表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第四章 死の先にあるもの
73/231

第一話 異能の謎

 九月も終盤を迎え、太陽の光が少しずつやる気を無くし始めてきたある日のこと。

 夜渚明(よなぎあきら)は、転校以来初めて経験する平穏のただ中にいた。

 シナツヒコとの戦いから数日が経過していたが、今のところ現神(うつつがみ)が襲撃してくる気配は無い。

 水野猛(みずのたける)を狙っていた連中も、あれ以来なりを潜めている。

 目を覚ました猛はあっという間に体力を取り戻し、本日をもって無事退院となった。今頃、病室ではクラスメートによる快気祝いが行われているところだろう。

 しかし、明はそれには参加せず、病院の別区画へと向かっていた。


「うーん、やはり何の異常も見られませんね。MRIも問題無し。健康そのものです」


「そうですか……」


 若い男性医師の説明に耳を傾けながら、明はどこか納得のいかない表情を浮かべていた。

 ここに来たのは検査のため……もっと詳しく言うと、自分の肉体を知るためだ。

 彼は「体に妙な違和感がある」という嘘をついて診察を受け、全身をくまなく調べてもらっていた。

 担当医師はそれなりに真面目な男だった。彼は明が昏倒事件の被害者だということを知ると、思いつく限りの病名と、それに対応した検査方法を提示してくれた。

 X線何とか装置や、名前もよく分からないドーナツ型の機械を使ってあれこれすることしばらく。映し出された画像に目を通した医師は困り笑いを見せた。


「身体的な違和感とのことですが……まだ十代ですし、脳梗塞の可能性もまず無いでしょう。申し訳ありませんが、現時点では何とも言い様がありませんね」


「あの、本当に何も見つからなかったんですか? 見落としてるなんてことは……」


「絶対に無い、とは言い切れませんが、少なくとも夜渚さんが心配なされているような重病の兆候はありませんよ」


 気落ちしたように口をつぐむ明。

 医師はそんな明を元気付けるように、陽気な声を出した。


「まあ、色々と複雑なお年頃ですからね。何事も深く考え込まず、気楽に行きましょう」


 その後、明は医師からカウンセリングの案内を受けることになった。

 心因性の問題で片付けられたのはなんとなく(しゃく)だったが、元々でまかせで検査を受けに来た自分にどうこう言う資格は無い。

 熱心な勧めを「時間があれば」で受け流し、最後に一礼してから廊下に出た。


「ふう」


 ため息の理由は気疲れと、自分のあてが外れたことに対するものだ。

 平日昼間の病院は、人の多さに反して音が少ない。

 モノリスのように静かな人の森をかき分け、開けた場所に抜け出たところでポケットを漁る。

 スリットから顔を覗かせたのは、緑色の勾玉……シナツヒコのヤサカニ。


「現神の核、か」


 死すれば崩れる現神の肉体、その中で唯一形を保ち続けるもの。

 荒神を強化する性質は、ヤサカニが異能と深い関わりを持つことを示唆している。


(だとすれば、荒神はどうだ? 俺たちの体の中にも、ヤサカニのようなものが埋め込まれているんじゃないか?)


