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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第二十一話 合流


 その頃、毘比野(ひびの)は明を追って橿原神宮の手前まで車を進めていた。


「くそったれ、あいつらどこまで行っちまいやがったんだ?」


 路肩に停車した車に背中を預け、忌々しげに参道の奥をにらむ。

 あの二人が姿を消してからかなりの時間が経過している。少し前に山の方から大きな音が聞こえていたが、その後はいたって静かなものだ。

 おそらく既に決着はついているのだろう。それがどのような結末であれ、もはや事態は毘比野の手を離れている。


「けどな、だからといって『はいそうですか』と家に帰れるほど無責任じゃねえんだよ俺は……!」


 明をけしかけたのは他ならぬ毘比野であり、万が一の場合に責任を取るべき者も自分なのだ。

 白峰倶久理を止めるためとはいえ、民間人……それも子供に命を懸けさせた大馬鹿者にできることといえば、彼らに代わって腹を切ることぐらいだ。


「できればそうならないことを願うがな……」


 と、その時。近くの林から断続的な葉擦れの音が聞こえてきた。

 音の大きさからしてイタチやタヌキのような小動物ではない。それなりに大きな何かが、茂みをかき分けながらこちらに近付いている。時折混じる高い音は息遣いだろうか。


「お……?」


 もしや、という期待に心拍数が上がる。

 毘比野は目を細め、音の方角に鋭い視線を向けた。

 林の中はベタ塗りしたような闇に覆われていた。車道の近くはかろうじて街灯に照らされているものの、そこから数歩進めば漆黒の空間がどこまでも続いている。

 闇の中から舞い戻ってくるのは果たして一人か、それとも二人か。一人だとすれば、どちらの方か。

 固唾を飲んで見守ること数十秒。音の主が勢い良く車道に飛び出してきた。

 人影は一つ。しかし、息遣いは二つ。

 それは、倶久理を抱きかかえた明だった。


「おお……!」


 二人の服は泥だらけの草だらけで、明の方は体中に擦り傷までこさえている。

 だが、生きている。二人とも生きている。

 表情は硬く、お世辞にも仲睦まじいとは言えないが、少なくとも互いに殺し合うような雰囲気ではない。説得は成功したと見ていいだろう。

 毘比野は安堵と共に顔をほころばせ、明に向けて軽く手を振──った瞬間林が盛大に吹き飛んだ。


「おおおおおおおおおおおっ!?」


 何本もの木々が倒れる間もなく粉砕され、バラバラになった木片が車道にまき散らされる。

 更地と化した林の一角から這い出てきたのは、禍々しさあふれる巨大グモだった。重装甲の機動戦車を思わせる外見は、毘比野が墓地で目にした化け物に相違ない。


「……っと、毘比野刑事か。ナイスなタイミングだ。すぐに車を出してくれ」


「俺にとってはバッドなタイミングだよ! 早く乗れ!」


 明たちが後部座席に乗り込んだことを確認すると、毘比野は即座に車を発進させた。急激なGが背中をシートに押し付ける。


「おい夜渚、今何が起こってるのか、俺にも分かる言い方で、簡潔に説明しろ」


 背後にちらちらと視線を送りながら、力任せにアクセルを踏み込んでいく。

 クモの化け物はまだその場に留まっていたが、追跡を諦めたわけでは無さそうだ。おぞましい輝きを秘めた瞳は確かにこちらを捉えている。


「あのバカデカい奴が大神(おおみわ)……オオクニヌシだ。奴を倒すためには仲間と合流する必要がある」


「つまり、そいつらとの合流地点まで連れていけってことか」


「ああ。それと……」


 明がそこまで言った時、フロントガラスがリアガラスと一緒に弾け飛んだ。


「のわあっ!!」


「きゃあああっ!!」


 突然の衝撃に顔を覆う余裕すら無かったが、おかげで毘比野はガラスを破壊したものの正体を見ることができた。

 槍だ。

 屈強な戦士が両手で抱えるような大槍が、車の中を突き抜けて数十メートル先の道路に転がっていた。


「……それと、敵は飛び道具持ちだ。離れているからといって油断しないように」


「そういうことは先に言え!!」


 肩に積もったガラスの粒子を払いながら、一気に加速。

 60、80、100……メーターの針が景気良く回っていく。しかし、オオクニヌシとの距離は一向に広がらない。


「なんつう速度だよ……チーターじゃねえんだぞ」


 今のところは林に面した直線路を走行しているが、ここから先はどちらに進んでも入り組んだ市街地ばかりだ。

 この時間帯でも中心街の交通量はそれなりに多い。渋滞はもちろん、一般人が戦いに巻き込まれる危険性も非常に高い。


