第六話 電波飛んでる?
ウンチク回。
この回に限った話ではありませんが、面倒なウンチクは適当に流し読みしても問題ありません。後ほど重要な部分だけまとめておきます。
作者としてはそれっぽい雰囲気を感じていただけるだけで十分です。
木津池と名乗った男は、挨拶がてらにスマイル一つ。やけに気取った足取りで、こちら側へとやってきた。
学園指定のカッターシャツをラフに着こなす、ひょろ長の男だった。
黙っていればそれなりに好感の持てそうな容姿だが、彼自身が醸し出す、えも言われぬ雰囲気が全てを台無しにしていた。
首元に提げているのはアジアン情緒あふれる魔除けの人形に、六芒星を描くあやしげなペンダント。果てはダウジングロッドまで。
十人いれば九人が話しかけるのをためらうだろう。
「はじめましてだね、転校生くん。金谷城さんは久しぶりかな? 一年の時同じクラスだったんだけど、覚えてる?」
「覚えてる。というか、あれだけ騒ぎを起こしてた人を忘れる方が難しい」
「全ては宇宙の均衡を守るためだったんだ。許したまえよ」
感慨深げにうなずき、二本指を立てる。こめかみに指を寄せ、特にズレてもいない縁なし眼鏡を押し上げた。
「夜渚くん、この人は木津池くんっていって、その、見れば分かると思うけど……オカルトな感じの人」
「改めて自己紹介しておこうか。電脳研究部所属、木津池秀夫。エロゲー三昧のにわか部員とは一味も二味も違う、電波の申し子だよ」
ハチミツのように滑らかな語り口。言い終えると同時、指を鳴らした。
明は、その様子を引きぎみに眺めていた。
「なんなんだこの変人は……。コミュニケーション能力に問題があるんじゃないか?」
「夜渚くんも他人のことは言えないと思う」
「馬鹿な。俺は社交性A-だぞ」
「評価基準を見直した方がいいんじゃないかな……」
明は憮然とした表情で聞き流すと、木津池に探るような目を向けた。
「木津池といったか。いつから盗み聞きしていた?」
「さてさて、どうだったかな」
「悪いが、駆け引きに付き合うほど暇人ではない。速やかに白状してもらう。場合によっては口止めも、だ」
この男が悪意を持っていると決まったわけではないが、事情が事情だ。明たちのことを嗅ぎ回る者が出てくれば、危険が周囲に飛び火するかもしれない。
半ば尋問に近い気迫だったが、木津池の薄ら笑いを剥ぎ取ることはできなかった。
「君たちだって悪いんだよ? こんな所で組織だの陰謀だのと楽しそうに話してたら、それはもう俺に聞いてくれって言ってるようなものじゃないか。
……おまけに、その目的地があの耳成山だっていうんだからさ」
「……どういう意味だ?」
「むふふ、気になるかい? さすが、我が霊的朋友だ」
「おい、勝手に友達扱いするんじゃない」
すかさず言い返すが、木津池は取り合わなかった。
明は助けを求めるように、望美に視線を投げる。彼女は少し考えた後、「気が済むまで喋らせてあげて」と言った。
不本意だった。だが、木津池の曰くありげな言い方に好奇心を刺激されたのも事実。
(やはり、あの山には何かあるのか? とはいえ、こいつの話にどれほどの信ぴょう性があるのか疑わしいが……)
完全に相手のペースだ。明は悔しげに歯噛みしつつ、木津池の話に耳を傾けることにした。
「単刀直入に聞く。耳成山にいったい何があるというんだ?」
「ピラミッドさ」
「…………は?」
明は、「開いた口が塞がらない」という言葉の意味を、生まれて初めて理解していた。
望美は慣れているのか、取り立てて表情を変えることは無かった。淡々と、子供に言い聞かせるように木津池を諭す。
「木津池くん……ここはエジプトじゃなくて、日本。耳成山もピラミッドじゃなくて、山。小学生でも知ってるよ」
「おやおや、リサーチ不足だねえ金谷城さん。ピラミッドはエジプトだけの専売特許じゃないし、石を積み上げたものだけがピラミッドでもないのさ」
こちらの周りをゆっくりと巡りつつ、木津池は指折り数えていく。
「メキシコにある月のピラミッドと太陽のピラミッド、そしてチチェン・イッツァ。イングランドのシルベリーヒル。カンボジアのコーケー遺跡や中国の茂陵もピラミッドではないかと目されている。
ピラミッドと呼ばれる建造物はね、世界各地に、様々な形で散らばっているんだよ。もちろん、この日本にも」
空を仰いで、厳かに目を閉じる。そのまま歌うように、
「明治大正の時代に、酒井勝軍という歴史研究家がいてね。彼は長年に渡る調査の末、日本にも数多くのピラミッドが存在していることを突き止めた。