 明が検査を受けたのは、ふと思い浮かんだその疑問を解消するためだった。

 最初は「何かが分かれば儲けもの」程度の心構えだったが、大病院特有の間延びした待ち時間が明の期待値を無駄に上げてしまった。結果は御覧の通りだ。


「ヤサカニはレントゲンに映らないのか? 何も無いはずは無いと思うんだが……」


 明は荒神だ。荒神は紛れもなく人の子だが、同時に人とはかけ離れた異能を有している。

 そして、荒神と人間を分かつ差は異能の有無だけ。

 つまり、荒神の肉体には常人とは違う何かが備わっていて、それが異能を生じさせている……というのが明の見立てだった。

 物事の始点には、必ず原因がある。神がかり的な奇跡によってたやすく物理法則が覆されるなど、あってはならない。

 門倉は「神々から力を分け与えられた」などと話していたが、明はそのようなオカルト的解釈に懐疑的だ。

 現代は二十一世紀。見えぬ霊魂ではなく観測可能な脳神経(ニューロン)が支配する、科学と知性の時代だ。

 武内家の伝承も大方比喩的な意味合いか、もしくは歴史の流れによって歪曲されたものだと半ば確信している。

 じゃあ何なのか? と聞かれると、それはそれで答えに窮してしまうのが困りものだが……。

 と、そこまで考えた時。明は自分の腰にわずかなむずがゆさを感じた。


「よーなーぎーくーん。そろそろ気付いてくれないと私泣いちゃうよー」


 見れば、セーラー服の少女が明の腰をちょいちょいとつついていた。こちらを見上げるその顔は呆れ気味だ。

 今時の女子高生にしては化粧の薄い肌と、二つ縛りにした亜麻色の髪。新田晄(にったひかる)だ。


「どうした晄、猛の病室は隣の病棟だぞ。それとも迷子か?」


「あーもう、ほんと失礼の塊だね、夜渚くんは! 私は夜渚くんを迎えに来たの!」


 晄は不機嫌顔をいっそう濃くした後、息を抜きつつ表情を緩めた。


「今日は水野くんの退院パーティするよって前から言ってたのに、どうしてこのタイミングで検査を入れちゃうかなぁ……」


「俺としてはこれが"ちょうどいいタイミング"だったんだ。猛が元気になればまた忙しくなるだろうしな」


「え? 何かあるの?」


「ああ、それは──」


 猛の問題が解決した今、明たちはもはや何の憂いもなく遺跡の探索に注力できる。

 遺跡は耳成山だけではない。おそらくは大和三山の全てに、あるいはそれ以外の場所にも遺跡は埋まっている。

 各地の遺跡には、現神の秘密や封印の真相が隠されているはずだ。現神の妨害も予想される。

 ……タケミカヅチも、出てくるかもしれない。

 武内は明たちが遺跡に近付くことを快く思わないだろうが、生徒会に目をつけられるリスクを差し引いても、ここは攻めに回るべきだと明は判断する。

 現状維持に価値は無い。生徒会(たにん)に任せて安穏と日々を過ごすなど、もってのほかだ。

 だから進む。前へ前へとひたすらに。

 もうどこにもいない妹にしてやれることは、それだけなのだから。


「──男の秘密だ。深くは聞くな」


「あ、もしかしてえっちなやつ? そういうのは程々にしないと駄目だよ。水野くんも病み上がりなんだし」


「安心しろ、過激なやつは実家に置いてきた。今はえっちなお姉さん系がマイブーム……と?」


 益体(やくたい)もない話をしながら病棟をまたぎ、入院患者用の区画に足を踏み入れた時。

 長椅子がいくつも置かれた休憩スペースの片隅に、見覚えのある女性の姿があった。

 とはいえ、気付いたのはあちらが先だ。明はこちらに顔を向けられて、ようやく彼女の顔を思い出したのだから。


「あら、あなたたちは……」


「ああっ!」


 続けて晄が大声を上げ、はっとしてから恥ずかしそうに口を覆った。

 女性は口元を押さえ、吐息のような笑いを漏らす。


「お久しぶりね、二人とも。それと……あなたにはありがとうも、かしら」


 病衣の女性は長椅子からゆっくりと腰を上げ、こちらに向き直った。動きは弱弱しいが、立ち姿はしっかりとしている。

 人前に立つことが得意なのだろう。小さくともよく通る声は話慣れている者のそれだ。

 明はアナウンサーか営業職だと推測していたが、彼女の答えはもっと身近な職業だった。


「自己紹介がまだだったわね。私は長倉沙夜(ながくらさや)。あなたたちの学園で先生をやっているわ。……なんて、今は休職中なんだけどね」


四章もバトルと日常の交互構成。といってもガチバトルは最後だけですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