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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第五話 陰にいた者

 明を乗せた自転車が猛スピードで町の方に走り去っていく。

 丘の上に立つ倶久理(くくり)は、その様子を複雑な表情で見つめていた。

 悔しさに呆然としているようにも見えるし、何がしかの思索に(ふけ)っているようにも見える。

 だがそれもじきに消え去り、真意は彼女の胸中へと秘匿された。


「……決着は次回に持ち越し、ということですわね。それがどのような結末であれ」


 (きびす)を返すと、その足で墓地に戻る。

 青の光はまだそこにいた。役目を失った彼らは何をするでもなく、思い思いに周囲を漂っている。


「ご助力、感謝いたしますわ。願わくば、皆様にも安らかな眠りが訪れますように」


 倶久理が深々とこうべを垂れる。すると光は形を失い、霧散するように消えていく。

 直後、それと入れ替わりに現れる光があった。

 墓地を取り巻く林の中に見えたのは、これまでとは比較にならぬほど巨大な光の渦。

 それは放電火花をほとばしらせつつ変形し、虫のような姿を取る。


「やっ、お疲れさんだねえ倶久理ちゃん」


 光が薄れ、かき消えた直後。顕現(けんげん)したそれが声を発した。

 年若い青年の声。とても明るく気さくな響きだが、その言葉は人の口から出たものではない。

 木陰に潜む奇怪なシルエットは、異形としか言い表しようのないものだった。


大神(おおみわ)様!? 見ていましたの!?」


 異形を目にした倶久理がかしこまるように背筋を正す。


「結界の内側からちょこっとね。も少し戦闘が長引いてたら、彼を引きずり込むことができたんだけどなあ」


「も……申し訳ございません! 荒神を討つことはおろか、足留めすら満足にできないなんて……」


「ははっ、しょげないしょげない。初陣なんてたいていはそんなものだって」


 身を縮める倶久理を激励し、湿った空気を吹き飛ばす。おぞましい姿とは対照的に、異形の物腰はフレンドリーだった。


「あの夜渚明って子はツクヨミちゃんの次に厄介な荒神だから、一筋縄じゃいかないことぐらいこっちも分かってるよ。焦らず気長にやればいいさ」


「それほどまでに強い荒神なのですか? 今の戦いでは防戦一方でしたけど……」


「"強い"と"厄介"は別物だよ、倶久理ちゃん。何をしでかすか分からない奴は、それだけで脅威なんだ」


 異形の声が低くなる。


「夜渚明が現れてからたった半月の間に、三人の現神(うつつがみ)と大勢の八十神(やそがみ)が殺られてる。ぶっちゃけ、前代未聞の異常事態なんだよね。

 もちろん彼一人の仕業じゃあないだろうけど、ほぼ全ての戦闘に彼が関わってることは間違いない」


「大神様は、彼に何か特別な才があるとお考えなのですか?」


「それがカリスマなのか知略なのか、はたまた運がいいだけなのかは分からないけどね。俺の経験上、こういう手合いを放っておくとロクなことにならない」


 冷徹に言う異形に対し、倶久理は若干気圧されながらも確認する。


「だから……その、排除すべきだと?」


「めんどくさい奴からはさっさと逃げるのが一番なんだけど、今回ばかりはそうもいかないだろ?」


 うつむく倶久理。異形は苦笑を漏らしながら、彼女に優しく声をかけた。


「気持ちは分かるけど、これが倶久理ちゃんにとって最善の道だよ。彼を殺すことが、俺たちへの忠誠を証明する唯一の手段だ」


「……もう一度だけお聞かせください。前におっしゃっていた、あの話は……本当なのですか?」


「もち、マジネタだよ。俺たちと一緒に来れば、君の望みは叶う。こう見えて、俺は女性を陥れることだけはしない主義でね」


 倶久理が少し安心したように顔を上げた。

 それを確認した異形は満足そうに体を揺らすと、


「ほら、そろそろ行きなって。ボヤボヤしてると人が集まってくるだろうし……何より、年頃の女の子がシケた墓場で時間を潰すもんじゃない」


 足の一本を振り上げ、退去を促す。

 倶久理は折り目正しくお辞儀をすると、小走りに駆けていった。

 石段を下りていく少女の背中に目をやりながら、虫の異形は独りごちる。


「さあて、どう転ぶのやら」


 悪意の愉悦でもなく、さりとて不安の嘆きでもなく。

 純粋に分からないことを楽しんでいる、といった感じの言い方だった。


「とりあえずやれるだけのことはやったし、あとはあの二人次第ってところかな。……これで文句無いだろ、お姫様?」


 頭部を上に傾けて、そこにいない誰かに向けた言葉を放つ。

 やや間を置いて、青い光が異形を包み……そのまま、木々の薄闇に沈んでいった。

 こうして非日常の演目は幕を閉じた。

 演者は退場し、小道具も撤収され、もはや舞台の上には何も残っていない。

 ……しかし、観客席はその限りではなかった。


「はは……おいおい、冗談だろ?」


 墓地から少し離れた建物の陰に、その観客は陣取っていた。

 土気色のトレンチコートを着込んだ、初老の男。彼は構えていた双眼鏡を下ろすと、開きっぱなしの口を震わせた。


「それじゃあ何か? あれが失踪事件の真相だってのか……!?」


 毘比野健作(ひびのけんさく)は、パニック状態の頭で今見た光景を整理していた。

 事の起こりは数日前だ。

 高臣(たかとみ)学園での事情聴取以降、毘比野は業務の合間を縫って夜渚明の身辺調査を進めていた。

 素行を調べ、交友関係を調べ、時には自ら尾行することもあった。

 彼が夜渚鳴衣(よなぎめい)誘拐事件、ひいては連続失踪事件の中心人物だという直感を信じて。

 結果論ではあるが、毘比野の予測はある程度当たっていたと言えよう。ただし、真相は彼が考えていたものとはかけ離れていた。

 常軌を逸した会話の内容に、我が目を疑うような超常現象の数々。

 もっとも、それだけなら異常者の狂言やトリックの類で片付けられたかもしれない。

 だが、最後に出てきたアレだけは、毘比野の持ち得る常識で説明のつくものではなかった。


「あんなもん、どう見たって化け物じゃねえか……!」


 神出鬼没の異形。人を狩る者。

 世界の裏側には目を覆いたくなるような深淵が口を開けていた。

 冷たい壁に寄り掛かり、ずるずると腰を落とす。

 毘比野は、自身の積み上げてきた現実が音を立てて崩れていくのを感じていた。


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