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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
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第二話 言ってほしかった言葉


 明と(ひかる)、それに沙夜を加えた三人は、休憩スペースの一角に腰を下ろしていた。


「……そんなこんなで、俺は包帯変質者を華麗にボコって撃退したというわけだ」


「なるほどー、お手柄だね夜渚くん」


 かくかくしかじかな説明の末、明は晄に病院での一件──八十神(やそがみ)の襲撃と、それに巻き込まれた沙夜の顛末(てんまつ)を話していた。

 無論、真実をそのまま伝えてはいない。

 話の中の八十神は"ただの変質者"であり、死亡した八十神が溶け消えた部分は"逃げ去った"に変えて、当たり障りの無い騒ぎに仕立て上げた。

 説明の間、沙夜は口を挟まなかった。

 八十神が溶ける様は彼女も見ていたはずだが、何も言わないということは口裏を合わせてくれるのだろう。

 明が視線で感謝の意を示すと、彼女は少しだけ茶目っ気のある笑みを見せた。


「しかし、まさかあなたが高臣学園(うち)の教師だったとはな。ええと……長倉先生、でいいのか?」


「さっきも言ったけど、ここ最近はずっと休職中なの。だからそんなにかしこまらなくてもいいのよ。あ、でも……」


 沙夜は考え込むように言葉を止めると、


「生徒たちからは沙夜先生って呼ばれてたから、どうせならそっちの呼び方でお願いできるかしら? 私も久しぶりに先生気分を味わいたくなっちゃった」


「ではそれでいこうか、沙夜先生」


 そう呼ぶと、沙夜は在りし日を懐かしむように目を細めた。

 覇気が無く感じられるのは決して線の細さだけが原因ではない。

 明の見立てでは、沙夜の年齢は二~三十代といったところだ。年若い女性にしてはやけに老成した態度が、どうも気になった。

 隣に座る晄もそう思っていたようで、彼女はおずおずと顔色をうかがうように、


「あの、沙夜先生ってどれくらい入院してるんですか? あっ、その、私、沙夜先生のことを学園で見た覚えが無くって……」


「でしょうね。八年前から行って戻ってを繰り返して、ここ何年かはずっと入院中だから。今の子たちが顔を知らないのも無理ないわ」


「ご、ごめんなさいっ!」


 晄が慌てて頭を下げる。しかし沙夜は気にした様子も無く、


「気にしないで。自分の体のことは自分が一番良く分かってるから」


「重い病気なのか? 差し支えなければ病名を聞かせてほしい」


「それが……未だに分からないのよね」


 そう言うと、沙夜は困ったように首を振った。


「腫瘍も病原菌も見つからないのに、なぜか体が衰弱していく。そういう病気なのよ。色々なお医者様に診てもらったけど、誰も原因を突き止められなかった」


「……治る見込みは?」


 沙夜は天井の蛍光灯に目をやりながら「どうかしらね」と気の無い返事をした。

 サバサバした言い方は諦めの近似値ではあるが、完全なイコールではない。

 年を経た大人だけが可能な、効率的な……言い方を変えれば、寂しい割り切りだ。


「もしかするとこれは病気なんかじゃなくて、持って生まれた体質なのかもしれない。最近はそう思うようになってきたの」


「それが自分の天命だと? いくらなんでも悲観的すぎやしないか?」


「砂時計みたいなものよ。誰もが命の砂を費やしながら生きていて、私の砂はたまたま他の人より少なかった。それだけのことよ」


 心乱さず、執着を捨て、いずれ来る終わりを受け入れる。それは見ようによっては潔い姿に見えるかもしれない。

 しかし、その時の明は自分でも説明しようのない苛立ちを感じていた。

 自然と、言葉にもトゲが混じる。


「悪いがその姿勢は肯定できんな。病は気からとも言う。敗北主義者に転じるにはいささか早過ぎるだろう」


「夜渚くん!」


 口をついて出た過激な言葉に、晄が非難するような目でこちらを見る。


「すみません沙夜先生、今のは夜渚くんなりの応援みたいな感じだと思うので、あまり気を悪くしないでくださ……って、あれ?」


 晄はすかさずフォローに入ろうとして、途端に目を丸くした。続いて明もだ。

 沙夜の反応は、二人が予想していたものとは違った。

 彼女は笑っていた。

 場の空気を(おもんばか)った愛想笑いではない。

 嬉しそうに、楽しそうに。花咲くような笑顔で喜びを表現していた。


「ふふ、ふふふっ……。やっぱりあなたは高臣学園生ね。こういうのを伝統とか校風って言うのかしら」


「さ、沙夜先生? どうしたの?」


 困惑する二人を置いてひとしきり笑い続けた後、沙夜は幾分陰の薄らいだ顔で、


