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   第八話  ナツトのバカーー!!!

 




 くそう!

 俺のミスだ。

 チクショウ。


 奈津人はギムレットの小さな身体を抱き締めながら落下していった。

 地割れの所々に突き出ていている岩に何度も二人は叩き付けられる。

 が、その度に奈津人は、全身でギムレットの身体をかばった。

 何度も気が遠くなるが、奈津人はその度に叫んで意識を繋ぎ止める。


「ギムレットは俺が守る。何があっても守り抜く。絶対に守り抜いてみせる!」


 呪文の様に何度も何度も繰り返す。

 こうして奈津人はギムレットを抱き締めたまま。

 地割れの底へと飲み込まれていったのだった。






「ここは……水の中?」


 意識を取り戻したギムレットは思わずそう口にした。

 しかし水の中なので言葉にはならない。

 

 と、そこでギムレットは思い出した。

 蟲毒の洞窟に水が存在する筈がない、と。

 第一、水の中に沈んでいるのなら、今の様に呼吸が出来る訳が無い。

 意識がハッキリしてくるにしたがって。


「そういえば……」


 ギムレットはカンに大怪我を負わされた事を思い出す。

 しかしその割には痛みを感じない。

 カンに切り裂かれた腹に恐る恐る触れてみると。


「え?」


 傷口は跡形もなくなっていた。


 そこでギムレットは、自分が奈津人の腕に抱かれている事に気が付いた。

 カンに襲われたあの時。

 奈津人は、大怪我の身体で駆けつけて自分の名を叫んだ。

 嬉しさに泣いてしまったっけ。

 不思議だけど、奈津人の叫び声を聞いた時、物凄く幸せだったなァ。

 もう自分の心の変化を認めざるを得ないギムレットだった。


「ナツト……」


 ギムレットは奈津人の名を口にしながら立ち上がる。

 水はそれほど深くなく、水面はギムレットの膝上15センチくらいだ。

 その時。

 

 バシャン。

 

 今までギムレットを抱いていた奈津人の腕がボトリと落下した。


「え?」


 目を向けると、そこには肩口から千切れた奈津人の右腕が浮かんでいた。

 その腕はユラユラと数回揺れると、ゆっくりと沈んでいく。


「イヤァァァ!」


 ギムレットは、沈みかけた奈津人の右腕に飛びついて胸元に抱え込むと。


「ナツト! ナツト! ナツトォ!!」


 半狂乱で奈津人の姿を探し回った。

 

 一緒に落ちたんだから近くにいる筈。

 無事でいて。

 ううん、せめて生きててくれれば。

 私を1人にしないで。

 どこなのナツト。

 お願い、お願い、お願い……。


 必死の思いが天に届いたのだろうか。

 ギムレットは数メートル先に浮かんでいる奈津人を発見した。

 大慌てで駆け寄るが、そこで。


「ナツトォォォォォ!」


 ギムレットの絶望の悲鳴が地割れの中に響き渡った。



 奈津人は酷い有り様だった。

 右腕の他にも、左膝と右足首から下が千切れかけている。

 左腕もねじ曲がり、左わき腹が大きく抉り取られている。

 胸にも幾つもの穴が背中まで貫通している。

 が、1番酷いのは、奈津人の顔の左半分がグシャリと潰れている事だった。

 たとえワーウルフの生命力でも、これ程の傷を負っては生きていまい。


「ナツトォ……死なないでェ……死んじゃヤだよぉ……私を独りぼっちにしないでよぉ」


 絶望的なまでに破壊された奈津人の身体にしがみつくと。


「うう……ああ……わああああああん……」


 ギムレットは大声で泣いたのだった。



 泣き続けて、どの位、時が過ぎ去った時だっただろうか。


「え?」


 そっと顔を上げたギムレットは。


「まだ息がある?」


 奈津人の全身の傷が、薄っすらと緑の光を放っている事に気が付いた。


「これは……この水は!」


 ううん、今は余計な事を考えている場合じゃないわ、ギムレット。

 しっかりするのよ!


 ギムレットは自分で自分を叱りつけると。


「お願い……」


 抱き締めていた右腕を奈津人の右肩に戻し、ザブザブと水を浴びせる。

 すると水を浴びせた奈津人の傷が淡い緑も光を放ち。


「やっぱりそうだ!」


 ユックリとだが、修復されていった。


「ナツト、しっかり。きっと助かるわ、きっと私が助かるから!」


 ギムレットは水を奈津人に掛けた。

 掛けて、掛けて、掛け続けた。

 ひたすらに掛け続けた。

 休む事無く一心不乱に掛け続けた。

 どのくらい水を掛け続けただろうか。


「………………………………ット」


 奈津人が何か喋った様な気がした。


「ナツト? ナツト!」


 ギムレットは慌てて奈津人に顔を近づけると、聞き耳を立てた。

 ギムレットの努力により奈津人の身体は、既に元通りに修復している。 


「ギム……きれい…………俺は……レット…………すき……」


 奈津人の声は途切れ途切れだった。

 その上かすれていた為ハッキリと聞き取れない。

 しかしギムレットの耳には、こう聞こえた。


 ギムレット、綺麗だ。俺はギムレットが好きだ、と。


 え、今ナツト、私の事を綺麗だって言ったの? 

 私の事を好きって言ったの? 

 え? え?

