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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第十九話 死なぬ者

「──ッ!?」


 その瞬間、明の異能は強力な波動の出現を感知していた。

 反応があったのは広間の一角。明と倶久理(くくり)しかいなかったはずの場所に、突如として何者かが現れたのだ。


「馬鹿な!? 今までどこに隠れていた!?」


 緊張が稲妻のように駆け巡り、意識と体が臨戦態勢を取る。

 遺跡の暗がりから聞こえてくるのは金属のこすれ合う音。感じるのはちりちりと肌を焼くような殺気。

 それが具体的な形を成す前に、明は動いていた。


「ぼさっとするな倶久理! 来るぞ!」


「えっ? 何が……きゃあ!」


 体当たり気味に肩をぶつけ、冷たい石床に倶久理を押し倒す。

 直後、頭上を重量感のある影が突き抜けた。

 衝撃に遺跡全体が打ち震え、剣戟(けんげき)にも似た快音が鳴り響く。

 顔を上げれば、背後の壁には長大な串のようなものが突き刺さっていた。


「槍、だと……!?」


 それは一見すると、金属でできた槍のようにも見える。

 長さはだいたい三メートルほど。直線的なフォルムに鋭利な穂先を備え、全体が白銀色の光沢を放っている。

 しかし、それが槍でないことはすぐに分かった。今投げられたものの"正体"が、闇の中から進み出てきたのだから。


「困るなあ。余計なことされると手間が増えるからさあ、大人しくしててくれると助かるんだけど」


 明朗な声に悪意は無く、穏やかな口調ははしゃぐ子供をたしなめているかのよう。

 だが、そんなものは所詮(しょせん)まやかしだ。こちらに向けられた得物の凶悪さが、相手の本心を雄弁に物語っている。

 それは、足だった。

 人間の手足とは根本的に違う、鋼の八本足。そのうち一本が振り上げられ、針のような先端を明の顔に向けている。

 外観的な要素はクモに似ているが、そのサイズは人間よりも遥かに大きい。ありとあらゆる部位が金属的な質感を帯びており、節くれだった胴体は鎧のような甲殻に覆われている。

 さながら異形の鎧武者。鎧兜に槍を繋ぎ合わせてクモの形を作った、といった感じの風体だった。


「お……大神(おおみわ)様……!」


 倶久理が顔を引きつらせる。

 大神と呼ばれた異形は緑の複眼をゆっくりと動かし、興味無さげに彼女の方を向いた。


「……ああ、誰のことかと思ったら俺のことか。そういえば、君にはそんな名前を名乗ってたような気がするよ」


 路傍の石ころを見るような視線を受けて、思わず倶久理が身を縮める。その顔に浮かんでいるのは明確な恐怖だ。

 おそらく彼女は気付いてしまったのだろう。先の攻撃が示す意味に。

 あれは、明らかに倶久理を狙ったものだった。


「貴様……初めから倶久理を切り捨てるつもりだったな」


 嘘とでまかせで相手を操り、体良く使い捨てる。万一失敗しても重要な情報が漏れることは無いのだから、やる側からすれば丸儲けでしかない。

 ローリスクハイリターン、理想的な作戦だ。……反吐が出る、という一点を除けば。


「ずいぶんな言い草だな。俺はね、カワイソウな女の子に夢を見せてあげたんだよ」


「笑わせるな。三流詐欺師でももう少しマシな言い訳を思いつくぞ」


 新たな神代などという話も、今となってはどこまで信用できるものやら分からない。ひょっとすると全てが倶久理を操るための偽りだった可能性すらある。

 しかし大神は悪びれた様子もなく、上っ面だけの言葉を塗り重ねていく。


「言い訳だなんて、とんでもない。その証拠に彼女はちゃーんと生きる希望を持つことができたじゃないか。

 ……ねえ倶久理ちゃん、両親との再会を夢見て戦う日々はさぞかし充実したものだっただろう? ねえ?」


 異形の口蓋が小刻みに噛み合わさり、ケタケタと音を立てる。

 彼女の弱さを皮肉るように。彼女の覚悟をあざ笑うように。

 倶久理は何も言い返さない。深くうなだれ、短く息を漏らすだけだ。

 だから明は、彼女の分まで大神をにらみ付けた。眼前に突き付けられた穂先にも怯まず、ありったけの敵意をぶつける。


「ヘラヘラ笑っていられるのも今のうちだ。最初に俺を狙わなかったことを後悔させてやる」


「ご立派な啖呵(たんか)だけど、ナキサワメの力じゃ俺には勝てないよ。それとも、君は俺の本名がまだ分からないのかな?」


「知ったことか──!」


 大神が動きを見せるよりも早く、明は穂先に手を伸ばしていた。

 刃物のような切っ先が表皮を切り裂き、手のひらが血しぶきを上げる。が、それにも構わず強く掴む。

 そしてすぐさま、全力全開の振動波を送り込んだ。

 体の中に複数の波紋が生まれ、波紋は激しい濁流となって敵の細胞を引きちぎる。

 それがいつもの流れだったし、今回もそうなった。明の異能は、波の反響(エコー)から大神の体が破壊されていく様子を感じていた。

 ……だというのに。


「へえ……意外とやるじゃん。本家本元のナキサワメちゃんでもここまでの力は出せなかったよ」


 大神が感嘆の声をあげる。その声にはいくらか苦しげな響きが混じっているが、断末魔の雄たけびには程遠い。

 いや、それどころか……時間が経つにつれ、大神の体はよりいっそう活力を取り戻していくではないか。


「馬鹿な……!?」


 それと同時、振動波の反響はあり得ない現象を伝えていた。

 大神の体内で、バラバラになったはずの細胞が再び繋ぎ合わされていく。振動波のダメージを上回るほどの速さで肉体が修復されていくのだ。

 不死身。復活。あるいは超回復。

 記紀神話の中でそれらのキーワードを持っている神はごくわずかしかいない。


「貴様は……オオクニヌシか!」


 それは、いにしえの日本──葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めていた神であり、大神神社の主祭神でもある古き王を指す名前だった。


「大当たり。幾度の死を乗り越えて不死鳥のように蘇った色男。無敵のオオクニヌシ様だ」


 そう言ったオオクニヌシは役者のように見得を切り……前足による強烈な刺突を繰り出した。


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