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   第五話  ヒドラ





 ケルベロスとの闘いから1時間後。

 奈津人はケルベロスにもたれ掛かりながらパワーアップを楽しんでいた。

 ジェミニタイガーの時もそうだったが、今までと桁違いの力が手に入るこの感覚はロールプレイング ゲームでレベルアップした時の感覚に似ていた。

 

 1バトルで1レベルアップ。

 最高だ。

 しかしいい気分も、ここまでだった。


「ここは蟲毒の洞窟の一番端っこなの。奥に進めば進む程、強い生物が生息しているわ。この最弱エリアで速くパワーアップして先を目指すわよ」


 ギムレットが涼しい顔でサラッと、とんでもない事を口にした。


「最弱エリアぁ!? ここが!?」


 レベルアップ気分が吹っ飛ぶ奈津人。


「そうよ。全長500キロメートルもある、この蟲毒の洞窟で1番弱い生物のエリア。今やっとスタート地点に立つ事が出来たのよ、私達」


 ギムレットの言葉に、奈津人は気が遠くなった。

 

 そして、今更ながらに、思い知る。

 逃げ場所など、ここにはないのだ、と。


「頑張るしかないな」


 覚悟を決める奈津人の顔は戦士の、モノに変わりつつあった。


「そう、頑張るしかないの」


 ギムレットがそう返す。


「じゃあ、狩りに出発するか」


 奈津人はそう言って立ち上がると、ギムレットに手を差し出す。


「そうね、行きましょ」


 奈津人の手を握って立ち上がり、微笑むギムレット。

 そして2人は頷き合うと、獲物を求めて駆け出した。





 10匹以上、魔獣を倒した時の事。

 奈津人とギムレットは鍾乳石の柱の陰から、新獲物の様子をうかがっていた。


「4本腕のゴリラ? しかも右肩に虎の頭で、左肩にはワニの頭?」

「魔獣を山ほど食らって、キメラ化しているわ。手強い敵よ」


 ギムレットが硬い声で言うが。


「でも勝てない敵じゃなと思うけど」


 奈津人は相手の力を見極めようと、慎重に観察する。

 じっくりとキメラゴリラを観察し、その上で勝てる相手だと判断すると。


 ジャキン!


 腕をガントレットに変化させる。


「うん、そうね。いつも通り全力でね」


 そう応えるギムレットは、ものすごく可愛かった。

 奈津人のやる気は、一気に倍増する。


「じゃあ倒してくる」


 鋭く言い放つと奈津人はキメラゴリラへと不意打ちを仕掛けた。

 魔獣10匹分のパワーで一気に加速する。

 そして、その勢いのままガントレットの一撃を叩き付けると。


 ドカ!


 キメラゴリラは見事に吹っ飛んで地面に転がった。


 よし、とどめだ。


 ドシュ!

 

 奈津人はガントレットから伸ばした爪でキメラゴリラの心臓を貫いた。

 ガクリと力が抜けるキメラゴリラに、奈津人は勝利を確信するが。


「くそ……、こんな……とこで……オレは死……ぬのか……帰りたい……せめて……もう1度……もう一度…………娘に……」

「え!? お、おい、しっかりしろよ!」


 言葉を喋ったキメラゴリラに奈津人は動揺する。

 何とか助けようと手を伸ばそうとするが。


「娘に……」


 その言葉を最後にキメラゴリラはガクリと力を失い、そして絶命したのだった。


「………………」


 キメラゴリラの傍らに立ちつくす奈津人の後ろから。


「ナツト……」


 ギムレットがそっと声を掛けてきた。

 その声に、振り向きもせずに奈津人は呟く。


「なあ、コイツ帰りたいって言ったんだ。そして、最後の言葉は多分……」


 そこで奈津人は言葉に詰まるが、肩を震わせながら。


「多分、もう1度、娘に逢いたいと……」


 ギムレットは少し考えてから、奈津人に敢えて厳しい言葉を掛ける。


「さあ、力を得る事が出来る間に食べるわよ」

「え、く、食うのか?」


 泣きそうな顔の奈津人に、ギムレットは更に厳しい声で言い聞かす。


「今生き残っている生き物は、全て知能が高いと思っていいわ。その中で、たまたま喋れたのがそのゴリラよ。今まで散々食い殺しておきながら、喋っただけで食べれないというの? 食べるという事は相手の命を奪うという事なのよ。たとえ食べるのが植物だったとしてもね」

「で、でも俺はこのゴリラは食べずに埋葬してやりたい……」


 魂の抜けた様な顔でそう言う奈津人の胸ぐらを。


「ダメよ!」


 ギムレットは、グイッと掴む。


「いい!!? ナツトがこのゴリラを殺したのよ! だからナツトはこのゴリラの力を無駄にしない義務があるの!」

「義務?」

「そうよ。埋葬したら、ナツトの気は晴れるかもしれないけど、ゴリラにとっては、遊びで殺されたのと変わらないわ。生き物が他の生き物を殺す事を赦されるのは、食べる事により生きる為にだけよ。殺した者の責任としてゴリラの力を受け継いで生き抜いていくのよ。ナツト、貴方の責任を果たしなさい!」


