第一話 神の在り様
時刻は正午過ぎ。中間テスト明けの日曜日を迎えた高臣学園は、のどかな陽気に包まれていた。
休日であるにも関わらず、あたりを行き交う人の数は多い。
敷地内は賑やかな声であふれ返り、グラウンドでは球児たちが泥だらけの姿で白球を追いかけている。
学生食堂に目を向ければ、ここもまた人でごった返していた。
食堂の外には白いテーブルセットがいくつも用意され、席にあぶれた者やちょっとしたカフェ気分を味わいたい女子生徒にくつろぎの場を提供している。
「初めて来たが、なかなかシャレオツなテラスじゃないか。人の目がいささか気になるが、な」
テラスの片隅に座っているのは夜渚明だ。
紺色のブレザーをきっちりと着こなし、申し訳程度に高臣の学生バッジをピン留めしている。
この食堂は教師や外部の人間にも開放されているとはいえ、利用者の大半は在校生だ。学ランとセーラー服のただ中で他校の制服を着ている彼は、有り体に言って浮いていた。
そして、向かいの席には白峰倶久理の姿がある。
黒を基調とするゆったりとした制服はどこか浮世離れした雰囲気を醸し出しており、こちらも明同様に浮いていた。
「その……申し訳ございません。わたくしのせいで悪目立ちしているようですわね」
居心地悪そうに視線をさ迷わせる倶久理。明は面倒そうに首を振って、
「気にするな。俺の扱いなど元々こんなものだ」
「そ、そうなんですの?」
「それもこれも何もかもまるっと完璧あの馬鹿のせいだ。忌々しい」
毎度毎度懲りずに突っかかってくる誰かさんのおかげで、学園における明の立場は"取り扱い注意の不良生徒"で固定されてしまった。世の中とはかくも理不尽なものである。
「まあそんなことはどうでもいい。ここにお前を呼び出したのは愚痴を聞かせるためではないのだからな」
黒鉄に対する恨み言ならそれこそ日が暮れるまで語ることもできるが、それは今すべき事柄ではない。
気を取り直した明は視線で倶久理を促す。彼女は神妙に頷くと、すぐさま本題に入った。
「新たな神代について……ですわね」
「そうだ。お前がオオクニヌシから聞いた話をもっと詳しく教えてほしい」
新たな神代。人を神の座に押し上げる計画。
それこそが現神の最終目的であり、荒神狩りの理由なのだという。
初めて聞いた時は倶久理を騙すための方便に過ぎないと思っていた。しかし、オオクニヌシの最期を見る限りその可能性は低そうだ。
あの男は倶久理を殺そうとしたが、それでも最低限の筋は通していた。全てがでまかせと考えるのは早計だろう。
「神代とは、すなわち神話の時代。数多の人々を神に変え、再び神々の支配する世界を取り戻す……それが新たな神代ですわ」
「数多の人々、か。それは選ばれた数人とかではないのか?」
「そのように聞いております。少なくとも百人や千人程度の話ではありませんわ」
「は。大きく出たものだ」
どうやら彼らは万民に分け隔てなく──あるいは無差別的に、押し付けるように──神の力とやらを与えるつもりらしい。
太っ腹というか要らぬお世話というか、聞けば聞くほど真意が分からなくなってくる。さすがにただの慈善事業ではないと思うが。
「で、その"神"というのは現神のことか? 人間を現神にしてしまうと、そういうことなのか?」
半ばそうなのだろうなと思いつつ確認する。が、返ってきたのは意外にも否定の言葉だった。
「大神様が言うには、現神よりも高次の存在だそうです」
「ということは、奴らよりまだ上がいるのか? 個人的にはあまり歓迎したくない事実だが」
「そこまではわたくしにも……。ですが、そんな方が既にいらっしゃるなら、とっくに姿を見せていると思いますの」
「むう……」
まるで穴だらけの書物を読んでいるかのようなすわりの悪さを感じる。
分かるようで分からない。真相を読み解くためのキーワードが見えてこない。空白の中身は未だ定まらず、想像次第で如何様にも形を変える。
そのうえ答えを知っている連中はこちらと会話する気さえ無いと来た。八方塞がりだ。
どうしたものかと頭をひねり、コリをほぐすように首を回す。
……と、その拍子に思わぬものが目に入ってきた。
テラスから少し離れた街路樹の裏。校舎のわずかなくぼみに隠れるようにして、小さな花壇がある。
花壇の前で話しているのは、どちらも見知った顔。
クラスメートの新田晄と、稲船理事長だった。
五章開始。
今回はほとんどバトルは無いです。




