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   第七話  カン




 

「うおお!」

 

 奈津人がは歓喜の声を上げた。

 三つ首ヒドラを食べた時の何倍もの力が身体中を駆け巡っている。

 巨大蟻の、自分の体重の一00倍の重さを動かせる力を手に入れたのだ。

 今の奈津人なら巨大蟻の様に、三つ首ヒドラを振り回す事も出来るだろう。


「本当に凄いパワーアップだわ。この調子でドンドンいくわよ」

「おう!」


 ギムレットの弾んだ声に気を良くした奈津人は更に獲物を倒していった。


 ところでギムレットは巨大蟻をこのエリアのメインの生物と言った。

 しかしそれは半分正解、半分誤りだったらしい。

 このエリアは昆虫がメインだったのだ。


 奈津人は色々な種類の巨大昆虫と戦う事となった。

 カブトムシやクワガタは巨大蟻以上に大きくてパワフルだった。

 カマキリの鎌は速くて鋭かった。

 キリギリスは鋭く大きなアゴを持つ、手強い肉食昆虫だった。

 だが、その分、倒した時に手に入る力も大きかった。


 そしてクモ、サソリ、ムカデなどもこのエリアに生息していた。

 コイツら、見た目インパクトが有り過ぎ。

 食べるのは、ちょっとキツかった。

 まあ、手に入る力と能力は素晴らしかったので、文句は言えないが。


 奈津人はどんどん強くなる自分を楽しんいた。

 しかし、奈津人の叫び。


『俺はアンタと戦いたくない、この戦い、避ける事は出来ないだろうか』


 は、残念ながら全て無駄に終わっていた。





 そんなある時。


「なあ、ギムレット、何で人間が生き残ってんだろ。俺、1人も生き残れないと思ってた」

 

 奈津人は岩陰に潜む人間を発見して、そう呟いた。


「生き残るだけなら不可能じゃないわよ。私達もそうだけど、倒した獲物を1時間で食べつくせる訳ないでしょ。その食べ残しを漁っていれば、強くなる事は出来ないけど生き延びる事は出来るもん」


 なるほど。

 ここにいる人間は、自分に何が起こったのか分からない筈。

 生き延びるだけで精一杯でも不思議はない。

 殺されない事に専念すれば、何とか生き抜く事が出来た者もいたのだろう。

 なにしろ強くなる方法など、知る筈がないのだから。

 

 などと考えていた奈津人の足元にコツンと落ちる小石。 


「おい、こっちだ」  


 人間の声だ。

 岩陰から40歳位の痩せ細った男が手招きしている。

 奈津人はギムレットと目を合わす。


「行ってみましょ」


 素早く決断して岩陰へと向かうギムレットに、奈津人も慌てて続く。


「よくお前らみたいな子供がこの地獄を生き抜いたな。驚いたぞ、大変だったろう」


 男はそう言って人の良さそうな笑みを浮かべると。


「だが、もう安心だぞ。こっちへ来いよ」


 岩の間の小さな隙間へと歩き出した。


 奈津人はギムレットに目で問う。

 どうする? と。


「とにかく行ってみましょ」


 ギムレットが男の後を追う。


 曲がりくねった岩と岩との隙間を抜けて行くと、10階建てのビル程もある大岩の前に出た。

 その大岩の表面には、人1人がやっと通れる割れ目が、幾つも見て取れる。


「ここだ」


 男は大岩の割れ目の1つに潜り込んだ。

 高さ1メートル、幅40センチ程か。

 その割れ目を20メートルばかり進むと、8畳ほどの空間へと辿り着く。


「もう安心だ。オレの名はカン」


 男は床に座り込むと自己紹介する。


「あ、俺は鈴木奈津人です。こっちはギムレット」


 ギムレットに肘で脇腹を突かれて、奈津人はカンに自己紹介した。


「ここらの怪物は体がデカいから、ここの隙間を通る事は出来ないんだ。だから、ここにいれば安全だ。2人とも疲れてるだろ、少し休むといい。そこに少しだが食い物もあるから、好きに食ってくれ」