 奈津人は少し間、体を震わせていたが。


「うおーー!」


 顔をクシャクシャにしながらゴリラに噛み付いた。


「ん……そうよ、ナツト」


 小さく呟くとギムレットもゴリラに口を付ける。


「クソ、クソ、クソ! こんな事を始めやがったヤツ、必ずブッ殺してやる。チクショウ、チクショウ、チクショウ!」


 こうなった以上、少しの力も無駄に出来ない。

 1時間の間、奈津人は涙をこらえながら必死に食べ続けたのだった。






「で、どうするの。このゴリラ、埋葬する?」


 1時間にわたって食べ続けて、ゴリラの力を受け継いだ後。

 ギムレットが奈津人を見上げて尋ねてきた。


「この洞窟の硬い岩を掘る道具なんて無いし……このゴリラだけを埋葬するのも、今まで食べて来た生き物に失礼な気がする。今まで通りこのまま……次の狩りに出発しよう」


 そう口にした奈津人の顔は、漢の顔になっていた。

 ギムレットは胸がキュウ、となるのを感じて慌ててぺチペチと顔を叩きながら自分に言い聞かす。


「どうしたのよギムレット。相手は只の下僕でしょ」


 いきなりブツブツ言いながら自分の顔を叩くギムレットに、奈津人は怪訝そうな目を向ける。


「ど、どうしたんだよ、ギムレット?」

「な、何でもないわ、何でも。さあ、狩りに出発よ」


 顔が熱いのは自分で叩いたからなのか、それとも別の理由からなのか。

 その答えから逃げる様に、ギムレットは走り出したのだった。






「まずいわ、とてつもなく」


 鍾乳石の陰で、ギムレットは隣で息を潜めている奈津人に囁いた。

 2人から少し離れた所で寝そべっているのは。


「ヒドラよ。もうこんな化け物が投入されているなんて」


 目の前にいるのは、体長10メートルを超える三つ首のヒドラだった。

 ワニの様な頭に長い首。

 恐竜の様な体に首の数と同じく3本の尻尾。

 もう魔獣なんてモノじゃない。

 怪獣の域に達している。

 

 シャギャアァァァ!

 その怪獣がその3つの首をもたげて大きく吼えた。


 見つかったか!?


 奈津人とギムレットは鍾乳石の陰で身を固くする。

 しかし三つ首ヒドラが吼えた相手は奈津人達ではなかった。

 その相手は。


「蟻……だよな?」


 ヒドラが吼えた相手は、奈津人が昆虫図鑑で見た事のある蟻だった。

 ただし、サイズが4メートルもあるが。


「ヒドラなんかより、もっと危険なヤツが現れたわ」


 ギムレットの呟きに、奈津人は首をひねる。


 どれ程大きくても、たかが蟻だ。

 それが怪獣の様な三つ首ヒドラより危険? 

 奈津人がその疑問を口に出そうとしたその時。


 巨大蟻が三つ首ヒドラに襲い掛かった。 

 4メートルもある体が、とてつもなく速く動く。


 そういえば、と、奈津人は何かの本で読んだ事を思い出す。

 もし蟻が人間のサイズだったなら。

 凄まじい加速力で、1歩目から車よりも速いスピードで動けると。

 そして、その本にはこうも書いてあった。

 全ての生物が同じサイズならば、最強の生き物は昆虫だ、と。


 その言葉が正しい事が奈津人の目の前で証明されつつあった。

 巨大蟻はヒドラに飛び掛かると同時に。


 ブチン!


 3つある首の1つを、いとも簡単に食い千切った。

 そして首を投げ捨てると。


 ガシュ!


 巨大蟻はヒドラの胸もとに、その工事機械の様な大アゴで噛み付いた。


 ギャオオオオオン!


 ヒドラも残った2つの頭で巨大蟻に反撃を試みる。

 しかし4メートルものサイズとなれば、蟻の外骨格は装甲車並。

 文字通りヒドラは歯が立たない。

 それでもなお暴れ回るヒドラを、巨大蟻が軽々と振り回す。

 そんな凄まじい戦いの中。


「チャンスだ」


 奈津人はギムレットにそう言い残すと、鍾乳石の陰から飛び出した。


「ばか!」


 そう叫びかけてギムレットは両手で口を押えた。

 今、大声を上げたら三つ首ヒドラと巨大蟻に気付かれてしまう。

 ギムレットは悲鳴を押し殺しながら奈津人を見守るしかなかった。


 その間にも。


「やりぃ!」


 奈津人は巨大蟻が食い千切って捨てたヒドラの首に辿り着いていた。

 すぐに1メートルを超えるヒドラの首を担ぎ上げると。


「いただき!」


 ギムレットの元へと走り出す。

 今までに得た力により、奈津人は200キロ以上で走れるようになっている。

 だが、今の奈津人の走る姿はギムレットにとって、スローモーションの様に遅く感じられた。


 急いで。

 気付かれませんように。

 お願い!  


