第七話 電気視えてる?
ぬっと出てきた細身の男──木津池秀夫は、扉の隙間を器用に抜けて屋上に入ってきた。
「やあやあどうもどうも、しばらくぶりだね夜渚くん。相変わらず愉快なイベント盛りだくさんの日々を送ってるようで何より」
「ちょうど持て余していたところだ。何なら分けてやってもいいぞ」
「せっかくの申し出だけど、俺は君たちのようなサイキッカーじゃないからね。美味しいとこだけつまみ食いすることにしておくよ」
皮肉を難なく受け流した来訪者に、明は横目で一瞥をくれる。
「で、また後を尾けていたのか? いい加減逮捕されても知らんぞ」
「今日は偶然だよ。屋上に自作の電磁波探知機を設置しようかと思ってさ」
そう言って、木津池は折り畳まれた金属線の束を展開する。黒光りするアンテナはどことなく傘の骨組みに似ていた。
「確認しておくが、学園側に話は通しているのか?」
明が聞くと、木津池は目を丸くして、
「え? なんで?」
「……これが規範意識を失った者の末路か。人間、こうはなりたくないものだな」
「私たちもあんまり他人のことは言えないと思う。一応、屋上も入っちゃ駄目なところ」
望美が明の足をつつき、反対の手で床をつついた。
「俺達には崇高な使命がある。少々の規則違反は致し方の無いこと、必要な犠牲だ」
「なんか過激派の人みたい……」
高臣学園の屋上は原則立ち入り禁止だ。入り口は常に閉ざされており、許可無く入れば罰則の対象となる。
だが、建前と実情は必ずしも一致しないもの。
頻繁に、とまではいかないものの、屋上に忍び込む生徒は後を絶たず、教師たちも半ば取り締まりを放棄している。
明がここを密会場所に選んだのも、校舎の中に比べればマシという消極的な理由に過ぎない。放課後と違って昼休みはどこも人であふれているのだ。
「それはともかく、さっきの発言はどういう意味だ? その……プラ……プラなんとか?」
「プ・ラ・ズ・モ・ン。プラズマ振動量子とも言うね。語感でピンとくると思うけど、電気の一形態だよ」
話しながらもアンテナを組み立てる手は止まらない。一同がいぶかしげな視線を向ける中、屋上の真ん中に武骨なツリーが出来上がっていく。
「二十世紀中頃のことだ。量子物理学の権威であるデヴィッド・ボームは、プラズマを使った実験中に思わぬ現象と遭遇した」
「思わぬ現象?」
「プラズマを構成する電子とイオンが自発的にまとまって、まるで命を吹き込まれたかのように動き出したんだ。
一部の記録によると、そのプラズマ体は研究室の中を自在に動き回り、周囲の機材に物理的な影響を及ぼしたとまで言われている」
明は墓地で目にした青い光を思い出していた。
生き物さながらに振る舞う電気エネルギーの塊。その在り様は木津池の語るプラズモンと見事に一致する。
「しかし……それなら単純に電気絡みの能力なんじゃないか? なぜそこで霊魂などという眉唾ワードがしゃしゃり出てくる」
「んもー、察しが悪いねえ夜渚くん。プラズモンと魂は密接に関係してるんだよ」
木津池はアンテナの土台を調整しつつ、理解の及ばぬ聴衆に問いかける。
「君たちは、生者と死者を分けるものって何だと思う? 人間は何を失うことで死に至るのか、考えたことはあるかい?」
「はぁ? んなもん決まってんじゃねえか。心臓とか脳みそが動かなくなったら死ぬんだろ」
さも当然のように言い切る黒鉄だが、木津池はさらに突っ込んだ質問を返す。
「じゃあ、その脳や心臓を動かしてるのは何者だい? いったい誰が、俺たちの体に"動け"と命令してるのかな?」
「んん……? そいつはぁー、だなぁ……」
「──電気、って言いたいんだろ?」
そう答えたのは猛だった。彼は頭に人差し指を添えて、
「あらゆる生命活動は電気によって行われてる。電気信号が人の意識を作り、それが微弱な電流を通して全身に指示を与える。簡単にたとえるなら、肉体が自動車で電気が運転手ってところかな」
「お見事、さすが水野くんだ」
意志持つ電子体──プラズモンと、人の意志を司る電気。明には木津池の言いたいことが徐々に掴めてきた。
魂とは、すなわち電気なのだ。
「人間が死ぬと、その体重はわずか二十一グラムだけ軽くなるらしい。この二十一グラムは"魂の重さ"と言われてるんだけど……」
木津池は頭をこちらに回して、おどけたように傾けた。
「ここで問題。肉体から抜け出た二十一グラムのプラズモンはどうなると思う? 大気中に拡散して消えてしまう? それとも残る?」
「消えずに残ったものが私たちの知ってる幽霊、ってこと?」
答えに辿り着いた望美を、木津池は笑みで肯定した。
「つまり、白峰倶久理の能力は霊魂支配か。これは盲点だったな……」
周囲に存在する幽霊に力を与え、彼らの力を借りる異能。まるで霊媒師だ。
あの場所で明を襲ったのも、墓地という土地柄を利用すれば多くの霊を味方に付けられると踏んだ上での行動だろう。
「これまでのセオリーに従うと、その子はたぶんキクリヒメ由来の荒神だね。死者と関わる神様なんて数えるほどしかいないし」
「キクリヒメ……? 初めて聞く名前だが、それも記紀神話の神なのか?」
「そだよ。黄泉の国から逃げてきた父神イザナギを助け、彼を追ってきた死人たちを対話によって説き伏せた女神様。イタコの開祖とも言われてるね」
「イタコか……。またぞろ胡散臭い単語が出てきたが、もはやそういうものだと割り切るしかないんだろうな」
オカルトは嫌いだが、論理的に証明できるのであれば受け入れるのもやぶさかではない。というか、そうしないと身が持たない。
脇に置いたペットボトルを掴み取り、思考を洗い流すかのように一気飲みする。
が。
「……ぶっ!」
盛大に吹き出す明。逆流する液体が気道に入り、追加で二度三度と吐きこぼした。
「お、まさかてめえも食あたりか? ケチって半額パンなんざ買ってるからそうなるんだよ」
「大丈夫? 胃薬とか、あるけど」
屋上にいた全員がこちらに注目する中、明だけは刮目しながら正面を見据えていた。
木津池の背後にそびえる電磁波探知機が、その根元から浮き上がる。
青い光をかすかに帯びたそれは、音も立てずに数メートルを上昇。
一瞬の停滞を経た後、明目がけて強烈なタックルを仕掛けてきた。




