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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第十二話 覚悟


 十分後。木津池を加えた明たちは、川沿いにある休憩所へと場所を移していた。


「で、いつから尾行していた?」


 眉を立てつつ木津池をにらむ明。

 答える木津池は心外そうに、


「君たちに出会ったのは単なる偶然だよ。今日は天気もいいし、せっかくだから地磁気の乱れを観測しようかなってブラついてたところ」


 そう言って、見せつけるようにダウジングロッドを振った。銀色の棒が朝日に反射してちかちかと光る。


「よく分からないけど、天気がいいと地磁気が乱れるの?」


 ベンチに座る望美が素朴な質問を投げかけた。

 木津池は「いや」と短く答えた後、意味ありげな言い方で、


「昨日の晩、橿原市内にUFO……未確認飛行物体が現れたって話、知ってるかい?」


「……初耳だ」


「なんでも、病院の近くで大きな影が飛び回ってるのを何人かの人が目撃したらしい。動画は無いけど、ネット上ではそこそこ話題になってる」


 木津池が言っているのは、十中八九あの怪鳥のことだ。

 真夜中とはいえ、あれだけ大きな生物が低空を飛行していれば誰かしらが気付くだろう。当然といえば当然のなりゆきだった。


「昔からUFOと地磁気の関係性については様々な議論がなされていてね。目撃地周辺の地磁気に有意な変化が見られれば、そこから何らかの仮説が立てられるんじゃないかって思ったんだけど……」


 そこで木津池は言葉を止めて、明と望美をぐるりと見回した。

 この男の探るような視線にはもう慣れっこだが、今日の視線は少しばかり攻撃的だった。


「二人とも、何か隠してないかい?」


「何、と言われてもな。たとえばどんなことを?」


「しらばっくれないでほしいな。水野くん、入院したんでしょ?」


「ああ、そのことか」


 明は表情を動かさない。望美は口をつぐんだままだ。


「疲れが溜まっていたんだろう。大したことは無いと医者も言っていた」


「入学以来一度も休んだことの無い水野くんが入院して、その日の夜にUFOが現れた。これって偶然かなあ?」


「宇宙人が猛に怪光線を浴びせかけたとでも? 陰謀論も度が過ぎれば不条理ギャグにしかならんぞ」


「じゃあ、同じ時刻に起きた不審者騒ぎは知ってる? 仮装した男たちが病院に忍び込んだんだけど、警備員が駆け付けた時には衣装を残して消えていたそうなんだ」


「知らんな。どうせ研修生のいたずらだろう」


「そういえば、監視カメラには彼らと戦うブレザー姿の男子学生が映ってたんだってさ」


 明は二の句が継げなくなった。

 青ざめた顔で気まずそうに唇を歪ませ、左右に視線を泳がせたところで、


「嘘だよ」


 木津池がニヒルな笑みを見せた。


「むふふふ、夜渚くんはアレだね。受けに回ると案外弱いタイプだね」


「くそっ……余計なお世話だ!」


 明は半ば逃げるように背を向けると、近くにあった自動販売機に硬貨をねじ込んだ。

 八つ当たりぎみに正面のボタンを押打。偶然出てきたアイスコーヒーを掴み出す。

 冷たく硬い感触が、()だった思考を落ち着かせていく。

 乱れた神経がフラットに戻ったところで、明は振り向いた。


「木津池、これ以上の深入りはやめておけ」


「昨日は気前良く情報を教えてくれたのに、どうして今になって前言を撤回するんだい? 納得のいく理由を教えてほしいな」


「事態が予想以上に危険だと分かったからだ」


「危険?」


「そうだ。下手をすると命に関わる。二度と日常に戻れなくなる。俺たちが関わっているのはそういう事件なんだ」


 皮肉な気分だ。ついさっきまでは自分も同じことを言われていたはずなのに、今度は言う側に回っている。

 だが、門倉の話を聞いて、確信した。

 現神(うつつがみ)は、目的のためなら手段を選ばない。

 人質でも何でも使えるものは躊躇いなく使うし、自分たちを嗅ぎ回る者は荒神であるなしに関わらず排除する。そう、あの武内源助のように。

 木津池が武内源助の二の舞にならないという保証は、どこにもないのだ。

 だからこそ──犠牲になる者はできるだけ少ない方がいい。

 オカルトの論客である木津池の協力が得られなくなるのは大きな痛手だが、それでも。


(……また誰かに死なれるよりは、ずっとマシだ)


 今は亡き妹のことを想いながら、明は切実な視線を向ける。それは懇願にも近い感情だった。

 しかし、そんな彼に反論したのは当の木津池ではなく……望美だった。


「夜渚くん、私はむしろ積極的に木津池くんと連携した方がいいと思う」


「……望美、正気か?」


「大真面目」


 答える望美の目に迷いは無い。

 つい昨日までは望美の方が難色を示していたはずなのに、と明は疑問に思い、それをそのまま彼女にぶつけた。


「なぜだ? 望美は無関係な者を巻き込みたくないんじゃなかったのか?」


「それは今も変わらない。だけど」


「だけど?」


「もう、とっくにみんな巻き込まれてる」


 鉛のように重い一言が、明を黙らせる。


「学園が襲われて、駅前がメチャクチャになって、水野くんが倒れて、病院も襲われて……。それで、やっと分かったの。

 この街にいる以上、誰もが危険に(さら)されてる。この街は誰にとっても安全じゃないんだって。だから──」


 ベンチから立ち上がり、胸の前に手を当て、望美ははっきりと言葉を紡ぐ。


「それが事件の解決に繋がるのなら、私たちは恐れず他人の手を借りるべきだと思う。でないと、悲しむ人は増えていくばかりだから」


 芯の通った声には相応の覚悟が内包されていた。

 ただの楽観主義ではない。この先起こるかもしれないあらゆる物事を、真正面から受け止めようとする意志の表れだ。

 そして、彼女の理屈と覚悟を否定できるだけのものを明は持ち合わせていない。


「……やれやれ」


 明は自分に負けず劣らず頑固者の相棒に苦笑すると、改めて木津池に問いかけた。


「望美はこう言っているが、お前はどうだ? 宇宙の真理を手にするため、暗き深淵に身を投じる勇気はあるか?」


 相手に合わせた仰々しい台詞と共に、缶コーヒーを放り投げる。

 木津池はそれを見事に掴むと、いつもと変わらぬ調子でこう言った。


「真実の探求にリスクはつきものさ」

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