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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第八話 憑依する悪夢


 金属線の棒先をこちらに向け、杭を打ち付けるような軌道でアンテナが落ちてくる。

 まとう光は青の色。放電の色。自律するプラズマ──霊体の干渉を示す色だ。


「うおっ!? 何だありゃ!?」


 見上げた黒鉄が驚きの声をあげ、それを皮切りに皆が異変に気付き始める。


白峰倶久理(しらみねくくり)……! 早速お出ましか!」


 屋上に倶久理の姿は見えないが、この学園のどこかに潜んでいることは間違いない。

 明はもたれていた壁を強く蹴り込み、自身の体を前に突き飛ばした。

 前進しながら背中をかがめ、降り注ぐ鉄塊をくぐり抜ける。数歩の後に振り向くと、壁に激突したアンテナがへし折れ潰れる瞬間だった。


「ああっ! 夜なべして作ったのにっ!」


 直後、木津池の叫びが屋上にこだました。

 よほどの金と手間暇をかけたのだろう。見るも無残な姿に成り果てた自作品を見て、この世の終わりのような顔で膝を折る。

 だが、幸か不幸かその悲しみは長く続かなかった。

 木津池の悲鳴がぴたりと止まり、その表情が一転して好奇へと移り変わる。


「こいつ、まだ動くのか……?」


 小さくつぶやく明の前で、残骸としか言いようの無いそれが折れた手足を揺らしながら起き上がった。

 糸繰り人形のように各部を吊り上げ、ゾンビのようなぎこちなさで迫ってくる。青い光は、まだ消えていない。


「見た!? 見たよね!? ポルターガイスト現象だよ夜渚くん! 幽霊がアンテナに憑依してるんだ!」


「頼むから時と場合を考えて喜んでくれ……」


 木津池は今すぐにでも踊りださんばかりのはしゃぎぶりだ。

 色めき立つ観客をよそに、アンテナの残骸が鋭利な先端を振りかぶる。切っ先の向かう先は、やはり明だった。


「また俺か。嫌われたものだな」


 空気を鳴らす一閃が明の顔面を狙う。が、遅い。現神(うつつがみ)八十神(やそがみ)に比べれば止まって見える速さだ。

 一撃目をたやすくかわし、続く二撃で距離を取り、三撃目で射程外に逃れることができた。光球状態ならともかく、憑依中はそれほど厄介な存在では無いようだ。

 しかし、それはあくまで回避に限った話。攻めるとなればそうもいかない。

 幽霊の本体はプラズマであり、プラズマとは電気の塊だ。

 波を操る明の異能を使えば、電気の周波数を乱してダメージを与えることは可能かもしれないが……


(そのためには直接触れる必要がある、か。……感電は不可避だな)


