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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第十二話 亡き者、想いて


「やれやれ、我ながら気が知れねえなあ」


 毘比野(ひびの)は本日三度目となるつぶやきを口にしながら、タバコの煙を夜空に吹かしていた。

 紫煙の向こうに見えるのは橿原市(かしはらし)の街並み。もう二十年以上の付き合いになる、家内の顔より見慣れた景色だ。

 だというのに、今の毘比野にはそれが得体の知れない怪物の影のように感じられた。

 この街には何かが潜んでいる。およそ人智の及ばない存在が、誰に気付かれることもなく、密かに陰謀を巡らしている。

 偏執病(パラノイア)じみた妄想と切って捨てることができれば楽になれるのだろうが、あの化け物を見てしまったからにはそうもいかない。


「暴力団やテロリストの方がマシだった、なんて思う時が来るとはな。ますます気が知れねえ」


 四度目のつぶやきを吐き出した時、正面のアパートから待ち人が姿を現した。夜渚明だ。

 明は毘比野からやや離れた位置で足を止め、探るような視線を向けた。その目には不審の色がありありと浮かんでいる。


「わざわざこんな時間を指定してくるとは、きな臭いことこの上ないな。毘比野刑事、お前はいったい何を企んでいる?」


「心配しなさんな。今さらお前さんをどうこうしようってわけじゃないさ」


「人を犯人扱いしておいて良く言えたものだ」


「その件については謝罪しよう。俺の勇み足だった」


 そう言って頭を下げる毘比野。明は不機嫌な表情を崩さぬまま、


「だったらもう二度と尾行してくるんじゃない。この俺のプライバシーを侵す者は誰であろうと許さん」


「……気付いてたのか」


「さっきは明らかにタイミングが良すぎたからな。本当はもう少し泳がせておくつもりだったんじゃないか?」


「ったく、最近の子供ってのはどうしてこう小賢しいのかねえ……」


 図星を突かれた毘比野は揉み潰すようにタバコの火を消した。

 現時点で夜渚明犯人説はほぼ消えているが、万が一ということもある。

 明が信用に値する人間かどうかを見定める意図もあって、毘比野は捜査を継続していたのだ。


「この際だから白状するが、昼間の会話を聞くまでは俺も声をかけるつもりなんて無かったんだ」


「心変わりの理由は何だ?」


「決まってるだろう? 殺しを未然に防ぐためだ。見たところ、お前さんは白峰倶久理(しらみねくくり)よりは話が通じそうだからな」


「その口振り……大まかな事情は把握していると見なしていいんだな?」


「どうだかな。俺に分かるのは、この町が変な化け物の餌場にされてるってことぐらいだ」


「そこまで辿り着いているなら十分だ。褒美に頑張ったで賞をやろう」


「そりゃ、どうも」


 毘比野は明に背を向けると、傍らに停めてある車に半身を乗り入れた。


「詳しい話は中でしよう。他人に聞かれてもいい話じゃあない」


 半開きのドアから片手を突き出し、手振りで明を促した。

 明は何かを見透かすように車体を観察していたが、それが終わると大人しく後部座席に座った。


「なんだ、爆弾でも仕掛けられてると思ったのか?」


「他の警官が隠れていないか確認していた。乗った途端に手錠をガチャリ、なんて話は良く聞く」


「おいおい、ドラマと現実をごっちゃにするんじゃねえよ」


「事実は小説より奇なり、と言うだろう。そっちにも心当たりはあるんじゃないか?」


「……そうさなあ」


 疲れたように言う毘比野を見て、明が小さくうなずいていた。

 勘のいい子供だ。この様子だと、墓地に自分がいたことも見抜かれているのだろう。


(まあ、それならそれで話が省けてちょうどいいか)


