の流れを封じ込める。

 その働きの所為で行き場を失った魔力がここに溜まったのね。

 

 そう付け加えると、ギムレットは魔力の水を口にした。


「濃縮された生命力よ、ナツトも飲んで」


 ギムレットに言われた通りに、奈津人も魔力の水を飲んでみる。

 

 今まで口に出来た飲み物は血しか無かったからだろう。

 魔力の水はやたらと美味しく感じた。

 爽やかで、微かに甘みがあって、いくらでも飲める。

 自分でも驚くほどの量を飲んだ後。


「で、ギムレット、これからどうする? ここで魔力の水を全部飲み干す事にするか」


 奈津人に言われてギムレットは暫く考え込んでいたが。


「いいえ、時間がかかり過ぎるわ」


 そう言ってギムレットが周りを見回す。

 2人が今いるのは、直径50メートル程の池の端っこ。

 中心に行く程、深くなっている様だ。

 確かに飲み尽くすには、多過ぎる。


「それに、これから先、何が起こるか分からないわ。だからこの魔力の池は、切り札として残しておきましょ。最後にもう一度、しっかり飲んだら出発よ」


 そういうとギムレットは、魔力の水に口をつけた。


「じゃあ俺も飲むか」


 奈津人も、思いっ切り魔力の水を喉に流し込む。

 魔力の水が身体中の細胞を活性化させ、磨き上げてくれる様に感じる。

 かなりの量を飲んだ後。

 2人は地割れを見上げた。


「なあギムレット、垂直に近い絶壁なのに、凄く楽な道に感じるんだけど」

「あら、私もよ……多分、魔力の水でレベルアップした身体が教えてくれているのよ。この程度の壁は、大した障害じゃないってね」


 そう言うと。


「ほら、ね」


 ギムレットは絶壁を、平地を散歩する様に軽やかに登っていった。

 いや、駆け上がって行く、と言った方が正しいかもしれない。

 

 ちなみに。

 ギムレットは今、奈津人から剥ぎ取ったシャツを身に着けている。


「よーし」


 奈津人もギムレットに続く。

 そして500メートル以上もある絶壁を楽々と走り登り。


「到着!」


 奈津人は大岩の上に戻ったのだった。


「どう、楽勝だったでしょ?」


 ギムレットの輝くような笑顔に、奈津人が応えようとしたその時。


「けあああ!」


 寒気がする様な絶叫を上げながら、カンがいきなり飛び掛かってきた。

 両手両足があった部分から、内臓を思わせる触手が伸びている。

 その触手が、ギムレットに襲い掛かった。


「きゃ!」

 そのあまりの不気味さに、思わず悲鳴をあげるギムレット。

 だがしかし。

 その触手がギムレットに届く寸前で、奈津人が掴み止める。


「何度言わせるんだ、薄汚い手でギムレットに触んじゃねえ!」


 殺気に満ちた怒号と共に、奈津人が触手をグイっと引っ張ると。


「ひゃぁ!」


 釣り上げられた魚の様にカンが宙を舞った。

 そして奈津人は、カンが地面に叩き付けられる前に。


「おら!」


 その首を、ガントレットへと変えた左腕でガシリと掴んだ。

 和斗は、カンがギムレットへの仕打ちを忘れていない。

 いや、忘れられるはずがない。

 あれほど酷い事をしたカンへの怒りが、マグマのように噴き出してくる。


「しぶとい害虫だ。ギムレットの治療を急いでたあの時と違うからなぁ。今度は思いっ切りギムレットの仕返しをしてやるぜ」


 言うと同時に奈津人は右腕を、カンの腹に突き刺した。


「ひぎええぇぇ」


 下品な悲鳴をあげるカンの腹から。


「お前もギムレットに、同じような事をしやがったよな?」


 奈津人は内臓を掴み出し、更に腹を大きく引き裂く。


「ぎゃべ、がひ、ぐげ……」


 びくびくと痙攣するカンの胸から下を、ブチリと引き千切ると。


「まだまだ、これからだぞ」


 そう、まだまだだ。

 この程度の事で、恨みが晴れるわけがない。

 

「覚悟しろよ」

 

 奈津人はカンの頭をガシリと掴んだ。


「ひいいぃぃぃぃ、やめて、やめて、やめて、やめて」


 頭蓋骨がミシミシと音を立てて軋む痛みに、カンが絶叫を上げる。

 が、奈津人は表情一つ変えずに。


 バキバキバキ。


 カンの頭から頭蓋骨を剥ぎ取った。


「はぎえぇぇぇ! た、助けて……」


 頭蓋骨を剥ぎ取られ、脳がむき出しになった姿で命乞いをするカンに。


「ダメだ」


 奈津人は鋼鉄の様な声で言い捨てた。


「クズは生きているだけで害になる。キサマは死ね」


 奈津人は死刑宣告と同時にグチャリと脳を握り潰す。

 その瞬間。

 カンの体は大きくビクンと跳ね、動かなくなった。


 しかし殺したと思ったのに、カンは生きていた。

 これで安心するワケにはいかない。

 だから奈津人は。


「おらッ!」


 ぐちゃん!