 ギムレットの祈りが天に届いたのだろうか。

 奈津人は何とか無事にギムレットの待つ鍾乳石の陰に辿り着いた。


「撤退よ!」


 ギムレットは小さく叫ぶと、ヒドラと巨大蟻の戦いの場から逃げ出した。

 3キロメートル以上、離れたところで。


「もう大丈夫ね」


 ギムレットは足を止めた。


「話は後よ。とにかく三つ首ヒドラの力を得るわよ」


 時間はドンドン過ぎ去って行く。

 2人は大急ぎでヒドラの首にかじりついた。


 とはいえ。

 いつもと違って首だけしかない。

 だから、ヒドラの肉は、アッという間に減っていく。

 と、そこでヒドラの頭に目が向く。


 ヒドラの脳も食べたらどうなるんだろう?

 ヒドラの知識や特殊な能力が手に入るかも?

 などと奈津人が考えていると。


「脳は食べちゃダメよ」


 まるで奈津人の心を読んだ様にギムレットが言ってきた。


「脳を食べると、相手の記憶や性格の影響を受けたり、ヘタしたら食べた相手に、体を乗っ取られちゃうわよ」

「え、そうなのか!?」


 冷や汗を流す奈津人にギムレットが付け加える。


「上手く部分を選べば知識だけ得る事も可能だけど、危険が大き過ぎるから、脳を食べるのは避けた方が賢明よ」


 奈津人はカクカクと頷いてヒドラの肉だけを食べる事に専念する。

 ヒドラはあっという間に骨だけとなった。

 ヒドラの首から食べられる部分がなくなったトコで。


「さてと」


 ギムレットが立ち上がると。


 げし!


「はお!」


 顔面にギムレットの蹴りを食らってひっくり返る奈津人。

 ううむ、こう来たか。


「何て危ない真似するのよ! もしも気付かれてたら、間違いなく殺されてたわよ! いい、ナツトは私の下僕なのよ! 下僕は、どんな時も主人を守り抜くのが役目なのよ! 無茶な行動で死んだりしたら、その役目を果たせないでしょ! いい、ナツトはどんな時も私を守んなきゃダメなんだからね!」


 大声を出す内に涙目になっていくギムレット。

 ひょっとして心配してくれたのだろうか?

 そう思うと嬉しさが込み上げて来る奈津人だったが。

 

 どげ。


「へぶ」


 再び顔面にギムレットの蹴りを食らってひっくり返る奈津人。

 まさか連続攻撃がくるとは思わなかったぜ。


「なに笑ってんのよ」


 いけね、嬉しさが顔に出ちまったらしい。

 奈津人は真面目な顔を取り戻すと。


「ギムレット」


 立ち上がって、ギムレットの顔を正面から見詰めた。


「な、なによ」


 急に真剣な顔になった奈津人に、ギムレットの声が小さくなる。


「悪かった。下僕になるって約束したのに勝手な事して」


 そう言った奈津人の真剣な顔が、ギムレットには妙に眩しく感じられた。

 頬が赤くなるのを感じてギムレットは慌てて奈津人から顔をそむける。


「分かったならイイわ」


 ギムレットの仕草は、凄く可愛かった。

 奈津人が更に、ギムレットに話し掛けようとした時。


「おお! こ、こりゃあ凄い」


 奈津人の全身を、ヒドラの力が駆け巡った。

 ギムレットがヒドラを発見した時とてつもなくマズいと言っていた。

 その言葉を疑っていたワケではないが、これ程の力を秘めていたとは。


「この力……本当に見つかっていたら死んでたな」


 呆然とする奈津人をギムレットが見上げる。


「分かった? エリアを1つ進むだけで敵のレベルは別物になるの。本当に危ないところだったのよ。でも今は三つ首ヒドラの力を手に入れた事を素直に喜ぶとしましょ」

「でも、この強力なヒドラを、あの巨大蟻は楽々と倒したんだよなぁ。もっともっと頑張らないといけないな」


 気持ちを引き締める奈津人に、ギムレットが笑顔を向ける。


「そう、ここを脱出する事が出来る程の力を身に付けるまで、ううん、脱出に成功するまで頑張るしかないの。というわけで……」

「うん、次の獲物を狩りに行こう」


 こうして2人は、揃って歩き出したのだった。





2020 オオネ サクヤⒸ

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