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   第十話  怒りの槌





「オレのコトは怒りの槌と呼んでくれ」


 大男、怒りの槌はそう言って右手を差し出した。


「は、はあ、鈴木奈津人です」


 巨大な鈍器の様な怒りの槌の手を握りながら、奈津人は自己紹介する。


「ギムレットよ。ギムレット=タンカレー」


 ギムレットも右手を差し出す。


「よろしくな。この2人の事は黒ヒョウ、ベアと呼んでくれ」


 怒りの槌の紹介に黙って頷く2人の獣人。


「ひょっとして、嫌われた?」


 首をかしげるギムレットに、怒りの槌がウインクする。


「そうでもない。無口なだけで、気のイイ奴らさ。しかし驚いたぜ、蟲毒の洞窟で『戦いたくない』なんて言葉を聞くなんてな」


 怒りの槌が奈津人に目をやる。


「ヴァンパイアとワーウルフのコンビか……嬢ちゃんの恋人か?」


 怒りの槌の一言に、ギムレットは真っ赤になりながら答える。


「ただの下僕よ! ……今はまだ……。そ、そんな事よりも、アナタも後ろの2人同様、獣人でしょ。と言う事は志願兵。いずれ戦う事になるのに、私達と慣れあってイイの?」

「何の事だ? オレ達は言わば、騙し討ちに遭ってこの蟲毒の洞窟に放り込まれたんだ。魔王ラージヒルトの野郎にな」

「ラージヒルト!」


 ギムレットが大声を上げる。


「あンの野郎が犯人だったのね! これでハッキリしたわ!」

「嬢ちゃん、色々な事を知っている様だな」


 怒りの槌の目が、僅かに鋭くなる。


「だって私同様、蟲毒の洞窟を設計した1人だもん」

「「「「えええ!」」」」


 ギムレット以外の4人が上げた驚きの声が重なった。


「私は魔力も知識も世界一の、ドラクルの一族なの。ある時、最強の生物兵器を創るには、って話で盛り上がった事があったの。その結論がこの巨大な洞窟を利用した蟲毒だったわ。でもそれは只の話。必要な労力も時間も資金もとんでもない上、あまりにも非人道的だったから冗談の様なもの。でも誰かが、その莫大な労力、時間、資金を費やしたらしい……それが何者なのか、今まで分からなかったけど」

「魔王ラージヒルトだったら、その必要なモノ全てを持っている。で、この蟲毒の洞窟を造り上げた、という事か」


 ギムレットの推理に、怒りの槌が納得の顔を見せる。

 そこに奈津人がおずおずと質問した。


「それでギムレットは、どうする気なんだ?」

「何言ってんのよナツト。どうするも何も、最初から言ってるでしょ。他の生物を倒して強くなって、ここを脱出するわよ」


 可愛らしい拳を振り上げるギムレットに、怒りの槌が穏やかな声を掛ける。


「で、嬢ちゃん、どうやって脱出する気なんだ?」

「蟲毒の洞窟の1番奥、最強のエリアの先に、外に続く扉がある筈。そこから脱出するのよ」

「なんだよ、出口があるんならサッサと出ようぜ」


 奈津人がホッとした声を上げるが。


「最強生物を創る為の洞窟を閉ざしているのは高さ100メートル、横70メートル、厚さ20メートルのアダマンタイトの扉よ。そう簡単にぶち破れるモノじゃないわ」


 メートル? 

 この世界でもメートルが使用されているのか? 


 奈津人は驚いたが、今はギムレットの説明を聞く事に集中する。


「だから結局のところ、悔しいけど、蟲毒の目標である最強生物を目指すしかないの。巨大扉を破壊出来る力を得る為にね」

「洞窟の1番奥か……」


 怒りの槌が重々しい声を上げる。


「そりゃあ、簡単な事じゃない事は承知の上よ」


 キッパリと言い切るギムレットに、怒りの槌と黒ヒョウとベアが困惑気味に顔を見合わせている。

 3人の重い空気に、ギムレットは嫌な予感がした。


「な、何よ?」


 不安げなギムレットを、怒りの槌はジッと見詰めた。

 そして、奈津人にも視線を向けてから。


「ふむ、何とかなるかな。今から洞窟の1番奥を偵察に行く。但し、オレの命令には絶対服従する事。いいか」


 怒りの槌を信用出来る相手と判断したギムレットは、無言で頷く。


「分かりました、怒りの槌さん」


 真剣な顔で返事をする奈津人に、怒りの槌が微笑む。


「《さん》は、いらない。怒りの槌、と呼んでくれ。この二人も黒ヒョウとベアとだけ呼んでくれたらいい。じゃあ出発だ。気配を消してな」


 そう言うと、怒りの槌は走り出す。

 その背中の一瞬だけ見つめた後。

 ギムレットと奈津人は互いに目で合図を交わすと、揃って駆け出したのだった。





ーー止まれ。


 怒りの槌が手で合図する。

 岩陰からそっと様子を伺うと、そこには。


「七つ首ヒドラ……」


 ギムレットが奈津人にだけ聞こえる声で呟いた。

 五つ首ヒドラは四つ首ヒドラの5倍強い。

 六つ首ヒドラは、五つ首ヒドラの6倍強い。

 その六つ首ヒドラの7倍手強いのが、この七つ首ヒドラよ。

 