 カンの体を思いっ切り地面に叩き付けた。

 三つ首ヒドラや巨大昆虫の力を手に入れた奈津人のパワーは正に怪獣並。

 そのパワーは、カンの肉体は形を残さない位に破壊された。


「ナ、ナツト……」


 ギムレットは声を出す事が出来なかった。


 今まで奈津人は戦う前に、必ず確認していた。

 避けられる戦いならば、避ける為に。

 そんな奈津人が今、殺気をまき散らせている。

 そして人間、いや、かつて人間だったモノを破壊した。

 初めて奈津人が怖かった。


 しかしそれ以上に、ギムレットは嬉しかった。

 奈津人がこれ程までに怒り狂っているのは、自分の為なのだ。

 そう思うと。

 身体の芯が痺れて、立っていられない程の幸福感を感じた。

 幸せのあまり、涙が出そうだ。


 ごしごしと目をこすって深呼吸してから。

 ギムレットは奈津人の名を呼んでみる。


「ナツト……」


 その声に振り向いた奈津人は……。

 いつも通りギムレットに優しい目を向ける、いつもの奈津人だった。


「さぁてギムレット。カンの隠れ家で服を調達してから、今まで通りの獲物を倒してより強くなる事を目指す生活に戻ろうか」

「うん、ナツト」


 奈津人の優しい声に、ギムレットは頷いたのだった。





 魔力の水を飲んでレベルが一気に上がったのだろう。

 四つ首ヒドラはもう既に敵ではない、と身体が告げていた。

 奈津人は蟲毒の洞窟を、より強いエリアへと進むと。

 遭遇した四つ首ヒドラに向かって、さっそく大声をあげた。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い避ける事は出来ないか!」

「「「「シャギャァァァァ!」」」」


 奈津人の叫びも虚しく、四つ首ヒドラは襲い掛かってきた。


 しかし思った通り。

 四つ首ヒドラのスピードは、対応出来ないものではなかった。

 奈津人は、4方向から襲い掛かってくる四つ首ヒドラの牙を躱すと。


「むん!」


 ガントレットの拳をヒドラの胸に叩き付けた。

 その一撃は心臓を破壊したのだろう。


「「「「ゲパ!」」」」


 四つ首ヒドラはビクンと大きく体を震わせると。


 ズッズゥン!


 地面に突っ伏して動かなくなる。

 四つ首ヒドラは、三つ首ヒドラの5倍の戦闘力を持っている筈。

 なのにあっけない程、簡単に倒せた。 

 魔力の水は奈津人のレベルを飛躍的にアップさせてくれた様だ。

 

 奈津人は、ヒドラが完全に絶命したのを確認すると。


「よし、食事にしようぜ」


 ギムレットに会心の笑みを向けたのだった。






 ギムレットは毎回、戦いたくない、と叫ぶ奈津人が可哀そうになってきた。

 ナツトはこんなに優しいのに、誰もその優しさに報いてくれない……。

 四つ首ヒドラを食べながらも、ギムレットが奈津人の事が気になってチラチラと見ていると。


「どうしたんだギムレット。もうヒドラから力は感じなくなったのに」


 いつの間にか食べて強くなれる時間を過ぎていたらしい。

 食べる事を止めた奈津人が、まだ食べ続けていたギムレットに、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「う、ううん、何でもないわ。てへへ」


 てへへ? 

 こんな照れ臭そうに舌を出して笑うギムレットなんて初めて見たぞ。

 ……いい。

 

 うっとりモードに突入する奈津人だったが。


「ナツト」

「ん」


 ギムレットの鋭い声を聞くまでもなく、奈津人は戦闘態勢をとる。

 そこに現れたのは身長2メートル半もある大男だった。


 身長が高いだけではない。

 異常なほど発達した筋肉が全身を覆っている。

 が、鈍重な印象は微塵もない。

 戦闘用に鍛え上げられたパワーとスピードとバネを備えている事が、ヒシヒシと伝わってくる。


 しかも大男の後ろには、獣人が2人も付き従っていた。

 巨大な熊の獣人とネコ科の猛獣の獣人だ。

 こちらも、物凄く戦闘能力が高い事が一目で分かる。


「くそう、洞窟を進み過ぎたか。こんな強い奴らと出逢うなんて」


 冷や汗を流す奈津人に、ギムレットが呟く。


「いいえ、コイツらは四つ首ヒドラがいるエリアにいる強さじゃないわ。ただ単に私達の運が悪かっただけよ」


 ギムレットが重々しい声で答える。


 到底勝てる相手ではない事は奈津人もギムレットも瞬時に悟っていた。

 こうなったら仕方がないと、奈津人は覚悟を決めた。


「ギムレット。いつも通り、俺は戦いを避けれないか確認する。で、ダメだったら全力で逃げるぞ。そして……そしてあいつ等の方が俺達の逃げ足よりも速かったら、俺が可能な限り時間を稼ぐから、一人で逃げてくれ。ギムレットがここを脱出出来る事を祈ってる」

「何バカな事言ってんのよ」


 泣きそうな顔で言い返すギムレットに、奈津人は厳しい声で言い聞かす。


「2人とも死ぬか、1人だけでも生き延びるか、2つに1つだ。下僕は主人を命に代えても護るモンだろ? 言い合ってる時間なんてない。いいな、生き延びろ」

「私はナツトを失うくらいなら一緒に……あ」


 ギムレットが最後まで言う前に。


「ギムレット……」


 奈津人はギムレットを抱き締めて唇を奪った。


「お別れだ、ギムレット。今まで楽しかった」


 ギムレットに別れの言葉を囁くと。


「ナツト!」

 

 叫ぶギムレットに背を向けて、奈津人は大男の前に飛び出した。

 そして戦う前に。

 最後の意地で、奈津人はいつも通り叫ぶ。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い避ける事は出来ないか!」

「ああ、いいぜ」

「へ」


 あまりにも意外な大男の返事に。

 奈津人の口からは、間抜けな声が漏れたのだった。




2020 オオネ サクヤⒸ

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