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第二話 理解と不理解

 ひかると稲船は雑草だらけの花壇を覗き込むようにして話し込んでいた。


「……ということで、この子たちの面倒は私に任せてください!」


「そこまで言うなら好きにすればいいが……実に物好きだな、新田くんは。余計な仕事が増えることになるぞ」


「全然"余計"なんかじゃありませんよ。お花の世話をするのは園芸委員として当たり前のことです」


 屈託の無い笑顔に照らされ、稲船の不愛想な横顔が少しだけ緩む。


「……そうだな。では、頼む」


「はいっ」


 短いやりとりの後、木陰から稲船が顔を出した。

 自然、二人の様子を観察していた明と目が合う。


「……夜渚くんか」


「……どうも」


 微妙な空気が流れる中、ぎこちなく挨拶を交わす。

 特に悪いことをしていたつもりは無いが、どうにも落ち着かない気分だった。


「好奇心旺盛なのは結構だが、なにぶん時期が時期だ。学園生として節度ある行いを心掛けてほしい。特に君は誤解されやすい人間のようだからな」


「はい、それは……はい。気を付けます」


 どうやら彼は明がまだ毘比野(ひびの)に疑われていると思っているようだ。

 こちらを見る稲船はいつもの仏頂面のまま、去り際に明の肩を叩く。続いて出てきた晄が、その様子を不思議そうに見つめていた。


「夜渚くん……また何かしたの?」


「またとは何だまたとは。俺はいつだって潔白(イノセント)だ」


「うんうん、最初はみんなそう言うんだよね」


 明は生暖かい眼差しを向けてくる晄に一瞥を返し、


「単に珍しい取り合わせだと思って見ていただけだ。あの理事長が生徒と積極的に交流するような人間には思えん」


 あくまで個人的な印象だが、あの男は不確かな情よりも計測可能な数字で動くタイプの人間だ。

 冷血とまでは言わないが、功利主義的な一面を持っていることは間違いない。生徒会ならともかく、一園芸委員である晄と関わるような機会はそうそう無いだろう。


「んー、そんなこと無いけどね。理事長先生お花好きだから、花壇の世話してるとちょくちょく声掛けてくるよ」


「マジか。想像できん」


「マジです。まあ、どっちかっていうと適当な仕事してる人を注意してる時の方が多いけど。木津池(きずち)くんとかね」


「まるで(しゅうとめ)だな。……で、我らが晄嬢はどんな理由で絞られていたんだ?」


「もう、私のはそういうのじゃなくて……えっとね、これ」


 晄はその場にしゃがみ込み、スコップの先で花壇の奥を指し示した。

 街路樹に光を遮られた土の上、ぺんぺん草に紛れるような形でいくつかのつぼみが見えた。

 なよなよしい茎に活力は無いものの、つぼみの先端にはオレンジ色の花弁が少しだけ顔を出しており、開花までもうひと踏ん張りといったところだ。


「これは……コスモスですの?」


 つぼみを遠巻きに見つめながら倶久理(くくり)が問う。晄は「たぶんです」と返してから、


「この花壇、日当たりがすっごく悪いから普段は何も植えてないの。でも、ずっと放置してたら雑草がわんさか生えてきちゃうから、たまに手入れだけしてるんだ。……そしたら、これが」


 言って、コスモスのつぼみに視線を戻す。


「誰かが植えたとかじゃなくて、どこかから種が飛んできたんだろうね。こんな日陰で育つなんてあんまり無いことだから、感動しちゃって」


「ここで見捨てりゃ男がすたる、と。浪速節(なにわぶし)だな」


「逆境にもへこたれずに頑張る子って思わず応援したくなるでしょ? なんていうか、憧れるんだよね。そういうの」


 どこか遠い目で語りながら、労わるようにつぼみを撫でる。それから明に笑顔を向けて、


「だから……ってわけじゃないけど、夜渚くんも何かあったら遠慮せず相談していいんだよ。私にできることなら力になるから」


「俺が困っているように見えるか? 絶好調だ」


「主に黒鉄(くろがね)くん関係の愚痴を毎日聞かされてるような気がするんですけど……」


 深々とため息をつく晄。しかしすぐさま気を取り直し、


「それじゃあ、私はもう行くね。この子のために肥料とか水とか雑草駆除マッスィーンとか持ってこなきゃだし」


「ああ。ではまたな」


 最後のマッスィーンには非常に興味を引かれたが、今は重要な話の途中だ。

 校舎の中に駆けていく晄を見送ってから、倶久理の方に向き直った。


「すまんな。結果的に話の腰を折ってしまった」


「晄様、でしたか。とても快活な方ですのね。少し、羨ましく思います」


 テーブルに目を落とし、倶久理がアンニュイな息を漏らす。

 根が引っ込み思案(らしい。明の前ではそのような素振りは見えないが)な彼女にとって、誰に対しても物怖じしない晄の存在は眩しすぎるのかもしれない。


「言いたいことは分かるが、他人と比べることに意味は無いぞ」


「かもしれません。ですが、たまに考えてしまうのです。わたくしがもう少し積極的に対話を続けていれば、大神(おおみわ)様は死なずに済んだのではないか……と」


「それは難しいと思うがな。仮にオオクニヌシの心を動かせたとしても、他の現神(うつつがみ)はどうにもならん。なら結局は同じことだ」


 オオクニヌシは倶久理をかばいながらも最終的には組織の意向に従った。

 個人の感情で仲間を裏切るような真似はしない、というかできない。あくまで彼の立ち位置は現神の側なのだ。

 無論、他にも反戦派の現神がいるなら状況は変わっていただろうが、連中に限ってそれは無いと言い切れる。

 現神は不倶戴天(ふぐたいてん)の敵だ。

 傲慢にして凶悪。人を見下し、荒神を殺し、(よこしま)なる目的のために企み事を巡らせている。対等な立場での交流など、逆立ちしても不可能だ。

 これまでの経験から、明はそう思っていた。

 が、


「実は、大神様から聞いたことがあるのです。新たな神代に反対する現神がいる、というお話を」


「……なんだって?」


 それからしばらくの間、明はハトが豆鉄砲を食らったような顔で固まっていた。

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