表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

第一話




 ゴルルルル!


「な、何だぁ!?」

 

 猛獣の唸り声に飛び起きる。

 彼の名前は鈴木奈津人。

 市立高校に通う、平凡な17歳の平凡は男子だ。


「こ、ここは……」


 奈津人は暗闇の中、呟いた。

 暗闇の中にポツリポツリと光ってるのは、発光ゴケだろうか。

 その微かな明かりのおかげで辛うじて見通せる闇の中。

 沢山の人影が悲鳴を上げながら、4足の大きな影から逃げ回っている。

 何千人、いや何万人もいるようだ。


「これは夢だな……夢だよな」


 夢だと思い込みたかった。

 だが。

 素足に伝わってくる冷たい岩の感触は、とても夢とは思えない。

 それに、あまりにも突然なので、現実味を感じない。

 

 いったいどうしたらイイんだろう?


 立ち尽くす奈津人だったが、考えている暇などなかった。

 闇の中から猛獣らしき影が、奈津人の方へと向かって来る。

 その影は犬などよりも遥かに大きかった。

 

 虎だろうか?

 ライオンだろうか?

 黄色に輝く2つの目と鋭い牙が、妙にハッキリと闇に浮かび上がっている。


「ひ」


 奈津人は逃げようとするが、足が動いてくれない。


「ウソだろ……」


 奈津人目がけてジャンプする猛獣の影が、やけにゆっくり見えた。


 俺ここで死ぬのか?

 1度も女の子と付き合った事もないのに。

 やっぱコレ夢だよな。

 足に力が入らねぇよ。

 家で寝てたのに、何でこんな事に?

 誰か教えてくれよ!


 などと。

 奈津人の頭の中を色々なコトが駆け抜けるが。


「わひぃぃぃ」


 悲鳴が上がったのは、奈津人のすぐ横からだった。

 どうやら猛獣の標的は、奈津人の隣にいた男だったらしい。


「ギャー」


 絶叫と共にまき散らされた血が。


 ビシャ!


 と、奈津人の足を濡らした。


 その瞬間。

 奈津人の背中を、冷たい恐怖が這い登った。


 夢じゃない!

 現実だ!


 そう悟った奈津人は、恥も外聞もなく逃げ出した。


「ひいぃぃぃ」

 

 怖い、怖い、怖い、怖い。

 助けて、助けて、助けて、助けて。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう?

 何も考えられなくなる中。


「え!?」


 暗闇の中、平然と立っている少女の姿が奈津人の目に飛び込んできた。


 奈津人より2、3才くらい年下だろうか。

 髪をショートにした顔は、今まで奈津人が見た事もないほど綺麗で可愛い。

 驚く程細いウエスト。

 可愛らしいお尻。

 華奢な腕。

 ビックリするほど綺麗な脚。

 胸こそ控えめだが、どれをとっても美少女の中の美少女だ。

 奈津人は、こんな状況だというのに我を忘れて立ち尽くした。


 しかし。


 ガルルル。


 ハッと気が付いた時には、背後で唸り声が轟いていた。


「ひ!」


 奈津人が恐る恐る振り向いてみると。

 さっきの猛獣よりも遥かに大きい影がこちらに向かって来ていた。


 マズい、逃げなきゃ。


 そう思った時には既に、奈津人は美少女の腕を掴んで叫んでいた。


「何してるんだよ、逃げるぞ」

「え、きゃ、ちょっと」

 

 美少女が何かを言いかけたが話を聞いている余裕はない。

 奈津人は少女の手を引っ張って獣から逃げ出した。

 が、恐怖で足がもつれて奈津人は派手にスっ転んでしまう。


「くそ!」


 慌てて起き上がろうとするが、獣はもう目の前にいた。

 シチュエーションはさっきと同じシチュエーションだ。

 しかし今回は、後ろには少女がいる。


 チクショウ、仕方ない!


 奈津人はなけなしの根性を振り絞って少女に叫んだ。


「いいか、俺が時間を稼ぐから、その間に逃げろ! でもそんなに長く時間稼ぎ出来ないと思うから急いで!」


 奈津人は死を覚悟すると、獣を睨み付ける。


「逃げてもいいんだろうけど、ここは死んでもカッコつけるトコだよな……」


 泣き笑いの表情で奈津人は呟いた。

 いつでも仕留める事が出来る余裕からだろうか。

 獣はゆっくり近づいてくる。

 この距離で、初めて獣が大きな虎である事が分かった。

 5メートルもある虎の迫力に、奈津人の心臓は口から飛び出しそうだ。


「くっそお、これで俺の人生終わりかよぉ。でも……」


 どうせ助からないのなら、可愛い女の子の前でカッコつけて死んでやる。

 そう開き直った奈津人が、虎に体当たりしようと身構えたその時。

 

 スッと少女が虎の前に歩み出た。


 そのあまりにも自然な歩き方に、奈津人も、そして虎すら動く事を忘れる。

 そして少女は、優雅に右手を上げた。


 虎は、森林の王者だ。

 そんな自分に向かって、こんな行動をとる人間は初めてだったのだろう。

 虎が戸惑っている様にも見える。


 時間が止まったかに思われた次の瞬間。

 少女がヒョイと右腕を振り下ろした。

 その何気ない一撃で。

 

 ボキン!


