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   第二十話  怒りの槌になったのか





「くそ、こうなったら仕方ない。たとえ無駄でも、全力で攻撃するぞ」


 エウリュアレが身構える。


「これは私の責任よ。だから私が戦う。その間にエウリュアレは逃げて。どのくらい時間を稼げるか、自信ないけど。それに……それに、ナツトの仇は私が取る!」


 ギムレットは涙に濡れた瞳でキッと竜を睨み付けた。


「仇を討つ、と言うならワタシもだ。ナツトがワタシの事を悪い人じゃないって言った事を覚えているか。こんな醜いゴーゴンの姿のワタシを『人』と呼んでくれたのだ。嬉しかったぞ、この命を捧げてもいいと思えるくらいに。だからワタシも戦う。勝ち負けではない。たとえ命を落とす事になろうとも、ナツトの敵討ちの為にワタシは戦う」


 それにナツトはワタシの事を美人と言ってくれた。

 エウリュアレがそう囁いて僅かに頬を染めた事に、ギムレットは気付かなかった。

 目の前の竜から目を離す事など、出来る筈もなかったから。

 

 しかし…………。 

 竜は動かなかった。

 ギムレットとエウリュアレが話している間も、そして今も。

 

 2人の話が終わるまで待っていた? 

 そんな筈はない。

 そんな事をしても竜には何のメリットもないのだから。

 こんな地下深くで退屈していたから、遊んでいるのか?。


 色々な考えが頭を駆け巡る中。

 ギムレットがもう一度、竜を睨み付けると……様子がおかしい。

 目を白黒させて、小刻み震えている。


「どうしたのかしら?」


 囁くギムレットに、エウリュアレが返す。


「ひょっとして、攻撃のチャンス? でも何か企んでいるのかも」

「企む? でもどうせ私達に出来る事といったら……」


 そう言ってギムレットはエウリュアレの手を握った。


「そう。出来る事は1つ」


 エウリュアレもギムレットの手を握り返す。


「いくわよ、エウリュアレ!」

「わかった」


 2人が竜へと襲い掛かろうとした正にその時。

 竜の目の焦点が一瞬で定まると。


 グワッ!


 その大きな口を2人に向けて大きく開いた。

 

 まさかドラゴンブレス? 

 身を固くする2人だったが、再び竜の動きが止まる。

 そして2、3度口をパクパクさせると。


「ギムレット! エウリュアレ?」


 驚いた事に竜は人の言葉を喋ったのだった。

 その声に、ギムレットとエウリュアレが驚きの声を上げる。


「「ナツト!?」」


 今の竜の声は、確かに奈津人のモノだった。


「え? え? え? な、な、な、な、何で、何で、何で、何で…………本当にナツトなの?」


 ギムレットが巨大な竜を見上げて、呆然としながら問い掛ける。


「ああ、俺だ。奈津人だよ」


 答える竜の声は、何度聞いても間違いなく奈津人のものだった。

 ここにきて、ギムレットは思い至る。


「脳だわ。ナツトの脳を食べたからだわ。食べた脳の精神力が強いと、その脳に逆に体を乗っ取られる事がある。ナツトの脳が巨大竜の体を乗っ取ったんだわ」


 ギムレットの話には、奈津人も聞き覚えがあった。

 