「悪いが、そう長い時間逃げ続けるのは無理そうだ。いっそのこと藤原署(ウチ)に逃げ込むってのはどうだ? 結構近くにあるんだが……」


「ロケットランチャーが配備されているなら考慮する」


「……ゲームのやり過ぎだ、馬鹿」


「ありませんの!? じゃあショットガンは!? スタングレネードは!?」


「嬢ちゃんは海外ドラマの見過ぎだ……と!」


 ヒビ割れたバックミラーにオオクニヌシの姿が映る。前肢を突き出し、こちらに向けて……その先は確認するまでもない。

 毘比野は素早く車線を変更し、すんでのところで投槍を避ける。

 我ながらキレのいいハンドル捌きだと褒めてやりたいぐらいだが、もう一度同じことをしろと言われてもできないだろう。二度も奇跡は起こらない。

 いよいよ俺も年貢の納め時かな、と毘比野が自嘲しそうになったところで、後ろから明の腕が伸びてきた。


「安心しろ、それほど遠くまで行けと言っているわけではない。合流地点はあそこだ」


「あそこ……?」


 明の指は数百メートル先にある交差点を指していた。

 正確には、その上だ。交差点を左右にまたぐような形で、コンクリート製の大きな陸橋が架かっている。


「まさか、高田バイパスで決着をつける気か……?」


 明は短く「うむ」と返答。

 橿原市から遥か西方にある南阪奈道路までの区間には、大和高田バイパスと呼ばれる高架道路が敷設されている。

 区分上は一般道だが、構造的には高速道路とさほど変わりは無い。急カーブも障害物も無い広々とした車道が十数キロに渡って延々と続いている。

 加えて、数日前に駅前で起きた"竜巻騒ぎ"の余波を受けて高架道路は整備点検中となっており、現在は通行禁止の状態だ。よって渋滞を心配する必要も無い。


「存分に暴れられるだけの広さと強度を持ち、なおかつ人目につかない場所。うってつけのバトルフィールドだ。我ながらいい案を思いついた」


「自画自賛するのは構わんがな、俺にそこまで送って行けって? 十分無茶だぜ」


 交差点の脇に見える進入路はとてつもなく狭く、しかも横向きだった。


(一旦手前で停まってこいつらを降ろすってのは……駄目か。そんな猶予はねえよな)


 オオクニヌシは五十メートルほど後ろを付かず離れず追ってきている。アクセルを踏んでいる間は余裕もあるが、ひとたび減速すればすぐに追いつかれてしまうだろう。

 可能な限り速度を維持して車を乗り入れ、明の仲間と合流し、彼らの戦闘を支援する。最もベターな選択はこれしかない。


「こういうのは白バイ隊の領分なんだがな……!」


 間近に迫ったスロープの入り口を見据え、毘比野はハンドルを強く握る。

 チャンスは一瞬。しくじれば命は無い。

 呼吸が苦しい。緊張で腹の中がひっくり返りそうだ。

 なのになぜだか、心が熱い。

 年甲斐もなくこの状況に胸躍らせている自分がいる。

 こんな気分になったのはいつ以来だろうか。

 初めて事件を担当した時? 公務員試験の日? いや、もっと前だ。

 自分がまだ子供だった頃。無鉄砲で単純で、けれど勢いだけは誰にも負けなかった時代のこと。

 それを端的に表す言葉はこの世に一つしかない。


「まったく、こんな時に青春を思い出してどうするんだって話だよなぁ!」


 のしかかるプレッシャーを笑い飛ばし、風車のようにハンドルをぶん回す。

 横滑りする後輪がアスファルトに扇形の跡を残していく。


「ちょ……さすがに運転が荒過ぎぐおおっ!?」


「安全第一ですわー!」


「安全と効率はトレードオフなんだよ! いい社会勉強になったなガキども!」


 後部座席の惨状から目を背け、毘比野は前だけを見ていた。

 九十度の進路変更を終えた車体はエンジンの回転数そのままにスロープを駆け上がる。


「……やーっと来やがったかよ。危うくションベンに行くところだったじゃねえか」


 バイパスの接続点には一人の少年が立っていた。刈り込んだ短髪が特徴的な、柄の悪い学生だ。

 少年は走る車に正面から相対し、思い切りよくボンネットに飛び乗った。

 勢い付いた体は屋根を踏み越え、後部トランクの上で停止。その手にはいつの間にやら古風な刀が握られている。


「来たぞ黒鉄(バカ)。望美はどこにいる?」


「もうちょい先だぜタコ。あっちでちょうどいいもん見つけたから敵をいい感じに誘導してくれ、だとよ」


「アバウトにも程があるが……まあいい。そういうわけでもう少し残業してくれるか、毘比野刑事?」


「言われなくともそのつもりだ。どのみち退路は塞がれちまったしな」


 後方から聞こえてくる雄たけびに追い立てられ、毘比野は急いでアクセルペダルを踏み抜いたのだった。

なんか間延びしてますね、すみません。

3月中には決着付けます。

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