 親切そうな笑顔を見せるカンに、ギムレットがしおらしい声で答える。


「私は疲れているから、少し眠らせてもらうわ」


 そう言うなり横になるギムレット。

 どうやら何か考えがある様だ。

 そんなギムレットに、カンが優し気な目を向ける。

 

「危険でまともに寝る事も出来なかったんだな。まあ、ゆっくり寝るといい。ナツトと言ったか、お前さんもユックリ休むといい」

「いや、俺はそんなに疲れてないので」


 奈津人がそう答えると、カンが身を乗り出してきた。


「じゃあ、面白いモンを見せてやろう。ここで生き抜くのに物凄く役に立つモンだ」


 そう言ってカンが立ち上がる。


「こっちだ」


 カンがここに入ってきた割れ目とは別の割れ目を進んで行く。

 30メートルほど進むと、車30台が駐車出来るくらいの開けた場所に出た。

 幾つも深い地割れが走っている。

 どうやらここは、崖に突き出した大岩の上らしい。

 覗いてみると深さは500メートル以上ありそうだ。


「うわぁ、落ちたら助からない高さだな」


 奈津人が恐々と谷底を見下ろしていると。


「その通り、落ちたら助からねぇよ」


 カンの声が背後で聞こえたと思ったら。


「うわぁ!」


 奈津人はカンに突き落とされたのだった。


 チクショウ、油断した! 

 カンの野郎! 

 許さん! 


 呪いの言葉を口にしながら奈津人は転げ落ちていった。






 この蟲毒の洞窟で生き抜く事は至難の業の筈。

 強い生物の食い残しを集めてたとしても、生きていくのがやっとだろう。

 そんなカンが、わざわざ自分達を自分の隠れ家に案内したのはなぜか?

 本当に親切からだろうか?