 でも、よかった。

 これからもギムレットを守っていける。

 約束通りギムレットと生きていける。

 思わず奈津人がギムレットに向かって一歩踏み出したその瞬間。


『あ』


 一瞬で人の姿に戻った奈津人に、ギムレットとエウリュアレがまたもや同時に声を上げた。


「あれ…………なんだ、簡単に元の姿に戻れるんだ」


 奈津人は、ホッとした声を上げた。

 が、厳密に言うと元に戻ってはいない。


「「怒りの鎚?」」


 ギムレットとエウリュアレの声が、またしても仲良く重なった。

 顔は、奈津人のもの。


 しかし。

 ギムレットのウエストよりも遥かに太い腕。

 まるで鎧を装着している様に分厚い胸。

 丸太の様に太い脚。

 岩のような腹筋。

 身長2メートル半の身体。

 それは、怒りの鎚そのものだった。


「俺、怒りの鎚になったのか」


 身体の変化に驚いている奈津人に。


「竜は怒りの鎚を食べて怒りの鎚の力を手に入れた。その竜の身体を奈津人が手に入れた。ナツトは怒りの鎚の力を受け継いだのよ」


 ギムレットは自分に言い聞かせる様にゆっくりと言葉を口にした。

 その言葉に、奈津人は改めて思い知る。

 格闘技を丁寧に教えてくれた怒りの槌は、もういないのだ、と。

 兄の様に思っていた怒りの鎚とは、もう2度と会えないのだ、と。

 

 そう思ったら。

 急に涙が溢れてきた。


「く……うう、う……」


 声を殺して泣く奈津人の手をギムレットがそっと握る。


「ナツト……」


 ギムレットも奈津人の心を十分に理解していた。

 兄と呼ぶべき存在を失った奈津人にかける言葉などない。

 ギムレットには奈津人の手を握り締める事しか出来なかった。


 どのくらいの間、ギムレットの手を握って泣いていた事だろう。

 1分? 

 10分? 

 それとも……。


 奈津人はやっとで自分を取り戻した。

 沈痛な顔で自分を見上げるギムレットに弱々しく微笑むと。


「大丈夫だよ」


 奈津人は、頬を濡らす涙をグイ、とぬぐった。

 怒りの鎚の無念はきっと俺が!

 そう心に誓って。


「もう1度、大扉に挑戦しよう」


 ギムレットとエウリュアレに向かって力強くそう言う奈津人に。


「あのね、ナツト。先に服、着ない?」


 ギムレットが頬を染めて、小さく囁いた。


「え?」


 そこで奈津人は、自分が素っ裸を晒している事に気がつく。


「う、うわあぁぁぁぁぁぁ」


 奈津人は大慌てで岩陰に飛び込んだ。


「どうしたナツト」


 エウリュアレが平気な顔で、シュルシュルと近づいてくる。


「待って! 服着るまで待って!」


 奈津人は大慌てで周りを見回すが、服が転がっている筈もない。

 と思ったら。


「獣人?」


 今まで気付かなかったのが不思議だが。

 周囲には、何体もの獣人が倒れていた。

 奈津人は駆け寄ってみるが、もう息はしていない。

 この蠱毒の洞窟では死んだモノは腐らないらしい。

 なので、いつ死んだのか分からない。

 

 でも、彼らが着ている服は、まだ着られそうだ。

 奈津人は怒りの鎚と同じ位の体格の獣人に歩み寄る。


「すいません、拝借します」


 奈津人は獣人に1度、手を合わせてから服を脱がせ、身に着ける。


「しかし何でこんな所に獣人が……」


 不思議がる奈津人の言葉に、ギムレットの目が鋭くなる。


「まだこの蠱毒の洞窟には秘密がありそうね」


 考え込むギムレットにエウリュアレが近づく。


「考えるより今は行動だ。大扉に向かおう」

「そうね。考えるのは、ここを脱出してからね。じゃあ、もう一度、大扉に挑戦しましょ」






「ナツト、竜になって、体当たりしてみて」


 ギムレットに言われた通りに奈津人は竜に姿を変えると。


「よし、行くぞ!」


 体当たりを行ってみる。

 

 ドーン! ズドーン! ズッドーン! ズッガーン! ドッガーン!!

 

 最後には、目一杯助走をつけて体当たりしたのだが。


「ダメかぁ」


 奈津人は人の姿に戻ると、大扉の前で悔しそうに声を上げた。


「でも大扉が、ギシギシ! って軋んでたよ。あと一息ってトコだと思うんだけどなぁ」


 ギムレットが残念そうに言うのを黙って聞いていたエウリュアレが。


「ナツト」


 真剣な顔で、奈津人の前にスッと立つ。


「血を少し貰えない?」

「血? そ、そうか!」


 エウリュアレが思いついた事に、奈津人もすぐに気がついた。

 ここは蠱毒の洞窟。

 奈津人の血を飲めば、エウリュアレも竜の力を得るはずだ。


「私が先!」


 ギムレットもその事に気づいて大声を上げる。


「分かった。じゃあ……ギムレット、やってくれ」


 地面に座り込んだ奈津人がそう言った時には既に。


「いくよ!」


 ギムレットは奈津人の首に抱き付いていた。

 怒りの鎚の巨体となった為だろうか?

