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   第六話  俺はアンタと戦いたくない





「三つ首ヒドラよ。今のナツトなら不意打ちで楽勝よ」


 鍾乳石の陰でギムレットが囁く。


 戦いにおいて。

 一般には、体が大きい方が有利な場合が多い。

 しかし、不意打ちを仕掛けるのなら、話は違う。

 岩陰に隠れる奈津人のサイズは、不意打ちにおいて有利だ。


 有利なのだが。

 奈津人は鍾乳石の陰から歩み出ると、大声を張り上げた。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い、避けれないだろうか」


 そんな奈津人に、三つ首ヒドラがゆっくりと近づいてきた。

 3つある頭の内の1つを奈津人へと伸ばしてくる。


「……ひょっとして、分かってくれた? わ!?」


 ガチン!


 さっきまで奈津人が立っていた空間で、ヒドラの牙が咬み合わされた。


「ちぇ」


 奈津人は小さく舌打ちしながら、腕をガントレットへと変えると。


「やるしかないか」


 ヒドラと向かい合った。


 奈津人は既に、三つ首ヒドラの力を手に入れている。

 これまで戦ってきた生き物の力の蓄積がある分、奈津人の方が有利だ。


「「「ギシャーー!」」」


 襲い掛かってくる三つ首ヒドラの攻撃をかわす度。

 あるいはガントレットで弾き返す度。

 奈津人は爪を伸ばしてヒドラを攻撃する。

 

 勿論、大振りはしない。

 バランスを崩さない範囲でヒドラの首を鋭く爪で切り付けるだけに留める。

 どんな反撃を受けても対処できる体制を維持する為だ。

 今までの戦闘で奈津人が身に付けた、リスクを最小限に抑える戦い方だ。


 それでも、さすが三つ首ヒドラ。

 防御力が高くて、思ったように切り裂けない。

 が、それでも奈津人は確実にダメージを与えていった。


「「シャギャアァ!」」


 頭を1つ切り落とされ、ヒドラが怒りの咆哮を上げた。

 これでヒドラの攻撃力は大幅にダウンしたはず。


 しかし奈津人は油断なくリスクの少ない戦いを続けた。

 絶対に油断しない。

 これもまた、奈津人が今までの戦闘で得たモノだ。


 ドスン。


 2つ目の首が切り落とされて地面に落ちた。

 その瞬間。

 奈津人は一気に加速して、最後の首を全力で切り落とす。


 勝機を逃さない。

 これも今までの戦闘で得た経験だ。


 そして最後の首が地面に転がり、ヒドラは動かなくなった。


「ふう。勝ったぞ、ギムレット」


 どげし。


「うべ」


 顔面にギムレットの蹴りを食らってひっくり返る奈津人。


「バカじゃないの、せっかく不意打ちのチャンスだったのに!」


 ギムレットが、頬を膨らませて奈津人を睨み付ける。

 

 怒った顔というモノは、普通は醜いモノだ。

 しかしギムレットの怒った顔は、実に可愛らしかった。

 そのギムレットの美しく整った顔を見上げながら奈津人は口を開く。


「なあ、ギムレット」

 

 その奈津人の目は真剣だった。

 平凡な奈津人の顔が漢の顔に変わる。

 ギムレットの胸がトクンと跳ねた。


「な、何よ」


 思わずつっけどんな言い方をしてしまうギムレットに。


「俺、思うんだ」


 奈津人は立ち上がって話を続ける。


「俺はここに来たくて来た訳じゃないし、殺し合いもしたくなかった。そしてそう思っているヤツは他にもいると思うんだ、あの喋ったゴリラの様に。だから俺は、そんなヤツとは戦いたくないんだ」


 そう言う奈津人の目は澄んでいて、ギムレットは素直に綺麗だと思った。


「この洞窟で最後の2人になった時は、どうなるのか分かんないけど、今は戦いを嫌だと考えている相手はいると思うんだ。だから戦う前に確認しておきたい。戦いを避けたいと思ってないか、という事を」


 日本の高校生らしい、甘い考えだった。

 この蟲毒の洞窟に生存している生物は全て、生き残りを賭けたライバルだ。

 倒せる生物は片っ端から倒してその力を奪って強くなるべきだ。

 でないと生存競争に負けてしまう。


 しかし。

 この甘さが奈津人の1番の長所かもしれない。


「そうね。もしあのゴリラと出逢った時に確認してたら、戦わずに済んだかもね」


 ギムレットにとっても、喋るゴリラとの戦いは苦いモノだった。

 避けられるモノなら避けたかった戦いだ。

 

 私もまだまだね。

 小さく呟いてから、ギムレットは奈津人に笑顔を向けた


「いいわ、ナツトの好きにしたらいいわ。それよりも、この三つ首ヒドラの力、さっさと手に入れるわよ」

「ありがとう、ギムレット」


 そう言った奈津人の顔は平凡な顔立ちの筈なのに。

 ギムレットの目には、とても眩しく映った。

 また胸が、トクンと胸が跳ねるのを感じたギムレットは。


「喋る暇があったら少しでも多く食べて、少しでも多く力を得るわよ」


 慌ててヒドラに覆いかぶさって、食事を始めた。


「あ」


 つい声を上げてしまう奈津人。


 ギムレットは、ヒドラに覆い被さっている。

 結果。

 ツンと突き出されたお尻が可愛らしく揺れている。

 何回目にしても絶景だ。

 小さいけど最高に綺麗なシルエットに奈津人が目を奪われていると。


「なにしてるのよナツト」

「いや、ギムレットのお尻がとっても可愛らしくて、つい見とれて……」


 しまった! 

