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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第十八話 大神

 地に伏せる明と、その前で泣きじゃくる倶久理(くくり)

 決着が付いたのかと聞かれると(はなは)だ疑問だが、もはや戦いの空気はどこかに吹き飛んでいる。彼女が戦意を喪失した以上、結末が大きく変わることは無いだろう。

 だから、これでおしまい。賭けはお流れだ。

 "彼"は抑えきれない笑いを口から漏らしながら、その様子を覗き見ていた。

 前もって遺跡の中に展開していたフトタマの結界、その内側に"彼"はいる。ナキサワメの探知も及ばぬ世界の裏側から、表で起きた出来事を探っているのだ。


「まいったね。さすがにこの展開は予想してなかった」


 "彼"は倶久理が勝つ方に賭けた。一方"彼女"は明が倶久理を説得する方に賭けた。

 "彼女"はとても聡明だが、優しすぎるのが玉に(きず)だ。性善説は時として人の目を曇らせる。

 常識的に考えて、絶望に支配された少女が見知らぬ男の言葉に耳を傾けるはずが無い。また、命を狙われた男が心の底から加害者を助けたいと願うことも無い。

 説得は失敗に終わり、倶久理は明を殺すだろう。そうでなければ明が倶久理を殺すだろう。百歩譲って半殺しか拘束か、そのあたりだ。

 それ以外の結末は有り得ない。"彼"はそう確信していた。

 しかし、運命は思っていたよりもずっと皮肉たっぷりで、人の裏をかくのがお好きだったようだ。


「まさか説得を通り越して土下座まで行っちゃうとはねえ。いったいどういう育て方をされてきたのやら」


 呆れるように言いながら、意識のフォーカスを明に向ける。

 面白い男だ。短命矮小な人の身でありながら、長きを生きる現神(うつつがみ)の思考を凌駕してみせた。仮にまぐれであったとしても、その意外性は驚嘆に値する。


「そうさ。これだよ。これこそが人間の意志の力なんだ。馬鹿馬鹿しくて支離滅裂で、なのに誰より正解に近い」


 他者とは異なるロジックで動き、誰もが思いつかなかった第三の道を選び取れる者。

 偏屈、変人、狂人、異常者……どのような肩書きかは重要ではない。知識の有無も、力の強弱も関係無い。

 ある一定のベクトルに突き抜けた者は、それだけで何かを変えられる可能性を持つのだ。

 素晴らしいと、掛け値なしにそう思う。シナツヒコなどは鼻で笑うだろうが、人間のこういった力を"彼"は好ましく思っている。

 だからこそ、危険だ。

 この男は、危険だ。

 この男を放置しておくことは大きなリスクになる。一見すると凡庸にしか見えないから余計に性質が悪い。

 たとえるなら井戸水に混じった水銀。人知れず災禍の種をまき、少しずつ肉体を侵していく。そして気付いた頃には全身に毒が回っているのだ。


「よーく分かったよ。俺たちが一番警戒しなきゃいけないのはツクヨミでも武内でもない。君だよ、夜渚明」


 歯車を狂わせる小石は速やかに取り除かなければならない。制御不能な事態を引き起こす前に。

 "彼"は密かに結界を解除すると、闇の奥から明に狙いを定める。

 先ほどから"彼女"が必死に懇願しているが、いくら"彼女"の頼みでもそれだけは聞き入れられない。

 自分は現神。世界を統べるために生まれ、新たな神代のために戦う者だ。


「悪いね、不器用な相棒で。好きなだけ恨んでくれよ」


 "彼女"は悲しそうに黙り込み、それきり声は聞こえなくなった。

 "彼"は小さく謝罪してから、少し考え、


「……仕方ない。貧乏くじを進んで引くのもいい男の条件ってね」


 何を思ったのか、照準をわずかにずらした。その先には倶久理がいる。


「ほら、満を持して悪役の登場だ。──止められるものなら止めてみな、正義の味方くん」


 剣呑な雰囲気を漂わせながら、口元に笑みを浮かべる。

 そうして"彼"──大神(おおみわ)と呼ばれる存在は、自身の為すべきことを開始した。


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