第十一話 三貴士
「まったく……明さんは無茶苦茶な人ですね。鼓膜が破れるかと思いましたよ」
地面から腰を上げた斗貴子が、恨めしそうな目で明を見る。
「これでも力は抑えたつもりだ。そちらと同様にな」
そう言うと、明は路上に散らばる針の一つを摘み取った。視線を向けた望美もまた、その異状に気付く。
針の先から中ほどまでを、白褐色の安全キャップが覆っていた。
「璃月さん……手加減してたの?」
「いいえ。ただ、実力の差を思い知らせれば、大人しく降参するだろうと思っていただけですよ」
そこで斗貴子はわずかに目じりを下げた。
「ですが、それは傲慢な考えだったようです。これだけの実力があれば、これからの戦いで後れを取ることはないでしょう」
「どこまでも上から目線な奴だ。もう少し悔しがって見せるのが敗者の礼儀だぞ」
「現神との戦闘経験で言えば、まだまだ私の方が先輩ですから」
すまし顔で明をからかうと、そのまま続けて、
「とにかく、約束は約束です。私の掴んだとっておきの情報をお教えしましょう」
「情報ってもしかして、現神を解放した荒神のこと?」
「おや、気付いていましたか」
「まあ、あのタイミングだったしな……」
斗貴子が現れたのは明たちが犯人について話していた最中だ。あの時の口ぶりからすると、彼女も既に同じ結論に行き着いていたのだろう。
あるいは、もっと直接的な証拠を握っているのかもしれない。
期待と不安と一抹の猜疑心を胸に、明は斗貴子の言葉を待つ。
そうして彼女が告げたのは、明にとって大きな意味を持つ情報だった。
「何人かの現神が、今わの際につぶやいていたことなのですが……現神を従えているのは、ニニギという荒神のようです」
「ニニギ……ニニギノミコトか?」
「おそらくは」
斗貴子がうなずく。
ニニギノミコト。それは記紀神話に登場する神々の中でも特に重要な役割を担っている神だ。
神々の住まう高天原から地上に降り立ち、人々を統べる王として君臨した神子。天皇家の祖先とされる神でもある。
「新たな支配者としての名を受け継ぐ荒神が、今また神々をかしずかせている……何だか寓意的ですよね」
「では、そのニニギとやらが現神を解放したのか?」
「でなければ、現神に崇拝されている理由も、彼らに殺されていない理由も思い浮かびません」
「神を従える人間、か」
どちらにせよ、人を人とも思っていないような現神が言うことを聞いているのだ。それ相当の理由があることは間違いない。
「だとすると、荒神狩りはニニギの指示ということになるが……そんなことをして何のメリットがある?」
「それはまだ何とも。ですが、神々の思惑を類推するのではなく、人の側から事件を追ってみるのも一つの手ではないでしょうか? 私は面倒なのでやりませんが」
「おい」
「だってえ……橿原市だけで十万人以上の人間がいるんですよ? そんな中から容疑者候補を絞り出すなんて土台無理だと思いませんか?」
斗貴子はぐでーっと体をかがめるポーズを取って、それからすぐに姿勢を戻した。
「……あ、それともう一つ。現神が生け捕りにしようとしているのは、猛だけではありませんよ」
「なんだと? では、他に誰が?」
思わず前のめりになる明。望美も心持ち前かがみだ。
斗貴子はかわいこぶるような仕草で首を傾けると、自身の顔を指さした。
「私も、何度か彼らに捕らえられそうになったことがあるんです。あくまで"何度か"なので、基本的には殺すつもりのようでしたが」
「その時々で向こうの対応が変わったってこと? どういうことなのかな……」
「現神も一枚岩ではないのかもしれんな。俺が思うに、王の器を求めているのは一部の派閥なんだろう」
病院での一件を考えれば、その推理はあながち間違っていないように思えた。
敵が猛を最優先目標に据えているのなら、複数の現神を投入して一気呵成に攻め立てることもできたはずだ。
しかし、実際には八十神をいくらか差し向けただけだ。猛にこだわる連中とは明らかに指揮系統が違う。
「ここからは私の推測ですが……明さんの言う王の器とは、三貴士のことを示しているのではないでしょうか?」
「三貴士?」
「スサノオ、ツクヨミ、アマテラス……古事記において、イザナギの禊払いより生まれし三柱の神を指す言葉です。該当率は三分の二ですから、可能性は高いかと」
「つまり……どういうことだ?」
明がさらに顔を近付けると、斗貴子はにっこりと笑って、
「分かりません♪」
「……………………」
どうやら彼女もこれといった仮説を立てていたわけでは無かったようだ。ほんの思い付きで言ったのだろう。
眉根を寄せつつため息を放つ明。斗貴子はそれを避けるように後ろへ下がると、
「とりあえず、今お話しできるのはこんなところでしょうか。それでは皆さんごきげんよう」
貴族のように一礼すると、斗貴子はその場で宙返り。弧を描く肢体は屋根の上へ。
明が止める間もなく、その姿は屋根の向こうに消えていった。
「……行っちゃった。もっと聞きたいことがあったのに」
「もったいぶるのが大好きなんだろう。ひねくれものめ」
「そういうところは夜渚くんに似てるよね」
「何を言う。俺は常にオープンな男だぞ」
「オープンスケベってこと? そういえばさっきも璃月さんのパンツ見てたよね」
「目の前でジャンプするのが悪い。フリル付きのやつだった……」
明はしばらく男のロマンに思いを馳せていたが、じきに正気に戻って、
「……一旦、帰るか」
「そうだね。あの二人から聞いた情報を自分なりに整理しておきたいし」
二人はうなずき合うと、その足を路地の外へと向けて、
「グッドモーニング、夜渚くん。やはり星辰の導きは俺たちの出会いを祝福しているようだね」
ダウジングロッドを両手に掲げたうさんくさい男──木津池秀夫と鉢合わせた。