 不意を突かれて、つい本音が……。


 ずげし。


「どわ」


 顔面にギムレットの蹴りを食らってひっくり返る奈津人。

 こ、今回の蹴りは一段と強力な様な気がするぜ。


「バ、バカじゃないの、さっさと食べて力をアップさせなさい」


 ギムレットが顔を真っ赤に染めて怒鳴った。

 が、その声はいつになく上ずっていたのだった。






 メギメギと体がパワーアップしていく音が聞こえる様だ。

 2匹目の三つ首ヒドラも、凄まじい力を奈津人に与えてくれた。


「これでヒドラも恐い相手じゃなくなったな」


 嬉しそうな奈津人にギムレットが呆れた声を出す。


「あのねナツト。倒したヒドラの首はたった3つよ。ヒドラは強くなる程、首の数が増えていくと同時に体も大きくなっていくの。そして首が1つ増えるだけで、その強さは全然違うモノになると思っていいわ。そしてこの先ヘタしたら、ううん、ほぼ確実に八つ首ヒドラがいるエリアがある筈よ。最強のヒドラが立ち塞がるエリアがね」


 三つ首ヒドラでさえ下手したら命を失う程の強さだった。

 今回の様な幸運は2度とないと思った方がいいだろう。

 1つ上のエリアに進むには、しっかりとパワーアップしておかないと。

 でないと、今度こそゲームオーバーとなりかねない。


「ちなみに四つ首ヒドラの強さはどの位なんだ」


 奈津人の問いにちょっと考えてから、ギムレットが口を開く。


「三つ首ヒドラの5倍位かな。でも、5倍の強さと、5匹分の強さとは違うからね」


 例えば奈津人の5倍の強さの戦士がいたとする。

 その戦士と5人の奈津人が戦ったなら。

 5人の奈津人は、5倍のパワーとスピードに子ども扱いされるだろう。

 5倍の強さと、5人分の強さとは別次元のモノだ。


「はぁぁぁ、先はまだまだ長い、か」

「でもナツト、必ずゴールはあるのよ」


 そう。

 先は長いが、ギムレットの言う様に、終点は必ずある筈だ。

 奈津人はギムレットに大きく頷き返して気合を入れ直したのだった。






 計8匹の三つ首ヒドラを倒したところで。

 奈津人とギムレットは少しだけ蟲毒の洞窟を奥に向かって進んだ。

 そして遭遇したのが。


「巨大蟻よ。多分、このエリアのメインの生物がコイツだと思う。で、本当にやるの、昆虫相手に?」


 心配そうに見上げてくるギムレットに、奈津人はキッパリと答える。


「やる!」

「分かったわ。でもダメな事を前提として行動するのよ」


 ほんの少しだが心配そうな顔を見せるギムレットに頷いくと。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い、避けられないだろうか!」


 奈津人は、巨大蟻の前に飛び出して、力の限り叫んだ。

 その奈津人に向かって。


 ザザザザッ!


 巨大蟻が、石を撥ね飛ばしながら移動してきた。

 その複眼には何の感情も見て取れない。


「えーと、わ!」


 奈津人が更に話し掛けようとした瞬間、巨大蟻が襲い掛かってきた。

 棘の生えた棍棒の様な脚が、奈津人を撥ね飛ばす。

 奈津人はガントレットの腕で防いだのでダメージは殆ど無かった。

 しかし。


「何てパワーだよ、三つ首ヒドラより上じゃねぇか」


 奈津人は、本に書いてあったコトを思い出す。

 蟻が自分の体重の100倍の重さを動かせるというコトを。


 この巨大蟻の重さは1トンを超えているだろう。

 というコトは、100トンの物体を動かせる事になる。

 しかも当然ながら、他の生き物を何匹も食べて、更に強化されている筈だ。


「攻撃は全て避ける気でやるかぁ」


 気合いを入れ直して奈津人は巨大蟻の周りをグルグルと回る。

 そして奈津人は。


 シャキィン!


 5メートルまで伸ばせる様になった爪で、巨大蟻の胸を貫いた。

 しかし巨大蟻は、動きを止めない。


「この程度じゃ死なないか」


 奈津人は貫いた爪をすぐにガントレットに収納すると。

 巨大蟻の反撃を受けない様に、動き回りながら攻撃を続ける。

 

 この戦法で奈津人は、何度も攻撃を叩き込む。

 が、巨大蟻は本当にタフだった。

 何度奈津人の爪で刺し貫かれても、変わらぬ動きで反撃してくる。


「じゃあ……」


 奈津人は巨大蟻に急接近すると。


「これならどうだ!」


 一杯に伸ばした爪を巨大蟻の首へと振り下ろす。

 その、全力で振るった奈津人の刃は。


 ズパン!


 体格の割には細い巨大蟻の首を、見事に切断した。

 首を失った巨大蟻の体は、脚を丸めて縮こまる。


 しかし。

 地面に落下した頭は、まだその巨大なアゴをガキガキと開閉させている。

 このまま放置しておいても、やがて死ぬだろう。

 しかし、いつまでも苦しめる必要もない。

 

 シャコ! と奈津人の爪で真っ二つにされ。

 やっと巨大蟻の頭は動かなくなった。


「ギムレット」


 ここでやっと奈津人はギムレットの名を呼んだ。


「ナツト!」


 ギムレットが笑顔で応える。

 最近、相手を倒してから名を呼ぶと、ギムレットは最高の笑顔で応えてくれるようになった。


 今のドンドン強くなっていく生活は、大きな充実感を与えてくれる。

 日本で何となく高校に通っていた時とは、大違いだ。


 そして。

 すぐ蹴りが飛んで来るものの、絶世の美少女が笑顔を見せてくれる。

 なんかこんな生活も悪くないな。

 と考える様になってきた奈津人だった。







2020 オオネ サクヤⒸ

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