 というギムレットの説明を聞くまでもない。

 到底勝てそうもない、全長40メートルもある怪獣だ。


『岩陰を静かに抜けて行く』


 怒りの槌の合図に従って七つ首ヒドラから遠ざかる。


「ぶはー、怖かった」


 安全な場所まで移動したトコで、奈津人は大息をついた。

 が、そんな奈津人にギムレットの目が鋭くなる。


「怖かった、じゃないわよ!」


 ギムレットに叱られてしまう奈津人だったが。


「相手の強さが分かったのなら、それでいいのさ、ナツト」


 怒りの槌がそう言ってくれたので、奈津人は笑顔を見せた。

 しかし。


「問題はこの先だ。行くぞ」


 怒りの槌が厳しい顔になる。

 ゴクリとノドを鳴らす奈津人の肩に、ギムレットが手を置く。


「そんなに緊張しないでイイわ、ナツト。アナタの指示に従っていれば大丈夫よね、怒りの槌?」


 笑顔のギムレットにそう言われて、怒りの槌は苦笑する。


「ああ、努力するよ。さて、更に慎重に進むぞ」


 更に慎重に。怒りの槌がそう言った理由は、すぐに分かった。


「何よ、あれ! 神獣グリフォンじゃない」


 ギムレットに驚きの声を上げさせたのは、グリフィンだった。

 

 ところで。

 グリフィンとはライオンの身体にワシの頭と翼、蛇の尾を持つモンスター。

 それが、奈津人が知っているグリフォンの姿だ。


 しかし。

 奈津人の頭上を飛行している生き物は、奈津人が知っているグリフィンとはかなり違った。


「トライヘッド=グリフィンよ。人間なんかよりも遥かに高い知能を持つ、でも穏やかな生物なのに、どうして蟲毒の洞窟に?」


 ギムレットの呟きからして、トライヘッドグリフォンというらしい。

 3つのワシの頭。

 3対の翼。

 6本の前脚。

 全長は、30メートルを超える。

 この巨体で空を飛ぶのだから、とんでもない化け物だ。

 そして多分……七つ首ヒドラよりも強い。


「当然、ラージヒルトの野郎に騙されたんだろ、オレ達みたいにな」


 怒りの槌の腹立たしげな声に、ギムレットも同調する。


「ええ、あのカス野郎なら、どんな汚いマネも平気でするでしょうから」


 吐き出す様に言うギムレット。

 よほどラージヒルトってヤツが嫌いらしい。


「さてと。トライヘッド=グリフィンに見つからない様に、暫くは、岩陰を進むぞ」


 怒りの槌の言葉に従って、岩陰を風の様に進む事、約50キロメートル。


「そろそろ最強エリアに入るぞ」


 怒りの槌に言われるまでもなく、空気が変わった。

 ピリピリする様な張り詰めた空気の中を進んで行くと。


『いたぞ』


 怒りの槌の合図に、一同が岩陰で足を止めるとその先には……いた。

 八つ首ヒドラだ。

 体長は50メートル。

 こうして見てみると、とんでもなくデカい。

 

 しかも全身を、頑丈そうな鱗が覆っている。

 どうやったらダメージを与える事が出来るのか見当もつかない。

 8つある頭の防御力も高そうだ。

 その8つの頭が生み出す攻撃力は、想像すら出来ない。

 7つ首ヒドラの8倍も強い大怪獣などだと、心の底から納得する。

 そんな八つ首ヒドラを避けて進む事、数キロメートル。


「はあぁぁ、確かに大問題だ……あんな化け物がうろついているなんて」


 奈津人の弱音に、今度はギムレットも文句を言わなかった。

 しかし、そこに。


「違う。悪いが、問題はこの先なんだ」


 怒りの槌の重苦しい声。

 黒ヒョウとベアも緊張している。


「行くぞ」


 怒りの槌はそう言うと、更に慎重に進んでいく。


 こんなに怒りの槌が緊張するなんて……。

 この先に一体何が待ち構えているというのだろう?


