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   第十五話  9つある!





 トライヘッドグリフォンを食べた後。


「うおお! なんて凄いパワーなんだ! トライヘッド=グリフィンとまともに戦っていたら俺達、負けてたんじゃ……」


 身体中を駆け巡る力の奔流に、奈津人は驚きの声を漏らした。

 そんな奈津人に、ギムレットが呆れた声で返す。


「そんなのあたりまえじゃない。あれ程の巨体を高速飛行させるには、常識じゃ考えられない程のパワーが必要だもん」


 人間が羽ばたいて空を飛ぶには、30倍の筋力が必要と言われている。

 そのためだろうか。

 奈津人は、今までの30倍ものパワーを手に入れていた。

 奈津人は両手をグッと握り締めると。 


「この力があれば……八つ首ヒドラにも勝てる」


 そう呟いた。


 八つ首ヒドラ。

 総合的な戦闘能力なら、蟲毒の洞窟で最強の生物だろう。

 しかし、トライヘッド=グリフィンの力を得た今なら勝てる。

 奈津人はそう確信した。


「その通りだナツト。いよいよ八つ首ヒドラと対決だ」


 怒りの槌も自信満々だ。


「その前に稽古をお願いします」


 奈津人は即座に立ち上がって怒りの槌に頭を下げた。


「ああ、いいぜ。黒ヒョウ、ベア、八つ首ヒドラとの決戦前の最後の稽古になる。気合いを入れてやるぞ」


 今回は慎重になっているのだろうか。

 怒りの槌は2時間も稽古をつけてくれた。

 丁寧に、何度も戦闘動作を確認する、高度な稽古を繰り返した後。


「よし、このくらいにしておくか。さて……決戦だ」


 怒りの槌の号令で、奈津人達は八つ首ヒドラを求めて走り出した。





 大きな鍾乳石の陰で奈津人達は怒りの槌を囲んでいた。

 鍾乳石の反対側では、八つ首ヒドラが辺りの様子をうかがっている。

 鍾乳石ごしに息が詰まる様な圧力が襲ってくる中。

 怒りの鎚が奈津人達だけが聞き取れる声で指示を出す。


「奈津人がまず戦う意志を確認する。そして戦いになってしまったら黒ヒョウは右から、ベアは左から飛び出せ。オレは状況を見て、ナツトに加勢するか、背後から攻撃するか決める。いいか」


 全員が無言で頷く。


「よし、いいぞナツト」

「みんな、ゴメン」


 奈津人が小さく頭を下げる。

 六つ首ヒドラは五つ首ヒドラより桁違いに強かった。

 七つ首ヒドラは六つ首ヒドラより桁違いに強かった。

 八つ首ヒドラも七つ首ヒドラより桁違いに強いに違いない。


 ならば。

 八つ首ヒドラの隙をついて不意打ちを仕掛けるのがベストだ。

 それは奈津人にも分かっているのだ。

 頭を下げたままの奈津人に、珍しく黒ヒョウが声をかける。


「謝るな、ナツト。今では全員が相手の意志を確認してから、心置きなく戦いたいと思っている。だから皆の意志を代表して、シッカリと確認するがよい」


 あれ?

 黒ヒョウから話し掛けられたのはこれが初めてかも。

 でも、その初めての言葉が、奈津人の思いを気遣うものだった。

 それがとても嬉しかった。

 だから奈津人は。


「ありがとう、黒ヒョウ」


 黒ヒョウにもう一度、頭を下げると。


「じゃあ、行きます」


 鍾乳石の陰から八つ首ヒドラの前に飛び出したのだった。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い、避ける事は出来ないか!」


 聞こえてくる奈津人の叫び声に、怒りの槌が小さく言う。


「1度くらいナツトの呼びかけに応えてくれる相手がいたらなぁ」

「何言ってんのよ、アナタ達が応えてくれたじゃない。それだけで私は満足しているわ。ありがとう、怒りの槌。黒ヒョウ。ベア」


 ギムレットの言葉に、怒りの槌が微笑む。

 黒ヒョウとベアも口元に、小さくだが笑みを浮かべた。

 と、そこに。


「怒りの槌ぃー!」


 今までに聞いた事がないほど取り乱した奈津人の叫び声が響いた。


「どうしたナツト!」


 飛び出した怒りの槌に、奈津人は震える声で叫んだ。


「く、首が、こ、9つある!」

『な!?』 


 怒りの槌も黒ヒョウもベアも我が目を疑った。

 しかし。

 1、2、3、……8、9。

 何度数えても、ヒドラの首は9つある。


 想定すらしていなかったこの状況に奈津人も黒ヒョウもベアも、そして怒りの槌でさえ一瞬硬直してしまった。


 そんな中。

 一番早く我に返ったギムレットが、声を振り絞る。


「撤退!」


 その声に、奈津人はハッと我に返ると一目散に逃げ出す。

 が、逃げ出した瞬間。


 ザシュッ!


