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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第二十一話 それぞれの道

決着回は明日投下予定です。早ければ日付が変わる頃に。


 夜の病院は静謐(せいひつ)さを保っていた。

 無人の廊下に響くのは空調の鈍い音だけ。不審者騒ぎの影響で常駐する警備員の数がいくらか増えたものの、変化らしい変化といえばそれぐらいだ。

 診察時間が終わればほとんどの職員は自宅に帰り、院内は冷えるような静けさに包まれる。それは、猛の病室も例外ではなかった。


「んご……」


 電気の消えた部屋の隅、ベッドの足に掴み掛かるような姿勢で黒鉄(くろがね)が眠っていた。

 目の下に刻まれたクマはここ数日の徹夜行で深く掘り下げられており、眠りの深さもそれに見合ったものであることは想像に難くない。これはてこでも起きないだろう。


「番のさなかに寝入るとは、役に立たぬ番犬よな。ここまで()たせた根性だけは評価してやらぬでもないが」


 一人分の寝息だけが聞こえていた病室に、男の低い声が生まれた。

 カーテンの長い裾がゆらりと波打ち、その暗がりから禿頭の大男が現れる。武内暁人(たけうちあきと)だ。

 武内はしばらく黒鉄を見下ろしていたが、彼の口元から流れ落ちる唾液の大河を見とめると、引きつるように顔を歪めた。


「……ふん」


 思案の時間はとっくり十秒。だが、決断してからの行動は迅速だった。

 音も無く移動し、重ねたティッシュで唾液をぬぐい取る。それから再度「ふん」と鼻を鳴らした。

 荒神は嫌いだ。

 志を持たず、欲望に溺れ、降って沸いた異能に憑りつかれた人々を武内は軽蔑する。怒りすら感じる。

 大いなる力は、それに応じた覚悟によって制御されるべきだ。心無きエゴによって振るわれる力など、ただの暴力でしかない。

 しかし皮肉なことに、多くの者は後者を強さだと勘違いしているようだ。

 己の願望を押し通すことが強者の権利だと。奔放(ほんぽう)であることが気高さの証だと。

 その驕りが自らを堕落と破滅に導くとは思いもせず。


「であれば、貴様たちはどうなのだろうな」


 武内が思うのは、あの荒神たちのことだ。

 夜渚明。金谷城望美。黒鉄良太郎。

 人の身に余る力を宿しながらも、それに心惑わされず、常に他者のために戦い抜いてきた者たち。

 彼らの心に宿る火は、果たしてどのようなものなのか。

 激しく荒ぶり、近付くものをことごとく燃やし尽くす業火か。

 闇夜を照らし、さ迷い人の行き先を示す一条の灯火か。


「裁定を下すべき刻は、そう遠くないのかもしれぬ」


 そう言って、武内は窓の外を見る。

 北向きの窓が映し出す景色は、空を遮る高層ビルの森。鋼鉄製の木々を越えた先には駅前広場が広がっている。

 部下の報告によると、あちらでは荒神たちとシナツヒコの戦いが行われているとのことだ。

 戦闘に参加しているのは例の二人と、白い髪の少女だという。


「璃月、斗貴子か」


 口の中で吟味(ぎんみ)した後、押し出すようにその名前を口にする。

 彼女もあの三人と同様、ひょっとするとそれ以上に判断の難しい存在だった。

 武内の知る限り、斗貴子ほど異質な荒神は他にいないだろう。

 荒神の力を悪用せず、かといって異能を隠すかといえばそうでもない。むしろ現神(うつつがみ)に襲われることを望んでいるような節すらある。

 しかし、その強さと勝利への執念は確かなものだ。

 現に斗貴子は複数の現神を撃破している。誰の手も借りず、たった一人で。

 それはさながら、己自身を撒き餌にした狩りのようでもあった。

 動機を聞いても、返ってくるのは人を小馬鹿にしたような冗句(じょうく)だけ。のらりくらりと追及をかわす斗貴子のやり口に、武内は大いに悩まされてきた。


「その食わせ者が、今は夜渚明と共に在る。ただの気紛れであれば、特段注意を払うまでもないが──」


 言葉を止めると同時、武内の五感は異変の兆しを捉えていた。

 初めに来たのは聴覚だ。外をゆったりと揺蕩(たゆた)っていた微風が急に様相を変え、殴りつけるような勢いで窓枠を鳴らし始める。

 次に来たのは視覚。黒々とした空をバックに、星とは違う小さな影が大量に飛び交っている。

 いびつな形の浮遊物は、遠目からでも瓦礫(がれき)の類だと判別できた。


「ぬうっ、これは……!」


 瓦礫と風の源は、ビル街を挟んだ反対側……駅前広場だ。

 遠く離れた病院にまで影響が及んでいることを考えれば、現地の惨状は察するに余りある。


「馬鹿者どもが、しくじりおったか!」


 罵声を噛み殺すようにつぶやくと、武内は病室の扉を跳ね開けた。

 事態は一刻を争う。

 荒神たちを始末したシナツヒコが次に狙うのは、確実にこの病院だ。

 そのうえ、相手はこれまでの隠密主義をかなぐり捨ててなりふり構わぬ攻撃を行っている。戦いは熾烈を極めるだろう。


「断じてここを戦場にするわけにはいかぬ……!」


 院内には多くの一般人が残っている。それも体の弱い入院患者ばかりだ。

 巻き添えにしてはいけない。彼らの安息を壊してはならない。

 この地に住まう人々を現神から守護すること、それが武内に課された使命でもあるのだから。

 武内は厳めしい顔をさらに強めて廊下に出ると、視線だけを背後に戻した。


「貴様はどうするのだ? 貴様の進むべき道は、どこにある?」


 問いかけは短いながらも本質的なものだった。

 先ほどと変わらず、一人分(・・・)の寝息だけが聞こえる病室。

 とうに目を覚ましていた彼は、迷いも憂いもなく、こう答えた。


「もちろん行くさ。他人に守られるのは趣味じゃない」

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