第十一話 サンダースネーク
肉体にヒドラの力が満ちてくるまで全員で休憩している時のコト。
ギムレットは奈津人の横にチョコンと腰掛けてモジモジしていた。
怒りの槌と出合った後。
トライヘッド=グリフィン、八つ首ヒドラ、巨大ゴーゴンと、立て続けに想像を絶する化け物を目にしてきた。
だから、すっかり忘れていたのだが……。
今になって奈津人からキスされた事が、頭の中を駆け巡る。
胸の奥がキュウウっと、痛い様な苦しい様な、変な感じだ。
だから。
奈津人の横で、暫くモジモジしてから。
ギムレットは思い切ってその言葉を口にする。
「な、何で私にキ、キスし、したの?」
ヤバい、また顔面に蹴りが飛んで来る!
ビクビクしながら奈津人が顔を向けると。
「ねえ、どうして?」
ギムレットは真っ赤になった顔を伏せ、小さな身体を一層小さくしていた。
うわ、ギムレットってこんなに可愛らしかったっけ。
くう、このまま抱き締めたいぜ。
などと考えながらも。
奈津人は、あの時の事を素直に口にした。
「怒りの槌を一目見て、殺されると確信したんだ。ギムレットがどう思っているのか俺には分からないけど、俺にとってギムレットと一緒に頑張ってきた今までは、本当に楽しかった。だから、どうせ死ぬんなら最後の思い出に、と思って……」
奈津人の言葉で、更に赤くなりながらギムレットは奈津人を睨む。
「何言ってんのよ、下僕は何があってもご主人様を守り抜くモンだって話したでしょ。ナツトが死んだら誰が私を守るのよ。いい、ナツトはね、どんな時も生き抜いて私を守んなきゃダメなの。分かった? 死んじゃダメだからね」
涙目でそう言うギムレットの頬に奈津人が手を添えると。
「ナツト……」
驚いた事にギムレットは奈津人にその小さな身体を預けてきた。
奈津人はギムレットをそっと抱き締める。
力を入れたら壊れてしまいそう。
そんなギムレットの柔らかな抱き心地に、愛おしさが込み上げてくる。
「分かった、ギムレットは俺が守る。絶対に守る。何があっても生き延びて、必ず守り抜いてみせる」
ギムレットをシッカリと抱き締めながら奈津人は誓う。
「ウン」
ギムレットが奈津人の腕の中で小さく答えた。
と、そこに。
「そろそろ出発するか」
突然、怒りの槌の声が響いた。
「わ!」
「きゃ!」
奈津人とギムレットは飛び上がると、大慌てで身を離す。
「な、何だ、どうかしたか」
2人の反応に怒りの槌もビックリする。
「ななな、何でもないわ、さささ、さあ出発しましょしょう」
ギムレットがギクシャクと歩き出す。
「そ、そ、そ、そうだな」
奈津人も大慌てでギムレットに続く。
そんな奈津人とギムレットに、怒りの槌は1人呟く。
「若いねぇ」
そして怒りの槌は小さく笑みを浮かべると、2人の後を追って歩き出した。
「さて、次はオレがやる番だな」
怒りの槌はそう口にすると。
新たに発見した五つ首ヒドラへと無造作に近づいて行った。
「「「「「ギシャーー!」」」」」
当然ながら、五つ首ヒドラは猛然と襲い掛かってくる。
しかし怒りの槌は、まるで散歩でもしているような気軽さで。
「ほい」
五つ首ヒドラの頭全てにカウンターでパンチを叩き込いだ。
バチーン! バチーン! バチーン! バチーン! バチーン!
パンチを5発。
たったそれだけで、5つあるヒドラの頭は、全て潰れたのだった。
「す、凄い……」
奈津人は怒りの槌のあまりの強さに言葉を失った。
ギムレットに目をやると、ポカンと口を開けている。
うう、こんな顔も可愛い!
