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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第二十四話 胎動する悪と

 ほの暗い地の底に、巨大な空間があった。

 チリ一つ無い床は青銅色の石板に覆われ、天井部は緩やかな円錐形。壁際には複雑な機構(からくり)を備えたオブジェのような物が固定され、あちらこちらで鈍い音を奏でている。

 音はドームの内部を跳ね回り、次第に混ざり合って一つの旋律となる。それはさながら、人ならぬ異形の呼び声のようでもあった。


「……このような場所に隠れていたとはな」


 陰鬱な響きを断ち切るような、鋭い声。それは今しがた現れた男の発したものだ。

 張りのあるスーツに身を固めた、背の高い青年。石膏像(せっこうぞう)を思わせる淡白な顔立ちは、珍しく怒りの色彩を滲ませていた。

 にらむ先には小柄な少女が立っている。見た目こそ人間に似ているが、その中身は油断ならぬ化け物だ。

 ……特に、今の状態は。


「やだなーもう、別にきみから逃げてたわけじゃないってば。ひとまず繋ぎの依代(よりしろ)を探してただけだよ」


 言いながら、手足の感触を確かめるように動かす。何度か曲げ伸ばししてから、少女は満足そうに頷いた。


「動かし心地はそれなりかな。ほんとは三貴士(さんきし)の体が一番なんだけど、スサノオには逃げられちゃったからね。ツクヨミはもっとめんどくさいし」


「だからその少女に手を出したのか? オオクニヌシとの約定はどうした?」


「今さらくたばった奴の顔を立てても仕方ないでしょ? 資源は有効に活用しなきゃねー」


 悪びれずに笑い、細い素足で軽快にステップを踏む。鼻歌交じりにはしゃぐ様子からは、死した同志に対する情は一片も感じられない。

 いや、そもそも仲間だという意識すら無いのだろう。

 奴が信じているのは常に自分だけだ。それ以外の存在は邪魔者あるいは道具でしかない。

 だが、男にそれを糾弾する資格は無い。

 なぜなら、彼もまた同じ穴のムジナなのだ。

 他者を利用し、犠牲を積み上げ、目的を果たすために血塗られた道を歩む。そこにいったいどれほどの違いがあろうか。

 結局は同族嫌悪。だから男はそれ以上何も言わなかったし、少女も嫌らしい笑いを崩さなかった。


「とにかく、貴様は大人しくしていろ。現神の指揮は私が執る。予測外の事故を避けるためにな」


「そんなに怒らないでよ。シナツヒコがしでかしたことは謝るからさー」


「謝罪で済む問題だと、思っているのか?」


 狂気的な眼光。常人なら卒倒するような殺気が少女にぶつけられる。

 しかし少女はしれっとした様子で受け流した。


「確かにちょっとしたアクシデントはあったみたいだけど、結果的には大事無かったんでしょ? だったら別にいいじゃない?」


「でなければ貴様を八つ裂きにしているところだ。貴様の嫌いな夜渚明に感謝しておくんだな」


 皮肉を込めてそう言ってやると、効果はてきめんだった。

 少女の笑みに亀裂が入り、整った顔立ちが醜く歪む。漏れ出る息にはどす黒い憎悪が含まれていた。


「ねえ、いつまで夜渚明を放っておくのさ? ウザいからさっさと殺しちゃおうよ」


「言っただろう、我々はますます慎重になる必要があると。下手に敵を刺激して計画が露見すれば元の木阿弥だ」


「逆だね。不穏分子は一刻も早く盤面から取り除くべきだ」


「おためごかしなどせず素直に言えばどうだ? 王の器を奪われて悔しい、と」


「……黙れ」


 餓鬼のように歯を剥く少女。男はその醜態をたっぷりと堪能した後、


「焦らずとも、新たな神代はもうすぐ訪れる。時は我々の味方だ」


「だけど、荒神どもは大和三山(やまとさんざん)の周りを嗅ぎ回ってるんだよ? それって、あれの役割に気付いたってことなんじゃないの?」


「荒神が何十人集まろうと山を破壊することはできない。それは貴様も分かっているだろう」


 答える男はどこまでも冷静だった。

 大和三山。古来より八十神(やそがみ)を封じ、雷を貯め込み続ける人工山。

 しかし本来の用途はそのどちらでもないし、現在はまた違った目的で使用されている。

 そう、あの山は今も活動しているのだ。

 もっとも、三山を調べたところでそれに気付ける者はほとんどいないだろう。

 取り立てて目に見えるような変化ではないし、肝心の制御機構は橿原市(かしはらし)から遠く離れたここ(・・)にあるのだから。


「……それに、既に手は打ってある」


「それはぼくを喜ばせるような内容? できればあいつを原型留めないくらいぐっちゃぐちゃにしてくれるような作戦だといいなー」


「そこまでは私の知るところではないが、期待はできるだろう」


 ワクワクと目を光らせる少女に対し、男は一瞬蔑むような視線を向けた。

 が、すぐに表情を消すと、


「奴らの次の目的地、天香久山(あまのかぐやま)に現神を放っている。オオクニヌシにも劣らぬ強力な戦神──タヂカラオをな」


 タヂカラオの力をもってすれば、あの荒神たちに勝利することも不可能ではない。

 失敗したとしても、彼らの目を天香久山に引き付けることはできる。あとは神代の到来まで隠密に事を運べばいいだけだ。

 状況は自分たちの有利に動いている。待ち望んでいた結末に、あと一歩で手が届く。

 だから。


(もう少しだけ、持ちこたえてくれ……!)

四章終了。例によってまとめを挟んでから次章につづきます。

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