 エンジンを吹かした車はスピードに乗って住宅地を駆け抜ける。

 県内有数の大都市である橿原市だが、中心部を少し離れればそこらの田舎町とそう変わらない。

 夜道に人の息遣いは無く、まばらな街灯と車のヘッドライトだけが世界の全てだった。


「まず、あの女が何者なのか教えてもらおうか。調べはついているんだろう?」


 毘比野は「ああ」と言いながらハンドルを切る。


「白峰倶久理、十六歳。市内の女学院に通う二年生。貿易業を営む父親と名家出身である母親の間に生まれた一人娘だ」


「金持ちのお嬢様か。まあ見た目からしてそんな雰囲気はあったが」


「ただのお嬢様じゃあないぞ。"いわく付きのお嬢様"だ」


「いわく付き?」


「幽霊が見えるんだとさ」


 住宅地を抜けた車は、市内を横切る国道に乗った。

 このあたりは夜中でも営業している店が多く、交通量に応じて街灯も多い。妖しげに輝く電飾に見送られながら、進路を西へ。


「白峰の家系には、時たまそういう人間が現れるらしい。血筋なのかねえ」


「霊媒体質、か」


「眉唾っちゃあ眉唾だが、実際にあれ(・・)を目にするとな……」


 墓地で見た青い光はホラー映画でよくある人魂(ひとだま)のような姿形をしていた。

 だからといってすぐさま霊や祟りと関連付けるのは安直だが、それ以外に有力な説が無いのも確かだ。


「調べていくとその手の話が出るわ出るわ。謎の声だのポルターガイストだの、幼少期は怪奇現象に事欠かなかったらしい。

 両親は全く気にしてなかったようだが、周りの人間はたまったもんじゃなかっただろうな。おかげで白峰倶久理は孤独な子供時代を過ごしてきた」


「力の扱いに慣れていなかったのかもしれんな。あるいは自覚が無かったのか」


「そうなのか? その辺の超能力事情はさっぱりだ」


「単なる推測だ。異能に対する理解度で言えば、こちらも似たようなものだ」


 毘比野は「ふうん」とこぼした後、


「ともあれ、彼女が成長するにつれ怪奇現象は落ち着いていき、ここ数年は平穏そのものだった。万事解決、めでたしめでたし。……で終われば良かったんだが」


 交差点を左折し、市街地を南に走る中街道に入った。

 程なく車は渋滞に巻き込まれ、そのうち一ミリも動けなくなる。

 毘比野は背もたれにゆっくりと身を預け、深く呼吸を繰り返す。彼が再び口を開いたのは、車の列が動き始めてからのことだった。


「白峰倶久理の様子がおかしくなったのは半年前、両親が事故死してからのことだ。その頃から彼女は"あること"にのめり込んでいった」


「降霊術か」


「その通りだが……良く分かったな」


「別に。家族を奪われた者が次に考えることなど、そう多くない」


 ミラー越しに見える明の顔は死人のように固いものだ。毘比野は改めて、彼を疑っていた自分の浅はかさを恥じた。


「それからというもの、白峰倶久理は両親の霊を呼び出すことに没頭した。もっとも結果は(かんば)しくなかったみたいで、日を追うごとに彼女はふさぎ込んでいった」


 亡き両親をもう一度この世に呼び戻すこと。若くして天涯孤独の身となった彼女にとって、それは唯一つの生きる目的であり希望だったのだろう。

 彼女の願いが間違っているとは思わない。

 毘比野とて所帯を持つ身だ。家内や娘を失うことへの恐怖、そして失った時の絶望は想像するに余りある。

 だからこそやるせない思いを抱いているし、同時に抑えきれない怒りを感じている。


「本題はここからだ。白峰倶久理の数少ない友人から聞いたんだが、彼女は最近『頼りになる協力者を見つけた』と言っていたらしい」


「……大神(おおみわ)様」


 明の声は確信に満ちたものだった。

 そう、この事件は白峰倶久理一人で完結してはいない。彼女の孤独と悲しみを利用する外道が、裏で糸を操っているのだ。


「一昨日の騒ぎ、覚えてるだろ? あの時、俺も墓地にいたんだよ。そしてそこで見た。……大神様をな」


 明が息を飲む音が聞こえた。強い視線で先を促す彼に応えるように、毘比野は自分の見たものを言い表す。


