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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第十九話 籠の鳥

 シナツヒコは今宵(こよい)も風と共にあった。

 彼はたいてい、人々が寝静まった後に活動を開始する。窮屈なねぐらを離れ、無限に広がる現実の空を謳歌(おうか)するために。

 それは、この時代に復活してから欠かすことのない日課でもあった。

 今世にあって、無明の夜だけが彼の心休らぐ時間なのだ。

 もちろん、フトタマの結界を展開すれば昼夜に関わらず動くことはできる。実際、他の現神(うつつがみ)もそうしている。

 だが、シナツヒコはあの結界がどうにも好きになれなかった。

 切り取られた世界は見通しが悪く、空も低い。大気の流れは緩慢で、翼に張り付くようなねばり気を含んでいる。

 あんなものは真の空ではない。劣悪なまがいものだ。

 なまじ本物と似ているだけに、なおさら気味が悪い。

 そしてこの嫌悪感は、彼の嫌いな"あれ"にも通じるものだった。


「まったくもって不愉快千万です。似て非なる存在、取るに足らぬ廃棄物が何を思い上がっているのやら」


 渦巻く感情は、自尊心を傷つけられた怒りによるものだ。

 シナツヒコの思考は過去に飛び、数日前の出来事を掘り起こす。

 "あれ"の命を受けて実行した、荒神スサノオの捕縛作戦。

 作戦は失敗に終わったが、それ自体はどうでもいい。

 やる気など大して無かったし、結果がどうなろうと本来の計画に影響を及ぼすものではない。

 怒りの原因は一つ。"あれ"が、自分を使い走りのように扱ったという、ただ一点だ。


「何が王! 何が高貴なる者! 笑わせるな! 新たな神代(かみよ)を導くに相応しい者、真の王は貴様などではない。ニニギ様だ!」


 気位の高いシナツヒコにとって、"あれ"の存在を黙認することは厨房に住み着くネズミを看過することにも等しい。主の許しさえ得られれば、今すぐにでも処分したいところだ。

 だが、彼らの主はそうすることを認めないだろう。それが分かっているだけに、ストレスが溜まる。

 胸の奥に蓄積したやるせなさを振り切るように、シナツヒコは飛行速度を上げた。

 四翼を大きく羽ばたかせ、風の飛沫(しぶき)をはね上げる。裂かれた空気が飛行機雲を生み出して、闇色のキャンパスに白い線を残していく。

 そうして勢いのままに飛行することしばらく。沸騰した頭が徐々に落ち着きを取り戻してきた、そんな時だった。


「なんだ……?」


 体に伝わるかすかな違和感が、シナツヒコを急停止させた。

 前方から吹き付けてくる風が、いつもより弱い。

 濁っている。停滞している。まるで見えない壁が立ち塞がっているかのようだ。


「もしや、荒神の攻撃……? しかし、この高さまで届くような異能など……」


 疑問はあるが、万が一ということもある。翼で空気を撹拌(かくはん)し、周囲の気流に神経を尖らせる。

 風は四方に散った後、驚くほど早くはね返ってきた。"付近に障害物有り"という答えを持って。

 それは前方の空間だけではない。右も、左も、上空も、背後までもが見えない壁の浸食を受けている。

 しかも厄介なことに、壁は自身の領域を少しずつ増やしているようだ。このまま手をこまねいていれば、自分は間もなく身動き一つ取れなくなるだろう。

 唯一残された逃げ道は、地上だった。


「姑息な真似を……この私を引きずりおろす気か」


 シナツヒコは断腸の思いで高度を下げていく。

 空を追われることは翼を奪われること。そして彼の誇りを汚されることでもある。この屈辱は、血と報復によってしか拭い去れない。

 鷹の瞳は下界を走査し、自身を陥れた賊の姿を探し回る。

 ビルの谷間に立つのは三つの影。忘れもしない、主に歯向かう荒神どもだ。

 先頭にいる女の顔が見えた時、シナツヒコは全てを理解した。


「ツクヨミ、また貴女ですか」


 くちばしから放たれる言葉は一見冷静で、しかし激情の前触れを含んだような揺らぎがあった。

 いわば黒煙のくすぶる導火線だ。運が良ければ鎮火するかもしれないが、火勢を煽れば大爆発まで一直線。緊張の糸は痛いほどに引き絞られている。


「鳥籠の居心地はどうですか? あなた専用にあつらえたものですから、お気に召してくださると嬉しいのですけど」


怖気(おぞけ)が走るような気分ですよ。汚らしい地虫がすぐ足元に迫っているのですからね」


「あらあら、ミミズは鳥の大好物でしょう? それともイナゴの方がお好みでしたか?」


 ツクヨミの少女がこちらを見上げ、視線だけでせせら笑う。

 シナツヒコは乾いた笑いを吐いた後、


「……這いずる者どもが、ましてや荒神が! 天に座する神を見下すなぁっ!!」


 ()ぜる咆哮。荒神どもがたじろくように後ずさる。

 だが、その時既にツクヨミの姿は消えていた。


「──いいえ、身の程を知るべきはあなたの方ですよ」


 羽が生えたような跳躍。十数メートルの高度を一瞬でゼロにして、鳥籠の天井部すれすれ……シナツヒコの頭上を取る。


「どれだけ高く飛べたとしても、しょせんは獣。遥かな月を飛び越すことなど……できないのですから!」


 直後、槍のように鋭い蹴り落としがぶち込まれた。


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