 ど、どうしよう。

 まるでウサギの様に、心臓が跳ね回ってる。

 顔が、ううん、身体まで熱い。

 え? え? え? 何で? 

 私どうしたんだろ?


 混乱するギムレットの前で、奈津人がゆっくりと目を開けた。


「ギムレット」

「は、はいぃ!」


 奈津人に名前を呼ばれて、思わず正座してしまうギムレット。

 ここの水深は浅かった。

 が、正座したので、ギムレットは首だけを水面から出して奈津人と向かい合う事になった。

 そんなギムレットに、奈津人はゆっくりと起き上がり口を開く。


「お……」


 ギムレットの時が止まる。


 お? 

 その言葉の後に、何を言うの?

 と思った次の瞬間。

 さっき聞いた、というよりギムレットが聞いたと思い込んでいる言葉が頭の中を駆け巡った。


『俺はギムレットが好きだ。』


 ど、どうしよう、そんな事言われたら。

 今までの様に言う? バッカじゃないのって。

 ううん、言えない、そんな事。

 そんな言い方もう出来ない。

 え? どうして出来ないの? 

 ひょっとして私、ナツトの事……。


 稲妻の様に色々な事がギムレットの頭の中でスパークした次の瞬間。

 奈津人の言葉で時が元通り流れ出した。


「おはよ、ギムレット」




 最初に言っておく。

 寝言で何を言おうとも。

 そして寝言で言った事を覚えて無くとも。

 それは不可抗力と言うモノである。

 それで奈津人を責めるのは酷というモノだろう。


 しかし!

 今までの人生の中で1番ドキドキして、そして本人は認めないだろうが、1番期待にときめいて。

そして悩みまくったギムレットの乙女心が怒りで爆発したのは、誰の所為かと聞かれれば。

 奈津人の所為と言わざるを得ない。

 結果。


「ナツトのバカーー!!!」


 ザバッと立ち上がったギムレットの蹴りが、奈津人を直撃した。





「ナツトのバカーー!!!」


 いきなり怒鳴って立ち上がったギムレットの姿に、奈津人は硬直した。

 次々と起こった出来事の為、ギムレットは忘れているようだが。

 カンに服を切り裂かれて今のギムレットは何も身に着けていない。

 つまり。


「うわ!」


 全裸のギムレットを目にして、奈津人の時は止まった。

 

 小さいけど輝く様に綺麗な胸。

 驚くほど細く引き締まったウエスト。

 芸術的に形の良い可愛らしいお尻。

 今まで服の下に隠れていた全てに眼を直撃されて。


「綺麗だ……」


 奈津人の口から正直な声が漏れた。

 しかし衝撃の映像はまだまだ続く。


 ギムレットの妖精の様に美しい脚が持ち上がっていく。

 

 ば、ばか、そんな事したら、み、見えちまうだろ! 

 

 心の中でそう叫ぶものの……。

 奈津人は目の前の妖精から目を離す事など出来なかった。


 一杯に持ち上がった脚が奈津人目がけて伸びて来ると。


 げし。


 奈津人のデコにヒットした。

 奈津人の時間が圧縮された様な状態はまだ続いている、

 だから、ギムレットの今までパンツで覆い隠されていた部分が。


「あう!!!!」


 目どころか奈津人の脳までをも直撃した。


 は、初めて見た。

 こ、これは……もう死んでもいい……。


 奈津人が衝撃の映像を、しっかりと目に焼き付けたところで。


「あ」


 時の流れは元に戻った。

 それと同時に。

 

 ブシッ!


 奈津人は大量の鼻血をまき散らしながら、ひっくり返ったのであった。





「ナツトのバカーー!!!」


 ギムレットの蹴りを食らって(鼻)血を吹き上げる奈津人に。


「え!?」


 1番ビックリしたのはギムレットだった。

 と同時に。


(鼻)血をまき散らす奈津人の姿に、地割れを落下した時の事を思い出す。

 岩に叩き付けられる度、奈津人の身体が破壊されていくのがハッキリと伝わってきたあの時を。


 このままじゃ、ナツトが死んじゃうよぉ。

 そう泣きながら叫ぼうとするが、声にならなかったあの時の恐怖が蘇る。


 自分の所為で奈津人が死ぬ恐怖。

 奈津人を失って、たった1人で蟲毒に取り残される恐怖。

 落下の時に感じた、その恐怖が再びギムレットを襲った。


「ナ、ナツト、ごめん! しっかりして。死なないで……」


 実は、単なる鼻血なのだが、勘違いしたギムレットは奈津人に取りすがると。


「ナツト、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何度も何度もごめんなさいを繰り返した……裸のままで。




 うお、ギ、ギ、ギムレットの裸の胸が、直接当たってる……。

 小さいクセに、フニンと柔らかくて……あう。

 更に盛大に鼻血を吹き上げる奈津人。


 ず、ずっとこのままギムレットに抱き付かれていたい。

 けど、このままだと俺、本当に死ぬかもしれない。

 だから奈津人は血の涙を流す思いで口を開いた。


「俺は大丈夫だ。だからギムレット、何か服を着てくれ」

「え?」


 そこで初めてギムレットは自分が素っ裸である事に気が付いた。

 そして。


「きゃああああああああああああああああ‼」


 ギムレットの、どんな猛獣の咆哮よりも大きな悲鳴は、地割れの外まで響き渡ったのだった。





2020 オオネ サクヤⒸ

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