俺、完全にギムレットの事、好きになってしまったらしい……。
自分がどれ程ギムレットのコトを好きか、奈津人は思い知るが。
「さて、まず食べてからだ」
「は、はい」
怒りの槌に言われて、奈津人は慌てて五つ首ヒドラに駆け寄ったのだった。
黒ヒョウとベアも、五つ首ヒドラを楽々と倒した後。
「ナツトもアナタ達も五つ首ヒドラ相手なら楽勝のレベルって事ね」
ギムレットはそう切り出した。
その言葉に、奈津人は居心地悪そうに漏らす。
「俺は楽勝じゃないだろ……」
怒りの槌達の実力を目の当たりにした今。
素直に頷けるワケがない。
「確かにナツトの戦闘技術は、怒りの槌には遠く及ばない。けど、ガントレットの攻撃力は楽々と五つ首ヒドラを倒せるレベル。そうでしょ、怒りの槌」
ギムレットに言われて、怒りの槌は大きく頷く。
「ああ、ナツトのその、ええとガントレットか、そのガントレット自体の攻撃力はオレ以上かもしれん」
「そう。だから獲物を倒して力を得た後、そうね、30分程でいいからナツトを鍛えてくれない?」
ギムレットの頼みに怒りの槌はニヤリと笑う。
「中々人使いの荒い嬢ちゃんだな。いいぜ、戦力は多い程いいからな。じゃあナツト、早速、格闘技の基本を教えてやろう」
いきなりの展開に、少し焦りながらも。
「お、お願いします」
奈津人は怒りの槌に、頭を下げたのだった。
怒りの槌の教える格闘技は空手に似ていた。
奈津人はパンチとキック、いや、突きと蹴りを丁寧に教わる。
闇雲にぶん殴るのと、身体を合理的に使った突き。
その威力には、雲泥の差がある事を奈津人は思い知った。
あっという間の、しかし目から鱗が落ちる30分が過ぎて。
怒りの槌は、奈津人に笑顔を向けた。
「中々よかったぞ、ナツト。これからドンドン教えていくからな」
奈津人は、まともに運動などした事がない。
しかし何とか怒りの槌に見捨てられない程度には出来た様だ。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる奈津人に満足そうに頷くと。
「じゃあ、次の獲物を探そうぜ」
怒りの槌はギムレットに声を掛けたのだった。
五つ首ヒドラ8匹を含め20匹以上のモンスターを倒した頃。
奈津人は怒りの槌からかなりレベルの高い指導を受けるようになっていた。
猛獣やモンスターのパワー、スピード、バネ、反射神経や特殊能力。
それらを得ていたコトもあるだろう。
しかし、それを顧慮に入れても、奈津人の上達は実に速かった。
「中々いい弟子ですな」
珍しく黒ヒョウがコッソリと怒りの槌に話し掛ける。
「ああ、素直で努力を惜しまないのがナツトの1番の長所だ」
「それも貴方という、優秀な指導者あっての事でしょう。しかし、楽しそうですな」
「ああ、思わず奈津人との稽古に熱中しすぎて、『外』の事を忘れかける」
「何を2人で話してるの、珍しいわね」
ギムレットが、そんな2人に気付いて声を掛ける。
「いや、何でもないさ。ところでそろそろ次のエリアに進む頃合いじゃないか」
答える怒りの槌と同じく、ギムレットもそれを考えていた。
「気が合うわね、私もそう提案しようと思ってたトコよ」
「じゃあ六つ首ヒドラのエリアに進むとするか」
怒りの槌は、全員に向かってそう宣言すると。
「よし、行くとするか」
六つ首ヒドラの生息するエリアに向かって歩き出したのだった。
六つ首ヒドラのエリア。
そう怒りの槌は口にした。
しかし、六つ首ヒドラだけが生息している訳ではない。
そこで最初に出くわしたのは。
「サンダースネークよ」
体長30メートルの大蛇を顎で指して、ギムレットが奈津人に囁く。
六つ首ヒドラの体長も30メートルあるらしい。
だが30メートルのヒドラよりも、30メートルの蛇の方がマシだろう。
と、奈津人は考えたのだが。
「その名前の通り、雷で攻撃してくる厄介な敵よ」
遠距離から攻撃してくるとなると、話は別だ。
「雷!?」
奈津人は顔をしかめて聞き返す。
「ここじゃ魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「残念ながら魔法じゃないわ。体内で発生させた高圧電流を放電する、純粋な物理攻撃よ」
ギムレットはアッサリと言ってのけた。
なるほど、電気ウナギみたいなモンか。
それなら確かに、魔法じゃないか。
しかし雷で攻撃してくるなんて、物凄く危険な相手だな。
などと奈津人が考えていると。
「どうするナツト。それでも例のヤツをやるのか? たまには不意打ちも仕方ないぜ」
怒りの槌がそう言葉を掛けてきた。
確かに雷は厄介だ。
そしてガントレットによる不意打ち攻撃なら、一撃で倒せるだろう。
正面から戦うリスクを考えると、不意打ちがベストだ。
しかし、今さら考えを変える気はない。
だから。
「やる」
奈津人は即答するとサンダースネークの前に飛び出した。
「俺はアンタと戦いたくない! この戦い、避ける事は出来ないか!」
ピッシャーン!