 今まで以上にギムレットが小さく感じられる。

 そして今まで以上に愛おしく感じる。


 そのギムレットの牙が、首すじに当るのを感じる。

 ギムレットに血を吸われるのは2回目だなぁ。

 などと奈津人がぼんやりと考えていると。


「イッタ~~イ! 何でこんなに硬いのよ!」


 ギムレットが抗議の悲鳴を上げた。


「ナツトは、どんな武器にも傷つかない竜の身体を得たから……ギムレットの牙ごときでは、傷一つ付ける事は出来ない様だな」


 エウリュアレの言葉を耳にして、ギムレットは頬を膨らませる。

 うん、この子供っぽい顔も可愛いなぁ。

 と見とれる奈津人に向かってギムレットが不機嫌そうな声を出す。


「何とかして」


 こんなわがままなトコも可愛い。

 奈津人は苦笑しながら右腕をガントレットに変えると。


「いて」


 伸ばした爪を左腕に浅く突きした。

 その、じわじわと血が滲む傷口に。


「じゃあ、飲むからね」


 ギムレットが、口をつけた。

 コクコクと小さく動く、ギムレットの喉が妙に愛おしい。

 そしてギムレットが、奈津人の腕から唇を離すと。


「次はワタシ」


 エウリュアレが入れ替わりで傷に口をつけた。

 そして。

 まるで恋人にキスでもするかの様に、そっと奈津人に腕を回してきた。

 

 うお! 

 エウリュアレの、スタイル抜群な体の感触をハッキリと感じる……。

 胸の大きさなんてギムレットと比べものにならない……。

 

 げし。


「ぶへ」


 顔面にギムレットの蹴りを食らってひっくり返る奈津人。


「ナツト、今ナンかいやらしいコト考えてたでしょ」


 ギムレットが奈津人を睨む。

 

 テレパスかよ。

 心の中で叫びながらも、奈津人はブンブンと首を横に振る。


「考えてない、考えてない、そんなコト、全く考えてない」


 などと、必死に言い訳している奈津人を。


「ナツト」


 エウリュアレがグイッと引っ張り起こした。


「次はワタシの血を吸って」


 エウリュアレの静かな声。


「え? いいのかエウリュアレ」


 思わず聞き返す奈津人にエウリュアレが真剣な顔で答える。


「ナツトの力をワタシは貰った。ナツトにもワタシの力を貰って欲しい」

「……ありがとう、エウリュアレ」


 礼を言う奈津人にエウリュアレは目で微笑むと、自分の腕に傷をつけた。

 小さく血が流れるエウリュアレの傷口に、奈津人はソッと唇を当てる。


 これは……。

 今までの倒した相手の血を口にするのと違って、実にその……。

 何て言ったらいいのか分からないが、心を満たしてくれる何かを感じる。

 などと複雑な気分を味わっている奈津人に。


「いつまで吸ってんのよ」


 ギムレットが不機嫌な声を上げた。

 そこで我に返った奈津人は、慌ててエウリュアレから身を離す。


「ご、ごめん、吸い過ぎた」


 謝る奈津人にエウリュアレが首を横に振る。


「ワタシなら平気。何なら、もっと吸っても構わない」

「なに言ってるのよ。それなら私にも血を吸わせてよ」


 そう言うギムレットを、エウリュアレがアッサリと拒否する。


「ダメ。ヴァンパイアの下僕になる気はない」

「ええ~~~。じゃあ、ガード、ううん、最上級のワーウルフにしたげるから吸わせて……」

「ダメ」

「ちぇ。じゃあ……」

「それよりもギムレット、大扉に挑戦した方がいい」


 エウリュアレにそう言われてギムレットの顔が引き締まる。


「そうね。じゃあ3人でやってみようか」




2020 オオネ サクヤⒸ

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