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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第十四話 脱兎決斗

 一つ、また一つと、青い光が虚空に灯っていく。

 墓地で見たものと比べても遥かに大きく、活力に満ちた霊魂たち。激しく震えて揺らめく様は、雷というより燃え盛る炎に近い。

 ──鬼火。名付けるならば、その表現が最も適当だろう。


「落ち着きの無い奴らだ。久々の娑婆(しゃば)がそんなに嬉しいのか?」


「狩りの時間が待ちきれないのでしょうね。野性に殉じた彼らにとって、生きた獲物を追い詰め嬲ることは何物にも代えがたい喜びなのです」


「誰が獲物だ。古今東西、キツネやタヌキは狩られる側と相場が決まっている」


「ですが、人を出し抜くのもまた獣。惨めに化かされ土を()むのはいったいどちらなのか……くすくす、楽しみですわね?」


 こちらを威嚇するように火花を散らす鬼火の群れ。それを従える倶久理(くくり)の笑みには攻撃の意志が充填されている。

 今や撃鉄は起こされ、引き金には指が掛けられた。戦いの幕が切って落とされるまで、あとわずか。

 血気にはやる敵軍を前に、明はやけに涼しげな──あるいは挑戦的、傲岸不遜な表情を作った。


「すぐに分かるさ。化かし合いは俺の得意分野だ」


 上半身をわずかに傾け、かかとに重心を移す。

 大地は確かな感触を足に伝えてくる。摩擦の少ない床面は、明に最高のスタートダッシュを切らせてくれるだろう。


「では……行くぞっ!!」


 叫びと同時に、明は地面を蹴った。

 後ろの方向へ(・・・・・・)


「……………………えっ!?」


 気の抜けたような倶久理の声。

 それに構わず、明は元来た道を全速力で引き返していた。

 さすがにこの行動は誰も予測できていなかったらしく、鬼火たちの追撃が数瞬遅れる。


「ま、また逃げますの!? この卑怯者!」


 迫る鬼火に焦りつつ、競技場の門をよじ登る明。

 後ろを振り返ってみると、倶久理が怒りの形相で追ってくるところだった。


「卑怯者とは失礼な。これは逃亡ではなく勝利のための転進だ」


「……っ! ふざけないでくださいまし!」


 自分の覚悟に泥を塗られたと思ったのだろう。顔はおたふくのように紅潮し、放つ怒声はヒステリック。鬼火たちも主の(たか)ぶりを受けて荒ぶっていた。


(怒り心頭か。いい傾向だ)

 

 競技場を脱出してからも明は止まらない。数十メートルほど北上してから交差点を左折し、目的地に向かって足を動かし続ける。

 後ろは見ていないが、倶久理が明を補足していることは分かる。鬼火の波動が執念深い猟犬のようにこちらの道筋を辿っているからだ。

 途中、道路の端に毘比野(ひびの)の車が見えた。

 慌ててこちらに来ようとする彼を視線で制し、「大人しく隠れていろ」とジャスチャーで伝える。

 毘比野が来ても大した戦力にはならないだろうし、それどころか倶久理が警戒心を強めてしまう危険性がある。

 それだけは駄目だ。"追い込みさえすれば勝てる"という状況を演出しなければ、この作戦は成功しない。

 前方に視線を戻した明は二車線道路を横切って、さらに西へ。

 道路の向こうには背の高い広葉樹林がどこまでも広がっている。畝傍山(うねびやま)の裾野を覆う、橿原神宮の森だ。

 木々に挟まれ、白い砂利で埋め尽くされた参道。

 葉擦れの音が降り注ぐ下を突っ切り、古めかしい門をいただく本殿の手前で横道に逸れる。砂利道がぷっつりと途切れ、草木の匂いがさらに強くなった。

 徐々に傾斜を増していく道は、ここが既に畝傍山であることを表していた。


「うむ、ここまでは予定通りだ。問題はこの先だが……」


 明は少しだけ速度を落とし、ポケットから小型の懐中電灯を取り出した。足元を器用に照らしながら、時折林の向こうにも光を向ける。

 ここからは時間との戦いになる。倶久理を上手く誘導し、なおかつ彼女に殺される前に"例のもの"を見つけなければならない。


「ぶっつけ本番なのが困りものだが……なっ!」


 カーブを曲がったところでとうとう鬼火が追いついてきた。

 めいめいが左右の茂みに散開し、息を合わせて挟み撃ち。生前培ってきた記憶と経験そのままに躍動感のある突進を仕掛けてくる。


「見事な連携だと誉めてやろう。だが、そんなものでは俺を捉えられんぞ!」


 明は腰を限界まで屈め、稲妻のようなジグザグ軌道で攻撃を回避する。

 重力や慣性といった物理法則を無視できるのが霊体の強みだが、鬼火の動きは未だに動物的だ。

 本能に引っ張られている、とでも言うのだろうか。

 素早いが、変則的ではない。相手の波動を探知できる明ならギリギリで避けられるレベル……

 ……などと思っていられるのは最初だけだろう。

 死者は疲労しない。無尽蔵のスタミナを持つ相手と鬼ごっこを続ければ、いつかは必ず敗北する。


「覚悟はしていたが、実際にやってみるとクソゲー感が半端ないな……」


 畝傍山の山道は耳成山(みみなしやま)より遥かに険しい。道幅は細く、足を踏み外せば一巻の終わり。

 しかもただ登ればいいという話でもない。明が探しているものは、頂上とは別のどこかにあるのだ。

 探索と逃走の両立。そして鬼火への対処。目の前に山積する問題は、当初の想定以上に明の気力と体力を削っていく。

 せめて場所さえ分かっていれば。

 明が小さく泣き言をつぶやいた、そんな時だった。


『──でしたら、私が案内します。私の言う通りに進んでください』


 頭の中に聞こえてきたのは、少女の声だった。

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