奈津人が叫ぶと同時に稲妻が奈津人を襲ってきた。
「うわ!」
辛うじて躱した奈津人を。
ピッシャーン!
稲妻が再び襲った。
これも何とか直撃を受けずに済んだ。
しかしこのままでは、いつか直撃を食らってしまうだろう。
そう判断した怒りの槌が、奈津人に指示を出す。
「ナツト、常に動いて狙いを定めさせるな」
「はい!」
奈津人はジグザグ走行でサンダースネークへと向かって行く。
何度も近くに雷が落ちるが、何とか奈津人は直撃を受けずに進んでいく。
そして。
「やったぜ!」
ガントレットの爪の射程まで接近する事に成功した。
しかし。
「ナツト!」
ギムレットの叫び声を奈津人が耳にした時にはもう遅かった。
バリバリバリ!
奈津人を捉え切れないと判断したのだろう。
サンダースネークが全方位に電撃を放った。
この近距離では、とても躱せるモノではない。
「うわっ!」
奈津人はまともに稲妻を食らって吹っ飛ばされてしまう。
「ナツトぉ!」
ギムレットが悲鳴を上げると同時に怒りの槌が飛び出した。
「ナツト、交代だ」
そして、怒りの槌と同時に飛び出した黒ヒョウが。
「さ、つかまれ」
奈津人を救出して岩陰に連れ戻す。
「怒りの槌の戦い方をよく見ておけ」
黒ヒョウに、そう言われて。
「は、はい……」
奈津人は電撃を受けて痺れている身体を、根性で起こした。
そんな奈津人の視線の先では。
怒りの槌が、ジグザグ走行でサンダースネークへと向かって行くところだった。
さっきの奈津人と同じに見える。
しかしよく見ると、稲妻を躱しながらタイミングを伺っているようだった。
そこにサンダースネークのひときわ大きな雷。
それを躱すと同時に。
「ほい」
怒りの槌は一瞬で距離を詰めてパンチ、いや突きを放つ。
その一撃で。
グシャン!
サンダースネークは頭を砕かれて地に這ったのだった。
「相手をよく観察するんだナツト。さっきサンダースネークは、全方位電撃を狙って稲妻をセーブしていたぞ。ナツト、お前はその企みに気づかず接近してしまったんだ。次に戦う時は、相手の全体を観察するんだ。そして攻撃を放った直後の隙を見逃すな」
「はい」
怒りの槌からのアドバイスを奈津人は心に刻み込んだ。
「さ、サンダースネークの力、いただきましょ」
奈津人の背中をパァンと叩いてギムレットがウインクする。
いたずらっぽい瞳は何かを企んでいる様だが、まずは食事が先だ。
奈津人は皆と共にサンダースネークを腹に詰め込む事に専念した。
2020 オオネ サクヤⒸ