 虎の首は、へし折れた。


「えええええ!」


 目の前で起こった事なのに自分の目が信じられない。

 奈津人はポカンと口を開けた、間抜けな顔で少女を見つめたのだった。





 どげ。


「おご」


 顔面に少女の蹴りを食らってひっくり返る奈津人。


(な、何だ、いきなり!?)


 いきなりの暴挙に混乱する奈津人を、美少女が睨む。


「何呆けているのよ、しっかりしなさい!」


 そこで奈津人は我に返る。


「き、君は一体……」


 言いかける奈津人の胸倉をグイッと掴む少女。


「そんな事よりこのままじゃアンタ、猛獣に喰われて確実に死ぬわよ。それが嫌なら私の下僕になりなさい。さあ、どうする」


 いきなりの二択に奈津人は目を白黒させる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。君の下僕になったら、ここから逃げ出せるのか?」


 奈津人の質問に驚いた表情を見せる少女。


「アンタ、私を見て分からないの」


 何の事か見当も付かない奈津人。


「こういう事よ」


 そう言った少女の綺麗な瞳が紅く輝き、可愛らしい口もとから牙が伸びる。


「ヴァ、ヴァンパイア?」

「何だ、知ってるんじゃない」


 いや、そう言われたって……。

 ゲームで見た事があるだけだし、いきなり下僕になれと言われても。


 混乱する奈津人に少女がズイッ、と顔を近づける。


「ゆっくり考えてる暇なんてないわよ。いつ猛獣に襲われるか分かんない。次は助けない。今すぐ決めて」

「下僕になるって誓えばいいのか?」


 奈津人の質問に、少女は呆れ顔になる。


「バッカじゃないの? 私が血を吸って下僕に変えるのに決まってるでしょ。さあ、覚悟はいい?」


 そう言って少女が更に顔を近づけてくる。

 

 女の子にこんなに接近されたのは初めてだった。

 しかも、その顔があまりにも可愛らしかった。

 なので、思わず奈津人は口にしてしまう。


「分かった、下僕になる」

「決まりね」


 少女はそう言うと、奈津人の首筋に抱き付いてきた。

 と同時に、首にチクリとした痛みを感じる。


 ああ、今血を吸われているんだ。

 これで俺もヴァンパイアかぁ。

 もう人間じゃない……って事はもう家にも帰れないって事かなぁ。


 そう思うと急に不安になって、反射的に奈津人は少女に抱き付いた。


 うわぁ、これが女の子なんだぁ。

 こんなに細い身体なのにフワンと柔らかで。

 背中なんてこんなに華奢で。

 わ! なんて細いウエストなんだろ。

 そして、この小さく盛り上がったお尻の感触!

 気持ちイイ~~。

 もうこのまま死んでもいい気分だ。


 そこで奈津人は少女が頬を膨らませて自分を睨んでいる事に気が付いた。


「あ……」

「お尻に触ったわねぇ」


 少女はスッと立ち上がるとゲシゲシと奈津人を踏み付ける。


「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしませんもうしません……」


 必死に謝る奈津人を暫く蹴り回してから少女は奈津人に命令した。


「ふう、残念ながら時間が無いわ。こっちに来なさい」


 少女は奈津人を倒した虎の所に引きずって行く。


「さあ、血を飲みなさい」


 言うなり虎に咬みつき血を吸う少女。

 

 そうか、もう俺もヴァンパイアなんだから生き血をすすって生きていくんだ。

 などと奈津人が考えていると。

 

 げし。


「ぶへ」


 顔面に少女の蹴りを食らってひっくり返る奈津人。


 またかよ。


「時間が無いって言ってるでしょ! 急ぐ!」


 少女に怒鳴られて、奈津人は慌てて虎に噛み付くと。

 口の中が、虎の血で溢れた。


 うわ、血生臭……くない? 

 むしろ、いい香りだ。

 味も悪くない、いや美味しい。

 凄く美味しい。

 ……ああ、もう俺はヴァンパイアになっちまったんだなぁ。


 ショックを受けている奈津人に少女が付け加える。


「肉も食べなさい。出来るだけ多く食べるのよ」


 言われた通りにしてみると。


「美味い……」


 何の味も付いてない生肉が、これまたすごく美味しく感じた。


 ああ、生肉がこんなに美味しいなんて。

 俺はもう完全に人間じゃなくなったんだな。


 そう思うと涙が出てきそうになる。

 それを振り払う様にして、奈津人はひたすら虎に食らいついたのだった。





2020 オオネ サクヤⒸ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