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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第六話 見えないもの

 昼休み。高臣(たかとみ)学園の屋上には四人の荒神が集まっていた。

 入り口近くに明と望美が座り、フェンスの根元に身を寄せるのは黒鉄(くろがね)と猛だ。

 大きなジャムパンを食いちぎるようにかじりつつ、明は昨日の出来事を話していた。

 光を操る荒神、白峰倶久理(しらみねくくり)の強襲。現神(うつつがみ)(くみ)するような彼女の発言。大神(おおみわ)様と呼ばれる協力者の存在。

 途中、黒鉄が茶々を入れたり黒鉄が話の腰を折ったり腹痛を起こした黒鉄がトイレに駆け込んだりするトラブルはあったが、一通りの説明は済んだ。

 一息ついた明は、ペットボトルの緑茶で乾いた舌を湿らせる。その間、黒鉄はずっとニヤニヤしていた。


「くけけけ、そいつぁきっと自業自得ってやつだな。てめえのエラソーな態度がその女の(かん)に障ったんだろ」


「ヤンキーの尺度で物事を測るな馬鹿。お前と違って俺は品行方正な模範生徒だ」


「夜渚くん、ダウト。自分の言動をもっと(かえり)みましょう」


「誤解するな望美。いくら俺でも初対面の相手にエロいことはしない」


「明……知り合いだったらOKってことでもないんだよ?」


 猛は呆れたように口元を引きつらせていたが、程なく話題を切り替えた。


「まあ、冗談はともかく……気になるのは相手の目的だね。明を殺すことで、彼女はいったいどのような利益を得るのか」


「あ? そんなもん、気に入らねえ奴をボコるとスッキリするからに決まってんじゃねえか」


「そういうケースがあることは否定しないけど、今回はちょっと違うんじゃないかな。話を聞く限り、その倶久理って子は現神を利するために動いてる」


 ゼリー飲料の袋を握り潰し、残りを一気に飲み干した。そこから勢いをつけて立ち上がると、


「思い込みの激しい不思議ちゃんが暴走してるだけなのか、それとも現神と取引をしてるのか。考えられる要因はこの二つだね」


「取引だと? そんなことが可能なのか?」


「さあね。だけどそれ以外に思いつかない。生徒会の他に事件のことを知ってるのは現神だけなんだし」


 取引と聞いてまず最初に思いつくのは"身柄の安全"だ。

 現神は荒神を殺す。猛や斗貴子のような例外はあるものの、基本的に荒神たちの命を尊重することはない。

 だからこそ、それは交渉材料としての価値を持つ。

 「見逃してやる代わりに言うことを聞け」──圧倒的な強者にそう言われて、首を横に振ることのできる者がどれだけいるだろうか?

 明たちを危険視した現神が、適当な荒神をそそのかして鉄砲玉に仕立て上げる……という猛の推測は、ある程度信憑性のあるものではあった。


「……私は、そんな単純な話じゃないと思うな」


 一方、望美は猛の意見に疑問を持っていた。

 弁当を食べ終えた彼女は丁寧に箸を置くと、


「私たちが戦ってきた現神は、みんな自分の力に絶対の自信を持ってた。そんな彼らがプライドを曲げてまで荒神の助けを借りるとは思えない」


「確かに、アメノウズメやシナツヒコの見下しっぷりは尋常ではなかったな。格落ちだ粗製だと言いたい放題言ってくれたものだ」


「うん。だから、もっと別の思惑があるんだと思う。白峰さんの方じゃなくて、現神の方に」


「大神様、か」


 倶久理の背後にいると思われる、正体不明の現神。

 聞き慣れない神だが、"おおみわ"という名称だけならこの地域で知らぬ者はいないだろう。

 橿原市(かしはらし)の隣に位置する桜井市、その山間部に建てられた大神神社(おおみわじんじゃ)だ。

 オオクニヌシにスクナヒコナといった多くの神々を(まつ)るこの社は、遥か二千年の昔から飛鳥地方に存在し続けている。

 おそらく大神神社に縁深い神が大神の名を通称として使っているのだろうと明はにらんでいた。


(もう少し調べれば敵の名前にアタリはつくんだろうが……あまり意味は無いな)


 結局のところ、やることは変わらないのだ。

 現神が道を阻むのなら、全力で打ち倒すのみ。

 ましてや、相手は少女を惑わす鬼畜外道だ。倒しても心が痛まない分、かえってやり易い。


(だが……あの女はどうなんだろうな)


 明は倶久理に対するスタンスを決めかねている。

 墓地で語ったことが彼女の本音なのか。そう思い込もうとしているだけなのか。まだ隠された思いがあるのか。

 心と言葉が一致しない女性を多く見てきただけに、明はいつになく慎重になっていた。

 パンの残りを咀嚼(そしゃく)しながら、ぼうっと遠くの空に目を向ける。

 そんな時、望美がこちらの顔を覗き込んでいることに気付いた。


「……何か用か?」


 明が問うと、望美はフラットな視線をわずかに揺らした。ささやかな迷いを見せながら、遠慮がちに口を開く。


「夜渚くん、お墓参りに行ってたんだよね」


「そうだが」


「誰のお墓参りに? って聞いても、大丈夫?」


 鮮やかな金色の瞳が、明の意識を射止める。そこに込められた思いは透き通っていて判然としない。

 感情を隠しているというより、単純に理性が勝っているのだろう。わざとらしい態度で激情をカモフラージュする斗貴子とは好対照だ。

 視界の端では黒鉄と猛が馬鹿話で盛り上がっている。明は少し考えてから、いつもより小さな声で答えた。


「秘密にするほどのことでもないが……改めて話すとなると、やはり躊躇(ちゅうちょ)してしまうな」


「じゃあ、いい。悲しいことを無理に思い出さなくてもいいから」


「いや、そこまで思い詰めてはいないさ。ただ、何というか……気軽に口にしていると、覚悟が拡散してしまうような気がしてな」


 七年前の事件は忌まわしい惨劇であると同時に、明の原動力でもある。

 それゆえ、なのだろうか。自分は、あの事件を無意識の内に神聖視しているのかもしれない。

 珍しく言い辛そうな態度を見せる明に、望美は笑って目じりを下げた。


「分かった。この話はこれでおしまい。他の話、しよう?」


「……ああ、そうだな」


 過去を振り返ることはいつでもできる。今必要とされているのは、未来を切り拓くための行動と推理だ。

 明は望美の微笑に応えると、直近の課題に話を移した。


「あの女がいつまた仕掛けてくるのか分からんが、その前に奴の能力を特定しておきたい。前回は手探り状態のままいいようにやられてしまったからな」


「電気を操る能力、なのかな。でも、生き物っぽい動きをしてたんだよね?」


「うむ。そのあたりに秘密があるはずなんだが……」


 そこまで言った時だ。明の後ろで校舎の鉄扉が軋む音を立てた。

 不気味な高音を響かせながら開いていく扉。その向こうにある暗がりに、もうお馴染みとなったひょろ長男の顔が浮かび上がる。


「むふふ、それは幽霊だよ夜渚くん。肉体を離れた霊魂が形を成したもの──"プラズモン"さ」

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