 間接攻撃でアンテナを破壊しても意味は無い。かといって霊をどうにかしようとすれば、かえって自分が大ダメージを受ける。

 考えた末、明は挙手してあっけらかんと宣言した。


「望美、タイムだ。作戦会議に入る」


「うん、了解」


 言った瞬間、アンテナが嘘のように動きを止めた。望美の生み出す力場の檻に閉じ込められたのだ。


「これで一安心と思いたいが……。望美、どのくらい持ちこたえられる?」


「大した力じゃないし、その気になれば一時間ぐらいは大丈夫。……でも、この流れはちょっとまずいと思う」


 望美は自身の足元に顔を向ける。

 そこにあるのは空の弁当箱と、一膳の箸。よくよく見れば、うっすらと青い光が箸を包んでいた。


「これは……!」


「気を付けて、夜渚くん。たぶん他の物にも仕込まれてる」


 正体を見抜かれた箸は急いで明に特攻するが、望美の念動力によってあえなく御用となった。

 しかし追撃は終わらない。今度は猛の胸ポケットからボールペンが飛び出してきた。


「倶久理って子はずいぶんと用意周到なんだね。まあ、小細工は小細工だけど」


 猛は苦笑し、親指でペットボトルの口を開けた。

 異能に呼応し、蛇のように這い出てくるのは半透明の清涼飲料水だ。

 小さな水蛇は素早い動きでボールペンに絡み付き、その動きを完全に封じ込めた。

 床で醜くのたうつボールペンを眺め、猛は嘆息。その顔に余裕はあれど慢心は無い。


「とはいえ、金谷城(かなやぎ)さんの意見には僕も同意するよ。屋上(こんなところ)でダラダラしてたら敵は増えていくばかりだ」


「だったらそのイタコ女をシメりゃいいだけだろ。楽勝じゃねえか」


 黒鉄が戦意に満ちた眼差しを見せる。猛は少し悩んでから、仕方ないなという風に笑った。


「まったく、リョウは簡単に言ってくれるなあ。……でも、結局はそれしか無いんだよね」


 そう言った猛はこちらを向いて、


「そういうことだから、明は頑張ってね」


「……なんだと?」


「だから、囮だよ。できるだけ遠くまで……できれば、見晴らしが良くて人の少ない場所に移動してくれないかな。そうすれば白峰倶久理も隠れられないだろうし」


 荒神の異能には有効距離が存在する。黒鉄や斗貴子の異能は触れた物にしか効果を及ぼさないし、望美の念動力は半径数メートルの物体にしか作用しない。

 どれほどの距離なのかは不明だが、倶久理の霊魂支配にも必ず限界はあるはずだ。

 その法則を利用して倶久理を引っ張り出し、猛率いる別動隊が後背から奇襲する……というのが作戦の内容だった。


「だが、今は昼休みだぞ。校舎に部室に体育館、グラウンド……学園中に生徒たちが散らばっている。人気の少ない場所などいったいどこにある?」


「安心して。『明くんは早退しました』って先生たちに伝えておくから」


「おい。学園外まで走って逃げろと言うのか貴様は」


「でも、君ならできるだろ?」


「む、それはまあ……な」


「ね?」


 自信たっぷりに言われては明も文句の言いようが無い。上手く乗せられたようなモヤモヤを感じつつ、明は校舎内へと足を向けた。


「また逃げるしかないのか。あの女もつまらん戦いを仕掛けてくれる……」


 滑るように階段を駆け下り、四階に到着。小さなぼやきは真横から聞こえる異音によってかき消された。

 音の正体は金属の軋みだった。高さ二メートルの掃除用具入れが、鈍重な動きでこちらに倒れてくる。


「どいて」


 耳元でささやきが聞こえ、黒髪が明の肩を撫でる。進み出たのは望美だった。

 細身の腕が空を切ると、巨大な掃除用具入れが弾かれるように道を開けた。


「私も行く。夜渚くん一人だと無理っぽいし」


「失敬な。俺はまだ本気を出していない」


「それ、駄目な人の言い訳」


 合流した二人は廊下を西へ。三年教室を左に見ながら窓際を走る。

 教室の中からペンやハサミが一ダースほど飛んできたが、望美の力場を警戒してか、距離を開けて追跡してくるだけだった。

 飛び交う文具に男子は興奮し、女子は怯えて悲鳴をあげる。三年生が大騒ぎする様子を後目に、明は北館へ続く渡り廊下へと入った。


「……思いっきり目立っちゃったね。明日、噂になってるかも」


「噂の二人か。ロマンチックな響きじゃないか」


「この状況で生まれるのはロマンスじゃなくて怪談だと思う。……ところで、どうして北館に向かってるの?」


「便利なショートカットを活用するためだ」


「……?」


 望美の疑問はもっともだ。

 自分たちの目的は学園の外に出ることだ。普通なら真っ先に階段を下りるのが一番早い。

 倶久理もこちらの逃走を見越して、階段周辺に多くの罠を配置しているはずだ。

 だからこそ、明は階段を使用するつもりは無かった。罠だらけの場所を突破するより確実な抜け道がこの先にある……いや、いる(・・)のだから。


「……いた!」


 そうして北館に着いた明は、すぐにお目当ての人物を発見した。

 北館四階、西の果て。文化部ばかりで人気の少ない廊下の突き当たりにあるのは……生徒会室。

 そこからどんぴしゃりのタイミングで出てきたのは門倉眞子(かどくらまこ)だった。


「えっ……夜渚くん? それに金谷城さんも……」


 走り来る二人を見て戸惑う門倉だったが、彼らの後ろに見える文具の群れを見て事情を察したようだ。

 腕をひらりと舞い上げて、廊下の隅に光の球を生み出した。そして一言簡潔に、


「どこまで?」


「学園の外だ!」


「……よし、入って!」


 その言葉が言い終わらない内に、明と望美は光球に飛び込んでいた。

 暗転する視界。回る意識。

 たたらを踏んで持ちこたえ、急いで顔を上げる。

 そこは学園の北門付近だった。目の前には深い川が流れ、橋の先には田畑が広がっている。


「よし、転移成功だな。ひとまず振り切れたと考えてもいいか」


「そうでもないかも」


「なに?」


「あれ」


 望美に倣って後ろを見ると、灰色にくすむ校舎の西側が垣間見えた。明け放たれた昇降口からは、青い光にコーティングされた各種様々な物体が吐き出されている。

 それらが向かう先は、言うまでもない。


「……走るぞっ!」


 川沿いの道路に舞台を移し、再び始まる追走劇。

 のんきな川のせせらぎをBGMに、死力を尽くして走る。走る。走る。

 何度か後ろを確認してみるが、倶久理は影も形も無い。猛たちの姿も見つからない。見えるのはポルターガイストに操られた器物だけだ。


(作戦は本当にうまくいっているのか? 猛は何をしている? もしかして、倶久理の異能に射程距離なんてものは存在しないんじゃないか?)


 疑念がさらなる疑念を呼んで、心臓を不規則に打ち響かせる。

 明は沸き出る不安を打ち消すように走り続け……ようとして、不思議そうな望美の声に足を止めた。


「あれ?」


「……どうした、望美?」


「ポルターガイストが……ええっと……死んじゃった?」


「……は?」


 意味不明な発言に振り返ると、そこには言葉のままの光景が広がっていた。

 先ほどまで自分たちを追いかけていた文具や箒やその他諸々が、一つ残らず道路に倒れていたのだ。

 タヌキ寝入りや死んだふりではない。明の異能で調べてみても、霊魂が宿っている気配は感じられない。

 彼らは揃って仕事を放棄し、どこかに消えてしまった。そう結論付けるしかなかった。


「有り得るのか、こんなことが?」


 あまりにも拍子抜けな結末に、かえって怪しいものを感じてしまう。

 これも何かの罠なのか。あるいは自分が見落としているだけで、既に第二の攻撃が始まっているのか。

 疑心のままにあちらこちらを見回していると、偶然それが目に入ってきた。

 いや、目に入ってきたという言い方は間違いだ。それは隠れることなく、明の前にそびえ立っていたのだから。


「……高圧、電線」


 明はどこか腑に落ちたような表情で、田んぼの角に建てられた送電塔を見上げていた。

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