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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第十話 世話の焼ける男

 挨拶を終えた斗貴子は踊るような足取りで家の中に上がり込んできた。

 無遠慮な来客に対し、明が嫌そうな顔を向ける。

 嫌っているわけではないのだろうが、苦手意識を抱いていることは間違いない。望美が見る限り、斗貴子のあまのじゃくな気質は明と相性が悪い。


璃月斗貴子(りづきときこ)か。このクソややこしい時期によくぞおいでくださったな。ぶぶ漬けでも食うか?」


「んー、そういう貧乏臭いお料理はあまり好きではありませんね。母から厳しく(しつ)けられてきたものですから」


 黒いスカートをつまみ上げ、バレリーナのようにお辞儀をする斗貴子。冗談めかしてはいるが、その姿勢は堂に入ったものだ。

 そういう習い事でもしていたのだろうか……などとどうでもいいことをつらつらと考えながら、望美は豚肉の下ごしらえを進めていた。


「とにかく、急ぎの用で無ければまた今度にしてくれ。今は色々と立て込んでいる」


「そのようですね。何でも熱狂的なストーカーに付け狙われているとか」


「……どこもかしこも筒抜けだな。どうやら俺の個人情報は一山いくらで売りに出されているようだ」


「ネガティブな捉え方ですねえ。明さんは人気者ですから、自然と話題に上ることが多いだけですよ?」


 斗貴子は肩をすくめると、いたずらっぽく明の鼻頭をつついた。明は露骨に顔をしかめ、


「ふん、白々しい。情報源は猛あたりか?」


「そんなところですね。『明を守ってくれ』と泣きつかれてしまいました」


 斗貴子の弟である猛は、ついこの間まで意識不明の重体に陥っていた。

 "王の器"と呼ばれる彼を巡って明たちが現神と戦いを繰り広げたことは皆の記憶にも新しい。


「あの子はあなたに恩義を感じていますから、何とかして力になりたかったようです。男の子ですし、本来なら自分自身で行動を起こしたかったのでしょうけど……」


「それは無理な話だろう。あいつ自身、もっと厄介な奴に狙われているのだからな」


「はた迷惑なことです。私の可愛い弟を何だと思っているのやら」


 斗貴子は一瞬うんざりしたような顔をして、それからすぐさま営業スマイルを再装着した。


「というわけで、今夜は私もお泊りです。三人仲良く川の字になって寝ましょうね」


「何が『というわけで』だ。実際は俺をからかいに来ただけだろうが」


「言葉の裏側ばかり探っていると嫌われますよ? 他人の気遣いは素直に受け取らないと」


「余計なお世話だ」


「あらあら、拗ねちゃった」


 忍び笑いを漏らした斗貴子は手早くコートを脱ぎ捨てて、台所に足を運ぶ。どうやら調理を手伝ってくれるようだ。

 明も何かすることがないかと視線を巡らせていたが、小さな台所に三人分のスペースは存在しない。所在無さげにあたりをぶらついた後、とぼとぼとリビングに引っ込んでいった。


「うふふ、可愛い。雨に濡れた子犬みたい」


 斗貴子は妖しげな吐息を吐きつつ明の背中を見送っていたが、しばらくすると調理台に視線を戻した。


「明さんで遊ぶのはこのくらいにして、そろそろお料理に取り掛かりましょうか。望美さん、今晩は何を作るおつもりですか?」


「豚の生姜焼きのようなもの」


「……のようなもの?」


「基本は生姜焼き。ただし、味付けは焼き肉のタレで代用する」


「あの、それはただの焼肉なのでは……?」


「調味料が無いからしょうがない。今から買いに行くと遅くなるし」


 望美もついさっき気付いたのだが、この家には塩と砂糖以外の調味料がほとんど置いていないのだ。

 みりんや酒はおろか醤油すら無い。マヨネーズやケチャップは小袋タイプのものがいくつか備蓄されているだけ。

 そのくせ焼き肉のタレは潤沢にあるのだから、普段の食生活も推して知るべしだ。


「それはそれは。まさに"ザ・男の子"って感じですね」


 斗貴子は苦笑していた。一方望美は口をとがらせながら、


「さすがにいい加減すぎると思う。夜渚くんはもう少し几帳面な性格だと思ってたんだけど……」


「そのイメージも間違ってはいないと思いますよ。たぶん、重要性が低いと判断したことは徹底的に手を抜くタイプなんですよ」


「じゃあ、重要性の高いことって?」


「それはやはり……現神なのでしょうね」


 望美の手が止まり、台所から音が消えた。

 リビングからはテレビの音が聞こえる。ちょうどCMに入ったところなのか、調子はずれに賑やかな音楽があたりを満たしていた。


「……ちょうどいい機会だから聞くけど、璃月(りづき)さんは夜渚くんが戦う理由を知ってるの?」


「そう見えますか?」


「何となく。少なくとも私よりは知ってると思う」


 明が転校してきたのは、過去に起きたとある事件を調査するためだと聞いている。

 しかし、その事件とはいったい何なのか、そしてなぜ事件を調べているのかについては秘密のままだ。先日の墓参りにも関係していることなのだろうが、全ては望美の憶測に過ぎない。

 自然に顔を逸らした斗貴子は「そうですねえ」と言ってから、


「明さんの過去に何があったのか、知りたいですか? もしも私が知っていたら、教えてほしいですか?」


 どちらとも取れるような言い方。感情を見通せない目。

 望美は落ち着いて考えを整理した後、静かに首を振った。


「いい。私が知ってどうにかできるものじゃないから」


 誰しも他人に触れられたくないことはある。二度と思い出したくない思い出、恥ずかしい秘密、数え上げればきりがない。

 平平凡凡な人生を送ってきた自分ですらそうなのだ。人死にが絡んでいそうな過去についてはなおさらデリケートに扱うべきだ。


「……ただ、一人で思い詰めるのはやめてほしいと思う。夜渚くん、たまにそういうところがあるから」


 思い出すのは耳成山(みみなしやま)でのこと。

 遺跡の入り口に立ちはだかる黒鉄(くろがね)を前に、明は殺意にも似た視線を向けていた。理由は分からないが、あの時の彼は完全に冷静さを失っていた。

 似たようなことが再び起きるという確証は無いが、起きないという保証も無い。

 あの時見せた激情が、いつの日か明をのっぴきならない苦境に追い込んでしまうのではないか……そう考えると、気が気ではなかった。

 だが、そう思っているのは望美だけだったようだ。一通り話を聞いた斗貴子の反応はいたって軽いものだった。


「そこまで深刻に捉えなくてもいいと思いますよ。明さんはああ見えてバランス感覚に優れた人です」


「そうなの? いつも怒ってばかりで凄く不安定に見えるけど」


「単にそういう性格なだけかと。過去に起因するものではありませんよ」


 それはそれで問題だと思うが、話の腰を折っても悪いので望美は何も言わなかった。

 そんな望美の様子を見て何か勘違いしたのか、眉を下げた斗貴子が諭すように語りかける。


「大丈夫ですよ。明さんは他人にちゃんと助けを求めることができる人です。だから気にせず、いつも通りにしていましょう。彼が私たちを頼るその時まで」



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