 奈津人の背中がザックリと切り裂かれた。

 九つ首ヒドラの攻撃以外にありえない。

 しかし奈津人には、何をされたのか見当も付かない。


「ぐぅ!」


 痛みを噛み殺しながら撤退しようとして、奈津人は。


「黒ヒョウ? ベア?」


 2人が並んで立ち尽くしているのに気づいた。

 達人であるこの2人にしては考えられない事だ。


「黒ヒョウ! ベア! 何やってんだよ!」


 奈津人が必死に駆け付けて黒ヒョウとベアの手を引っ張ったその瞬間。

 ……奈津人の時間は止まった。

 

 音さえも消えた奈津人の目の前で。

 黒ヒョウとベアの上半身はズズズっとずれると。


 ドチャ。


 耳を覆いたくなる様な嫌な音を立てて地面に落下した。

 続いて残った下半身が力を失って地面へと倒れ込む。


 これは夢か? 

 俺は悪夢を見ているのか? 

 はは。

 黒ヒョウやベアほどの達人がこんなにアッサリと死ぬわけがないだろ。

 早く目を覚まさなきゃ。


「ナツト!」


 ギムレットから悲鳴の様な声で名を呼ばれ、時間が再び動き出す。


「うわあああ! 黒ヒョウ! ベア!」


 奈津人の口から絶叫が上がった。

 何が何だか分からない。

 と、そこに。


「ナツト! 2人の体を掴め」


 怒りの槌の怒鳴り声が響いた。

 奈津人は訳が分からないながらもその声に従い、黒ヒョウとベアの手と足を抱え込む。

 と同時に奈津人の身体は宙に浮いた。

 そして。


 ゴオ! 


 と、もの凄い風圧を奈津人が感じた時には。


「しっかり掴まってろよ」


 奈津人はギムレットと共に、怒りの鎚の腕に抱えられていた。

 そのまま飛ぶ事3分。

 30キロメートルは離れた場所に、奈津人は降ろされた。

 黒ヒョウとベアの手足を抱えたまま。

 

 そして奈津人の隣にギムレットを降ろすと、怒りの槌も着陸する。

 その背中からは三対のトライヘッド=グリフィンの翼が広がっていた。


「2人は?」


 怒りの槌の鋭い声に、奈津人は慌てて黒ヒョウとベアの様子を伺う。

 が、ベアは既に事切れていた。

 でも黒ヒョウは、まだ呼吸をしている。


「怒りの槌!」


 奈津人が大声をあげると、怒りの槌が駆け寄って黒ヒョウを抱き起した。


「ドルフ!」


 怒りの鎚が口にしたのは、黒ヒョウの本当の名だろうか。


「ドルフ、シッカリしろ」


 悲壮な顔で声をかける怒りの槌に、ギムレットが硬い声で告げる。


「私が血を吸ってワーウルフに変えたら、まだ助かるわ。どうする?」


 ギムレットのその言葉に、黒ヒョウは静かに首を左右に振った。


「いや、ワシはワシのままで生を終える」

「そう」


 ギムレットには黒ヒョウの答えが分かっていたのだろう。

 その声には達観にも似た響きがあった。


「ナツト、こっちに来てくれ」


 黒ヒョウに名を呼ばれた奈津人が黒ヒョウの傍らに膝を突くと。


「いいか、ナツト」


 ガシリと、手を黒ヒョウに掴まれた。


「必ずワシを食えよ」

「え?」

「ワシはもう助からん。だからワシが死んだら、ワシを食ってワシの力を受け継ぐのだ。いいな、必ずワシを食うんだぞ」

「う、うん」


 奈津人の返事を確認すると、黒ヒョウは怒りの槌に笑顔を向ける。


「ではルシファー様、おさらばです」


 そんな黒ヒョウに、怒りの槌も笑顔で返す。


「ああ、今までよくオレに尽くしてくれた。礼を言うぞ、ドルフ」

「光栄です」


 その言葉を最後に、黒ヒョウの身体からスウッと力が抜けた。


「黒ヒョウ? 黒ヒョウ……黒ヒョウ!」


 何度も叫ぶ奈津人に。


「ナツト」


 怒りの鎚が静かに、しかし強い意志の込もった声で語り掛ける。


「黒ヒョウの最後の望みだ、力を受け継げ」


 奈津人の頭の中を黒ヒョウとの様々な思い出が駆け巡る。

 それ程多くの言葉を交わしたわけではない。

 でも、黒ヒョウは嫌な顔もせずに奈津人の稽古の相手を務めてくれた。

 戦う意志を確認してから、敵と戦う事に理解を示してくれた。

 思い出してみれば奈津人を見る黒ヒョウの目はいつも優しかった。


「うおー!」


 奈津人は泣きながら黒ヒョウの亡骸に食らい付いた。


「チクショウ! チクショウ! チクショウ! チクショウ! 俺にこんな真似をさせやがったラージヒルトって野郎、絶対に許さねぇ! ぶっ殺してやる! 必ずぶっ殺してやる! 絶対にぶっ殺してやる!」


 ギムレットも怒りの槌も何も言わなかった。

 3人は無言で黒ヒョウとベアを食べた。

 奈津人とギムレットは泣きながら。

 怒りの槌は涙を見せはしなかったが、おそらく心の中で泣きながら。






2020 オオネ サクヤⒸ

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