 それとも……。


 ギムレットが寝たふりをしながら考えていると、カンが駈け込んで来た。


「嬢ちゃん、大変だ、ナツトのやつが、谷に落ちちまった!」


 血相を変えてそう叫ぶカンにギムレットは飛び起きた。


「な、なんですって」

「こっちだ、早く」


 駆け出すカンの後を追うギムレット。


「何やってんのよ、ナツトのバカ」


 口の中で小さく罵りながら、ギムレットは崖に突き出た大岩に辿り着く。


「ここだ、こっから落ちた」


 そう言って崖下を指差すカンの横から、ギムレットは崖を覗き込んで叫ぶ。


「ナツトォォォォ!」

「あ、そうだ! 嬢ちゃん、これ」


 真後ろで慌てた声を上げたカンへと、ギムレットが振り向くと。


 トン。


 ギムレットは、小さな衝撃をみぞおちに感じた。


「え?」


 ギムレットが視線を落とすと、カンの握った短剣が突き刺さっていた。


「こ、これは……」


 ギムレットが顔を上げると、別人の様に醜い笑い顔を張り付けたカンの姿があった。

 と同時に、ギムレットは理解する。

 騙し討ちだ、と。


「く……この卑怯者が……」


 ギムレットは、奈津人と同じ獲物を食べてきた。

 だからギムレットも奈津人と同等の強さを得ている。

 まともに戦えばカンなど敵ではない。

 しかしギムレットが攻撃するよりも、速くカンが短剣をグリッと捻った。


「はぐぅ!」


 あまりの痛みに、ギムレットの膝からカクンと力が抜けた。

 ズルズルと崩れ落ちかけたギムレットの首をカンが鷲掴みにする。


「お前も油断したなぁ」


 カンの顔が、醜い本性をさらけ出して別人の顔に変化していた。


「この……クズめ……」


 悔しそうにギムレットが声を搾り出すと。


「きひひ」


 カンは卑しく笑い、ギムレットに突き刺した短剣を一気に引き下ろした。

 その小さな体を、股間近くまで切り裂かたギムレットの悲鳴が。


「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 崖下まで響き渡った。


「う~~ん、いい声で鳴くなぁ」


 カンが舌なめずりしながら、ギムレットの首を掴んでいた手を放す。


「ぐぅ!」


 ギムレットはトサっと力なく地面へと倒れ込んだ。

 反撃しなきゃ、と頭では思うものの。

 痛みに耐性のないギムレットは、激痛のあまり身体を動かす事が出来ない。

 そんなギムレットに、カンが聞くに堪えない下品な笑い声を漏らす。


「きひ、きひ、きひ、まさかガキとは言え女が手に入るとは……しかもこんな上物がなぁ」


 そしてカンは、小さく痙攣しているギムレットの服を短剣で切り裂いた。


「こんな美人が手に入るとは、外じゃ絶対ないからなぁ。それを考えると、ここも悪くないぜ。ここじゃ肉は腐らないから死んでも構わないが、出来ればもっと悲鳴をあげてくれ。オレは女の悲鳴を聞くのが大好きなんだ。さぁて、それじゃあ楽しませてもらうぜぇ」」


 カンが切り裂いたギムレットの服を剥ぎ取っていく。


 チクショウ、こんなヤツに。

 悔しい。

 こんな事なら……。

 ダメ、痛くて体に力が入んない。

 痛いよ……。

 ナツトはどうなったんだろう?

 散々蹴飛ばしたけど……今までけっこう楽しかったな。

 ナツト……。


 涙の滲む瞳でカンを睨みながら、ギムレットは下僕の名を口にした。


「ナツト……」


 と、そこに。


「ギムレットォ!」


 思いがけなく奈津人の叫び声が返って来た。


「ナツト……」


 ギムレットの目から一気に涙が溢れる。

 だが、奈津人の姿を目にしてギムレットは息を飲んだ。

 全身は傷だらけで血塗れ。

 しかも左腕はブランと垂れ下がっている。


「きへへへへ、おめぇ、そんなボロボロで何しに来たんだぁ。そんな体で動くと死ぬぞ。まあ、その方が、食料が増えて好都合だがなぁ、予定通りで」


 善人の仮面を脱ぎ捨てたカンの顔は、下品な本性があらわになっていた。

 見るに堪えないくらいに醜い。

 人間とは、心1つでこんなにも醜悪な生き物へと変わり果てるのか。

 そう思うと、奈津人は胸くそ悪くなった。

 そして、その思いは爆発。


「薄汚い手でギムレットに触んじゃねえ!」


 平凡な高校生の奈津人が、今初めて人間に対して殺意を覚えた。

 煮えたぎるマグマの様な怒りに身体中を支配する。


「うおぉおおおお!」


 奈津人は、唸り声をあげながら右手のガントレットに変化させた。


 今の奈津人は確かに重傷を負っている。

 しかし頭だけになっても動いていた蟻の生命力も得ている。

 もちろん、他に多数の生き物の力も。

 だから傷だらけでも奈津人の体は、思い通りに反応してくれた。


 カンはきっと、ギムレットを人質に取るだろう。

 そんな暇など与えてたまるか!

 奈津人はカンの両手と両脚をガントレットで切り飛ばす。


「ぎびゃぁぁぁ!」


 両手と両足を失ったカンが悲鳴をあげた。

 ゲスは悲鳴までもが醜い。

 イモムシの様に地面に転がるカンに、奈津人が冷たく言い捨てる。


「今は殺さない。痛みにのたうち回り、苦しみ抜いて死ね」


 冷たくそう言い捨て、奈津人はギムレットに駆け寄るが。


「う!」


 奈津人の顔が青ざめる。

 ギムレットの傷は思ったより遥かに重傷だった。

 大きく裂けた腹部の傷口から内臓がはみ出している。

 命に関わる重傷だ。


 と、そこで奈津人はガントレットゴリラと戦った時のコトを思い出す。

 重傷を負ったが、血を浴びたら回復した。

 

 それと同じだ。

 血を浴びせればギムレットは回復する筈。

 しかし急がないと手遅れになり兼ねない。


「もう大丈夫だ、ギムレット」


 奈津人はギムレットを優しく抱き上げると。


「さっさと獲物を倒して血を浴びて、回復しようぜ」


 衝撃を与えない様に注意を払いながら走り出した。

 が、奈津人の足が『何か』につまずく。


「うお」


 しまった、と奈津人が思った時には。

 大岩に口を開けた地割れの1つへと転げ落ちていたのだった。







2020 オオネ サクヤⒸ

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