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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第二十話 空を統べる戦い


 明の知覚は三つの音を捉えていた。

 骨が砕ける音。ぶつりと断たれた筋繊維の悲鳴。そして、シナツヒコの甲高い絶叫だ。

 彼を空の支配者たらしめている四つの翼、その一翼が根元からへし折られ、だらりと真下に垂れ下がっていた。


「──っと、避けられましたか。ひとおもいに頭を刈り取るつもりだったのですが」


 初撃を果たした斗貴子は自由落下に移行していた。

 落ちゆく彼女のつま先が地面に音を響かせて、


「まあいいでしょう。残りも潰せば、あとは堕ちるだけです」


 次の瞬間、再び飛翔する。

 時間加速を応用した高速機動。今井町でも目にしたものだが、速度は段違いだ。

 撃ち出された体と構えた右手は、シナツヒコの腹部に狙いを定めていた。


「くっ……二度も辱めを受ける私ではない!」


 残りの翼が向きを変え、はたくような羽ばたきを見せる。

 打たれた空気が反発し、シナツヒコの体を後方へと弾き飛ばした。


「──!!」


 わずかに遅れて斗貴子が攻撃を放った。ひねりを伴う拳がシナツヒコをかすめ、虚空をしたたかに叩く。

 気合いの叫びは、爆発音によってかき消された。

 耳を震わす衝撃。腕先から生まれ、飛び散るように広がっていく白の色彩。

 その正体に気付いた明は、思わず目を剥いた。


「水蒸気爆発だと!? 規格外にも程があるぞ……!」


 女の細腕とはいえ、空気中の水分を沸騰させてしまう加速力だ。直撃すれば現神(うつつがみ)とて風穴が空く。

 圧倒的な能力。明らかに人間の域を──それどころか、荒神の域すら超えている。


「これが、ヤサカニの力……」


 ヤサカニが斗貴子の異能と共鳴しているのか、それとも有機的な化学反応の賜物(たまもの)か。

 外見に目立った変化は無いものの、斗貴子の動きはますます上り調子だった。


「逃がしませんよ!」


 滞空しながら両手を交差。指の間には何本もの針。

 放つ動作を目で追うことはできなかった。明が見たのは振り抜く前と、振り抜かれた後だけだ。

 幾多の殺意が向かう先には、体勢を崩したシナツヒコがいた。続けざまの追撃に、翼の動きが間に合わない。


「ふん、浅はかな!」


 だが、シナツヒコはそれらを全て回避した。真横に吹き飛ぶ(・・・・・・・)ことによって。

 翼を使った動きとは違う。突如として発生した強風が、シナツヒコの体を射線から逃したのだ。


(ただの鳥ではないと思っていたが、やはり……!)


 明の能力"ナキサワメ"は、通常では有り得ない空気の流れを感じ取っていた。

 すなわち、異能の現れ。物理法則の埒外(らちがい)に属する力の干渉。

 それは強風だけに留まらない。

 渦巻きうごめく奇妙な風が、今度は一点に凝縮されていき……斗貴子に向けて一直線に放射された。

 極度の空圧が作り出すのは、全てを貫く不可視の矢。


「避けろ!」


 攻撃を予期した明は、一瞬前に声を飛ばしていた。

 だが、斗貴子の体は未だに空の上。その動きは重力と慣性に囚われている。

 近くに踏みしめるべき足場は無い。軌道を変えるために必要な、支えとなるものが無い。

 ……いや、一つだけあった。

 真上に広がる空気の壁。時間の流れをせき止められた、不可侵の天蓋(てんがい)