「ごめんなさい、突然でびっくりしたでしょう?」


「いや、俺は別に構わないが……さっきのやり取りのどこに愉快な要素があったんだ?」


「ついこの間も他の人に同じことを言われたのよ。敗北主義など犬にでも食わせておけ、って。本当に不器用な人」


 静脈の浮き出た肌が(あか)く色付く。それは、不毛の大地に春が訪れたかのような変化だった。

 その誰かさんは、真剣に沙夜の身を案じていたのだろう。彼女もそれを十分理解している。もちろん、明の言いたかったことも。

 なら、これ以上何も言う必要は無い。

 明は心のモヤモヤを端に追いやると、軽く頭を下げた。


「まあ、少々言葉が過ぎたことは謝罪しておこう。この場において適切な表現ではなかった」


「構わないわよ。心配してくれてありがとう、夜渚くん」


 柔らかなオーラを醸し出す微笑を前にして、明はやり辛そうに目を逸らした。

 年上の女性特有の余裕と言うのだろうか。母性とはまた違うぬるま湯のような安心感は、明が苦手とするものだ。

 斗貴子もそうだが、どうやら自分は動じない女性が鬼門のようだ。晄のように打てば響くタイプばかりなら、もう少し生きやすいのだが。


「……と、つい話し込んじゃったわね。そろそろ検査に行かないと」


 目線を追うと、天井から吊り下げられたアナログ時計があった。長針は話を始めた時から半周を走り終えていた。


「あっ、もうこんな時間なんだ。夜渚くん、私たちも行こ。パーティだよパーティ」


 連動して、残りの二人も忙しなく席を立つ。


「沙夜先生、また遊びに来てもいいですか? 私、先生ともっとお喋りしたいです」


「ええ、もちろんよ。学園の話、たくさん聞かせてくれると嬉しいわ」


「はい! 夜渚くんと一緒に会いに来ますから、楽しみにしててくださいね」


「おい、勝手に俺を入れるんじゃない」


「いいじゃない。夜渚くん帰宅部なんだし、毎日暇でしょ?」


「なっ……!?」


 とてつもなく無神経かつ心外な発言(明基準で)に対し、明は毅然と反論した。


「暇ではない。世界平和のために日夜大忙しだ」


「うんうん、でもそれ木津池(きずち)くんの言い訳と一字一句おんなじだからね」


「いや俺の方は冗談抜き(ガチ)で……」


 言っても晄はお構い無しだ。大っぴらにはできない事件とはいえ、周囲の理解が得られないのは悲しいことだ。

 世の()びしさを憂いている間に沙夜も行ってしまった。明は仕方無しに暇人の汚名を受け入れ、晄の後ろをついていく。


「沙夜先生、かぁ。なんていうか、凄い偶然だよね」


 猛の病室近くまで来た時、晄が感慨深げにつぶやいた。


「まあ、な。しかもまた病院(ここ)で出会うことになるとは。人の縁とは分からんものだ」


「それもだけど、夜渚くんみたいな人が身近にもう一人いたってことの方がびっくりかな」


「俺みたいな、とは具体的にどういう意味だ? 口汚いとか偉そうとか性格悪いとか言いたいのか? ん? 返答次第では泣くぞ?」


「意外とガラスのハートなんだね……」


「俺は人一倍繊細だからな。……冗談はともかく、沙夜先生の態度に怒る者がいるのは特に珍しいことでもあるまい」


「私には良く分からないけど、腹の立つようなことなんて言ってたっけ?」


「逆だ。言っていないからこそ、だ」


「?」


 首を傾げる晄。

 明は自分の手のひらを見つめながら、何度か握り開きを繰り返す。

 そこには確かに空気がある。だが、人の手で空気を掴むことはできない。

 それは指の間をすり抜けて、微風となってこぼれ落ちていく。


「そいつはきっと、先生に弱音を吐いてほしかったんだ。物分かりのいい振りなどせず、素直に助けを求めてほしかったんだ。……少なくとも、俺はそうだった」


「夜渚くん……」


 こちらを振り返った晄は必死にかけるべき言葉を探していたが、ついぞ何も言うことは無かった。

 明の手はしばらく無駄な行為を続けた後、握り拳の状態で固定された。誰かの手を掴むのではなく、打ち砕く形に。

 皮肉混じりに鼻を鳴らし、顔を上げる。


「なあ、晄。猛と入れ替わりになるようで悪いが、俺は明日休む。ノートを取っておいてくれないか?」


「え? 別にいいけど……何かあるの?」


「墓参りに行く。形式だけだが、な」


 それを聞いた晄は別段驚きもせず、得心したように息を吐いた。


「うん、分かった。こっちのことは気にしないで」


「すまん」


 殊勝な一言を添えてから、明は停滞した気分を一新するように歩き出した。今度は晄が後を追う番だ。

 猛の病室からは賑やかな話し声と黒鉄(バカ)の大声が聞こえてくる。

 それらに紛れて、後ろの方から晄の独り言が聞こえた。


「そっか。そういえば、明日でちょうど七年なんだね……」

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