「虫だよ。とてつもなく馬鹿デカい虫。あちこちとがってて、体は鎧みたいで、そのうえ何も無いところから出たり消えたりしやがるんだ」


 話しながら、自然と笑いが漏れてしまう。

 素面で語れるはずが無い。正気で受け止められるはずが無い。

 笑い話にしなければ、きっと自分は狂ってしまう。あれはそういうものだった。


「一目見て分かったよ。あんなもの、警察に対処できるものじゃねえ。それこそ自衛隊とか、軍隊の領分だ」


「そう思うならお偉方に泣きついてみたらどうだ? もしかすると部隊を派遣してくれるかもしれんぞ」


「無茶言うんじゃねえよ。そんなことをしても俺が気狂い扱いされるだけだ」


 超能力を扱う化け物の存在など、どれだけ上手く説明しても信じてもらえるはずがない。仮に映像を記録できたとしても、ネットの一部マニアを賑わすだけで終わるだろう。


「だが、それより気がかりなのは白峰倶久理だ。あの娘をあのまま放置していたら取り返しのつかないことになる」


「あいつが大神様よりも手強いと言うのか?」


「そういう話じゃねえ。俺は、ガキに人殺しをさせたくないんだよ」


 人が人を殺すのと、獣が人を殺すのとでは意味合いが違う。

 いやしくも刑事である毘比野にとって、前者を許すことだけは絶対にできないのだ。

 できることなら自分の手で彼女を止めてやりたいが、それは無理な話だ。


「日本の法律は超能力を認めない。白峰倶久理が霊を使役して人を殺したとしても、その因果関係を証明することはできないんだ」


「証拠も凶器も残さない無敵の暗殺者、か。異能とはつくづく恐ろしいものだな」


「そうだな。だからもうお前さんに頼むしかねえんだ」


「何のことだ?」


「ここまで来てもったいぶるんじゃねえよ。お前さんだって持ってるんだろ? ほら、そういう、アレをよ?」


 墓地では目立った動きを見せなかったが、明が特別な力を持っていることはまず間違いない。

 そして、その力こそが一連の事件に巻き込まれた原因なのだろうと、毘比野は半ば確信的に予想していた。

 異能に対抗できるのは異能だけ……とは娘の好きな漫画に載っていた一説だが、あながち的外れでもないように思う。


「あんな常識外れの連中と渡り合えるのは同じ力を持ってる奴だけだ。あの娘の頑なな心を変えられるのもな」


「しかし交渉は絶賛決裂中だぞ。この状況で同族意識にうったえかけても無駄だと思うが……」


「言っておくが、あの娘はかなりの人見知りだぞ。お前さんはむしろまともに話せている方だ」


「やってみたのか?」


「昨日、ちょっとな」


 そう言って掲げた左手には火傷の跡があった。

 車は渋滞を抜け、今は線路の傍を徐行している。

 行く手に見えているのは近鉄畝傍御陵前(うねびごりょうまえ)駅。その名の通り、畝傍山の目と鼻の先にある小さな駅だ。

 ここから西に歩けば畝傍山の入り口が見えてくる。駅前通りには大規模な運動施設が密集しているため、夜中は特に人通りが少ない。

 風も振動も無く、静かなエンジン音だけが響く車内。その沈黙を破ったのは明だった。


「一つ聞く。俺が白峰倶久理を殺すとは考えないのか?」


「そう思ってたら声なんざ掛けねえよ」


「それこそなぜだ? 悪意ある敵に情けをかけるほど俺は甘くないぞ」


「だが、お前さんはそうしたくないんだろう? だから必死であの娘に呼び掛けていた」


 そう言われた明は長い間うつむいていた。

 毘比野は車のエンジンを止めて、彼の答えを待つ。

 何分か経った後、明はぼそりとこう言った。


「……白峰倶久理は今どこに?」


「この先の陸上競技場だ。なんか知らんが、ここ数日は毎晩そこに忍び込んでいる」


「そうか」


 言うが早いか、明は外に飛び出していた。

 通りの向こうに見えるのは、(くだん)の競技場だ。

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