 斗貴子はそれを殴りつけた。

 空気の壁は動じることなく彼女の拳を受け止めて、手土産とばかりに下向きの推進力を提供する。

 直後、空気の矢が突き抜けていった。

 弾ける音は銃声にも似ており、破壊力もそれに準じたものだ。斗貴子の背後でバス停の屋根が剥がれ、駅舎の壁に陥没痕が穿(うが)たれる。


「風を操る異能……いきなり切り札を出してきましたか。いよいよ後がありませんね、シナツヒコ」


「だから浅はかだと言っているのです。私にとって風は手足の一部と同じ。出し惜しみする気など元よりありません」


「うふ、それは何よりです。死力を尽くした上での敗北ほど絶望を感じるシチュエーションはありませんから」


「侮るな、端女(はしため)! 貴様には絶望する時間すら与えない!」


 連続で空気の矢が放たれ、舗装された路面に凹みを増やしていく。

 だが、そこに斗貴子の姿は無い。

 彼女は斜め上に回避した後、その足でビルの外壁を蹴り上げた。三角跳びの要領で反転し、シナツヒコを側面から襲う。


「舐められたものですね。二番煎じが通用するとでも?」


 またも突風。シナツヒコが後方へと流され、反対側のビルを蹴った斗貴子がそれを追う。

 ビル街の狭間で繰り広げられる追走劇は一向に進展を見せず、あちこちに破壊の傷跡ばかりが増えていく。

 地形によって相手の機動力は格段に落ちているはずだが、それを差し引いてもあの急制動は反則的だ。斗貴子の顔にも段々と焦りの色が見え始めている。


「くそっ、ちょこまかと鬱陶しい鳥め。もっと狭い場所に誘い込むべきだったか……?」


「私もそう思う。だからそうしよう(・・・・・・・・)、夜渚くん」


 答えた望美の周りには、数十個に及ぶ野球ボールが浮遊していた。道の脇には大きくしぼんだボストンバッグが横たわっている。


「望美、それは……」


「本当は武器にするつもりで持ってきたんだけど……今の璃月さんなら、別の使い方もできるはず」


 片手を突き出し、軽く握る。

 伸ばした腕は空に向け、その目は戦場を俯瞰(ふかん)するように。


「夜渚くんは知ってる? パズルゲームで勝つ秘訣は、お邪魔ブロックで相手の陣地をいっぱいにすることなんだって」


 握り拳が開かれると同時、野球ボールが散弾銃のように発射された。


「璃月さん!」


 視線をずらした斗貴子は微笑で応じ、望美の意思を見事に汲み取った。

 彼女が目指すのはシナツヒコのもとではない。空に舞い散る野球ボールだ。

 何の変哲もないスポーツ用品に、ツクヨミの力が浸透していく。

 ()された効果は時間の停止。時の流れに取り残された物体は、どんな衝撃でも動かすことのできない無敵の障害物(デブリ)となる。


「野蛮な! そのようなゴミで空を汚すとは!」


 感情的な吠声(ほえごえ)が聞こえ、空気の矢がボールに突き刺さる。

 が、無意味だ。停止した存在は何者にも砕けない。揺るがせない。

 シナツヒコが忌々しげに傍観する中、広場はたちまちボールで埋め尽くされていく。まるで子供の陣取りゲームのように、移動可能な空間が削り取られていく。

 そして数秒後。シナツヒコに許されたスペースは、空気の壁とビルの壁、そしてボールの壁に挟まれたわずかな角だけになっていた。

 天空の王は、名実ともに身動き取れない籠の鳥となったのだ。


「……これが荒神の戦い方ですか。ええ、見事なものですよ! 華麗さの欠片も無い唾棄すべき姦計の数々は、我々現神には到底真似できないものですとも!」


 押し込まれ、険しい目つきでこちらをにらむシナツヒコ。だが、最初に見せた尊大さは見る影もなく失われていた。

 斗貴子は加速をやめて、一歩一歩着実に距離を詰めていく。硬く寂しい靴音は死神の足音のようだ。


「ああ──とっても素敵な表情。それが見たかったんです」


 口元は嗜虐的に緩み、(くら)い愉悦が瞳を濡らす。

 明は口を開こうとして、やはりやめた。自分が立ち入ってはいけない何かがあるような気がして、躊躇したのだ。

 望美と二人、シナツヒコの挙動に注意しながら斗貴子の後を追いかける。


「閉じ込めて、追い詰めて、いたぶって、殺す。自分たちがやってきたことをそっくりそのままやり返される気分はいかがですか?」


「はん、獣の腐肉漁りと同じにしてもらっては困りますね。我々は崇高なる理想を実現するために狩りを行っているのです」


「殺しに良いも悪いもありませんよ。流れる血の色は皆同じ。そんなことすら分からないのですか?」


「神と人では命の重さが違うのですよ!」


 シナツヒコの周囲に空気が集まっていく。空気の矢による一斉掃射でこちらを殲滅しようというのだろう。

 だが、発射の準備を大人しく待つほど明は馬鹿ではなかった。


「少なくとも、頭の重さは俺たちより劣っているようだな。横ががら空きだぞ」


 かかとで地面を打ち鳴らし、生まれた音波を異能によって変質させる。

 狙いはシナツヒコの両側に立つビルだ。ナキサワメの力を使えば、ビルのガラスを共振させるのに最適な周波数を探り当てるのは難しくない。

 波は空気を伝わって、数十枚の窓ガラスを破裂させた。


「ぐあっ!?」


 無数のガラス片が降り注ぎ、シナツヒコの翼に赤い筋を残していく。

 無論その程度では大したダメージにならないが、意識を逸らすことはできた。

 斗貴子が飛び込んだのはまさにその時だった。


「これで……終わりです!」


 弧を描くような蹴り上げが、シナツヒコの翼を中ほどから断ち切った。

 悲鳴のような鳴き声が聞こえ、シナツヒコの体が突き当たりのビルに叩き付けられる。

 壁面に真っ赤な染みを残したまま、その本体が地面にずり落ちていき……ぐったりと倒れ伏した。


「やった……のか?」


「どうかな。まだ溶けてないし、油断はしない方がいいと思う」


 望美の言には同意するが、シナツヒコは翼の半分を失っており、これ以上の飛行は不可能だろう。とりあえず一番の難所は通り越したと言ってもいい。

 そう判断した明が息をつき、斗貴子の方に顔を向けた時だった。


「げほ──っ!」


 黒い路面に赤い花びらが散った。


「な──!?」


 それは濁った血であり、激しい咳がもたらしたものであり、斗貴子の喉から吐き出されたものだ。

 血の色はとても黒々としており、反比例して斗貴子の顔は蒼白だ。

 彼女の髪色よりも白い色。活力というものが失われたかのような、弱弱しい表情。

 しかし、それに衝撃を感じる暇も無く事態は動く。

 風だ。

 荒れ狂う自然の猛威、その最たるもの──竜巻が、彼らの前に出現したのだ。


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