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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第二十話 転進転進、また転進


 振動波が効かぬと見るや、明はすぐさまその場を飛び退いていた。わずかに遅れてオオクニヌシの前足が突き出される。

 単純にして単調な攻撃。さりとて威力は必殺だ。

 切っ先が明の髪先をかすめ、風圧が横面(よこつら)をはたく。

 回避した、と思った時には二本目の足が構えに入っていた。


「ちぃっ──!」


 明は体をよじって二撃目をやり過ごす。が、その時にはもう三本目の足が動き始めている。これではキリが無い。


「せいぜい踊れよ少年。夜はこれからだぜ?」


「あいにくだが男と踊る趣味は無い」


「なら、文字通り壁の花となるがいい!」


 直後、こちらを向いた三本目の足が発射された(・・・・・)

 バネのように収縮していた筋肉が節ごとちぎれ、槍状の足先をロケットパンチのごとく撃ち出したのだ。


(これが先ほどの奇襲で見せた投槍の正体か……!)


 まさに生体杭撃ち機(パイルバンカー)

 速度は通常の刺突を遥かに上回り、こと至近距離においては人間の反応速度すら超越する。明は指一本動かす猶予も与えられぬまま、壁面に血の花を咲かせる瞬間を待つしか無い。

 その運命を救ったのは倶久理(くくり)だった。


「明様、危ないっ!」


 倶久理は明の足にしがみつき、その体を力一杯引き倒した。

 腰が抜けるような姿勢で倒れ込む明。その上を投槍が通過していき、後ろの壁にクモの巣のような亀裂を穿(うが)つ。

 二人はそのままもつれ合うように転倒するが、危機はまだ去っていなかった。


「なんだよ、見せつけてくれるじゃん」


 顔を上げると、体を反らしたオオクニヌシが後ろ足だけで立ち上がっていた。振り上げられた何本もの足が獣の牙のようにこちらを見下ろしている。


「そういうとこ見せられるとさ、俺も精一杯役目を果たさなきゃって、思っちゃうんだ、よ、な!」


 覆いかぶさるように落ちてくる巨体。

 次に来るのは殺意の雨だ。踏み鳴らされる八本足が機関銃のように降り注ぎ、滑らかな床を穴だらけにしていく。


「きゃあ!」


「手足を動かすな! ハチの巣になるぞ!」


「そ、そう言われても……ああっ!? そこはお尻で──!」


 明はパニック状態の倶久理を抱え、唯一の安全地帯……オオクニヌシの腹の下に潜った。

 見た目は派手な攻撃だが、一本一本の足はただの踏み下ろしを繰り返しているだけだ。音を頼りにリズムを掴み、ここぞというタイミングで後ろに抜ける。

 攻撃範囲を離れても一息つく暇は無い。明は広間を斜めに突っ切りながら、最短距離で出口に繋がる上り坂を目指す。


「もうお帰りかい? まだ零時には早いよ、シンデレラ!」


 背後から放たれる投槍。制服の肩口が切り裂かれ、明の肌に赤い筋を浮き上がらせる。

 鞭に打たれたような痛みを感じ、明はわずかに顔を歪ませた。


「誰がシンデレラだ、この毛唐かぶれが! 腐っても日本の神なら和風のたとえを出してみろ!」


「神だからこそロートルのままじゃいられないんだよ。新しい価値観を率先して取り入れることは為政者の重要な務めでもある」


「人をゴミのように扱っておいて為政者気取りか! とんだ暴君だな!」


「良く分かってるじゃないか。気まぐれで無慈悲な絶対者……それこそが神ってやつだ!」


 なおも撃ち出される投槍。一発ごとに地響きが生まれ、壁や天井が嫌な軋み方をする。

 槍の数は既に十を超えているが、一向に攻撃が途切れる気配は無い。減るよりも早い速度で新たな足が生えているのだ。


「まったくふざけた回復力だ。オオクニヌシの名は伊達ではないな……」


 記紀神話におけるオオクニヌシは不死身の代名詞だ。

 彼は兄弟神の姦計によって何度となく命を落とし、その度に不可思議ともいえる復活を遂げてきた。

 神話がどこまで真実に即しているのかは不明だが、あえて額面通りに受け取った場合、オオクニヌシを殺すことは不可能に近い。

 しかし、だからといって勝つ方法が無いわけではない。異能が異能であるからこそ付け入るスキというものが存在するのだ。


「その……明様、どうなさるおつもりですの?」


 ひとまず追撃を振り切り、出口も間近に迫ってきたところで倶久理が問いかけてきた。

 自分の置かれている立場が目まぐるしく変化しているからなのだろうか。こちらを見上げる彼女はどこか不安そうで、己が身の振り方を迷っているようでもあった。


「ふむ、そうだな……」


 思案しながら遺跡の外へと踏み出す明。だが、そこで見た光景に思わず言葉を失ってしまう。

 彼が見たのは禿げた斜面と、まばらな木々に遮られた夜空。

 そう、夜空が見える(・・・・・・)のだ。


「フトタマの結界が……」


「……展開されていない?」


 二人して声を合わせ、予想外の事態に首を傾げる。

 まさかと思って周囲を見渡すが、白い霧はどこにも見当たらない。


「……どうして、ですの?」


 信じられないといった表情で倶久理がつぶやく。おそらく自分も似たような顔をしているのだろう。

 今回の戦いは完全に不意打ちだった。結界を張って自分たちを閉じ込める時間は十分あったはずだ。


「分からん。……が、これは好機かもしれん」


 そう言った瞬間、遺跡の中から轟音が聞こえてきた。高速で太鼓を打ち鳴らすような響き……オオクニヌシの足音だ。

 逃走再開。明は倶久理の体を抱え直し、不安定な斜面を一気に滑り降りる。

 下を覗いた倶久理がみるみるうちに青ざめていくが、彼女の願いを無視するかのように傾斜は険しくなる。壁なのか坂なのか分からない場所を一直線に落ちながら、体は急速にふもとへと引き寄せられていく。


「も、もう少しスピードを落としてくださらない!?」


「これ以上減速するとオオクニヌシに追いつかれる! 男たるものノーブレーキだ!」


「そんなの無茶苦茶ですわー! きゃー! いやー!」


「叫んでる暇があったらさっさとスマホを出せ! こっちは手が塞がってるんだ!」


「こんな時にスマートフォンなんて何に使いますの!?」


「好機と言っただろう! 結界が無いということは電波が通じるということだ! ──つまり、助けが呼べる!」


 明は声を枯らすほどの大声でわめきながら、仲間たちの電話番号と独断専行の言い訳を頭に浮かべていた。

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