いやむしろ、日本こそがピラミッド発祥の地であると、彼は結論付けたんだ」
「眉唾だな。そんなものがあれば今頃一大観光地になっているだろう」
呆れる明に、木津池は軽く腕を振ると、
「言っただろ、石を積み上げたものだけがピラミッドじゃないって。
たとえ既存の山を加工したものでも、表面に木々が生い茂っていても。そこに何らかの意味があれば、それはピラミッドなんだ。まあ実際にはもう少し細かい基準があるんだけど」
「だんだん詭弁じみてきたが……それと耳成山が、どう関係する?」
「ズバリそのまんまさ。──耳成山は、人工的に作られた山だ。それも誰かしらの、明確な意図のもとで」
言うなり木津池はその場でターン。ダウジングロッドで明を指して、
「夜渚くんは転校生だったね。耳成山についてどれくらい知識を持ってる?」
「転校生といっても元はここの生まれだ。たしか……大和三山、だったか? そういうくくりに入っている山だと聞いたことがある」
大和三山。
奈良盆地の南にそびえ、平地のただ中に奇怪な三角形を形成している山々……耳成山、畝傍山、天香久山を指す言葉だ。
飛鳥地方と呼ばれるこの地域は、日本文化創成の地として歴史的に重要な役割を占めている。
そういった関係もあってか、時の権力者たちが詠んだ和歌の中に大和三山が登場することも珍しくない。
「うん、結構。説明が省けて何よりだ」
木津池は教師のような仕草でうなずくと、
「で、話を進めるけど……君は、こんな噂話を知ってるかい?」
「噂話?」
「耳成山、畝傍山、天香久山。この三つの山々を上空から観察すると、ほぼ完璧と言ってもいいくらいに綺麗な二等辺三角形を描いているらしいんだ。まるで、誰かが定規で測ったみたいに」
「偶然だろう」
「じゃあ耳成山は? 子供の頃不思議に思わなかった? 『こんなに平らな土地のど真ん中に、どうしていきなり山があるんだろう』って」
「大自然の神秘というやつじゃないか? グランドキャニオンやギアナ高地のテーブルマウンテンに比べれば大したことは無い」
穴だらけの論拠に反論するが、木津池は一向に耳成山ピラミッド説を取り下げようとしなかった。
「それだけじゃないよ。耳成山の形は不自然なほどに整った円錐形……しかもおかしなことに、山に有るべき噴火口の跡が無い。
さらに付け加えると、ご同輩の畝傍山や天香久山は遥か神話の時代から存在を言及されているのに、耳成山だけは、大和王朝成立以前の記録が一切見つかっていないんだ。
ほーら、状況証拠がどんどん出てくる。なんだかさ、謎めいた香りがしてこない?」
「そういうのは香りではなく、うさんくさいと言うんだ」
明は木津池の話をにべなく切り捨て……しかし、頭に浮かんだ"とある考え"を振り切ることまではできなかった。
山。ピラミッド。白い怪人。
白。白装束。白い布。……ミイラ。
あの怪人の服装は、限りなくミイラに近いものだった。
(まさか、奴らはピラミッドから這い出てきた死人なのか? ……いやしかし、包帯ゾンビが耳成山をうろついているなんて怪談話は聞いたことが無いぞ)
それに、望美が何度も狙われていることからして、彼らは襲う相手を選り好みしている。手当たり次第に血肉を求める亡者とは、違うのだ。
だいたいピラミッドって何だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
……しかし、それでも。
もしかすると、真実のつま先くらいは捉えているのかもしれない。
そう結論付け、木津池に続きをうながそうとした、その時。不運にもタイムリミットが訪れた。
「──木津池くんっ! いい加減に戻ってきなさーい!」
「うひぃぇっ!」
素っ頓狂な叫び声をあげる木津池。
見れば、一人の女子生徒が拳を掲げて怒鳴っていた。
ヒマワリ柄のタオルをほっかむりにして、小型のクワとジョウロを脇に抱えている。どうやら、先ほど花壇を手入れしていた園芸委員のようだ。
少女は荷物を置くなりこちらに疾駆。木津池の前まで来ると、ほっかむりの結び目をほどいた。
「もうっ、休憩長すぎだよ。木津池くんも園芸委員なんだから、真面目にお仕事しなきゃ」
亜麻色の髪が、斜めに差し込む陽射しに映える。
明たちのクラスメート、新田晄だった。
エジプト文明ネタではありません。あしからず。
なお、耳成山人工説は実際に存在します。
9/26 耳成山の写真を追加。