 嫌な予感をヒシヒシと感じながら。

 奈津人とギムレットは、怒りの槌の後に続いて息を殺しながら進んだ。

 

 緊張のあまり、気持ち悪くなってきたところで。

 洞窟が途切れて岩壁がそびえ立つ場所に出た。

 ここが蟲毒の洞窟の終点なのだろう。

 その絶壁には直径30メートル程のトンネルが口を開けていた。

 その先にギムレットの言う、巨大扉がある筈だ。

 しかし1つだけ問題があった。


「あれの所為で先に進めない」


 怒りの槌が指差した先にいたのは。


「ゴーゴン、だよな?」


 奈津人が魂の抜けた様な声を漏らす。


 ゴーゴン。

 言わずと知れた、ギリシャ神話に出て来るモンスターだ。

 その髪は蛇で下半身も大蛇。

 これが奈津人の知っているゴーゴンだ。

 しかし、今目にしているゴーゴンは、和斗の知るゴーゴンではなかった。


 まず違うのは、そのサイズ。

 上半身だけでも20メートルを超えている。

 下半身の蛇の部分は100メートル以上ありそうだ。

 そのうえ、凶器の様な爪の生えた腕が8本も生えている。

 この化け物に比べたら、八つ首ヒドラが可愛く感じられてしまう。


「目に焼き付けたな。じゃあ元のエリアに戻るぞ」


 怒りの槌の言葉にカクカクと頷いてから奈津人も気配を殺して走り出す。

 2時間も掛からず、五つ首ヒドラの生息するエリアに戻ってくると。


「こ、怖かったぁ、い、今でも足が震えて……」


 奈津人は腰が抜けた様に地面に座り込んだ。


「そうね、私も震えが止まらないわ」


 ギムレットの顔も青い。


「あの化け物が、洞窟の1番奥に陣取る最強の生物だ。道のりの遠さが分かったか?」


 静かにそう言う怒りの槌に、ギムレットがキッパリと答える。


「よぉく分かったわ、凄く遠い事がね。でもやるしかないの。時間は想像していた以上に必要みたいだけど、片っ端から獲物を倒して、力をアップさせて、必ずここを脱出して……」

「ラージヒルトをぶっ殺す」

「ああ~~! そこまで私に言わせて欲しかったなぁ」


 セリフの最後を怒りの槌に言われて、ギムレットが口を尖らせる。


「はは、悪かったな。で、嬢ちゃん、ここを脱出してラージヒルトをぶっ殺すまで、互いに協力する。それでどうだ」

「いいわ。ラージヒルトをぶっ殺すまでの同盟ね」


 ギムレットは怒りの槌が差し出した大きな手を握る。


「よし、決まりだ。ナツト、宜しくな」


 怒りの槌がニッと笑う。

 優しい、しかし頼りがいのある漢の笑みだ。

 

 この人と一緒なら、きっと大丈夫だ。

 そう本能的に悟った奈津人は。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 怒りの槌と、獣人2人にペコリと頭を下げたのだった。






「じゃあ、取り敢えずこちらの戦力を見せておくわ」


 ギムレットがそう言ったのは、新たに五つ首ヒドラを発見した時だった。


「今のナツトの戦闘能力を見て。その後、アナタ達の力を見せて。その上で、今後の計画を立てましょ」


 ギムレットに目で合図されて、奈津人は五つ首ヒドラへと向かって叫ぶ。


「俺はアンタと戦いたくない! この戦い避ける事はできないか!」

「え~~と、ナツト。ヒドラに話し掛けても無駄だと思うぞ」


 怒りの槌が奈津人に声を掛けるが。


「でもやる」


 頑固に答える奈津人。


「分かった。でもやっぱり無駄だった様だぞ」

「覚悟の上」


 奈津人は怒りの槌にそう答えると。


「「「「「シャギャァァァァ!」」」」」


 襲い掛かってくる五つ首ヒドラを、ガントレットに変えた腕で迎え撃つ。

 

 シャキン! シャキン! シャキン! シャキン!

 

 ガントレットの爪は、最大10メートルまで伸ばせる様になっている。

 その爪を瞬時に出し入れして五つ首ヒドラを何度も刺し貫く。

 四つ首ヒドラは楽々と倒せたが、今度は五つ首ヒドラだ。

 奈津人は慎重に、そして確実に五つ首ヒドラを弱らせていく。

 そして。


「せい!」


 奈津人の爪が一閃すると。


 ズシン!


 切断された五つ首ヒドラの頭が、地面に落ちた。

 頭を1つ失って五つ首ヒドラの動きが鈍ったところで。


「それ!」


 奈津人はヒドラの首を1つ1つ確実に仕留めていく。

 奈津人は既に四つ首ヒドラを楽々と倒せる力は持っている。

 つまり4つの首を相手に戦うのは簡単だ。

 だから、あっという間に、5つ目の首を切り落とした。


「倒したぜ」


 笑顔で奈津人が報告すると、ギムレットもとびきりの笑顔で答える。


「ご苦労様、ナツト」

「ナツトの戦闘能力はよく分かった。その変形させた腕の力は大したモノだ」


 怒りの槌が称賛の声を上げる。


「取り敢えず五つ首ヒドラの力をいただきましょ。話はその後よ」


 ギムレットの言葉で全員が、五つ首ヒドラの食事に取り掛かった。

 倒した相手を食べて強くなれるのは、1時間の間だけ。

 

 だから1時間の間。

 5人は、ひたすら五つ首ヒドラを食べ続けたのだった。











2020 オオネ サクヤⒸ

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