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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第七話 埋もれた神々


 それから後の数秒間は、まるで周囲の時間が停止してしまったかのようだった。

 誰もが動かず、空気が淀む。

 息苦しい雰囲気がじわりじわりと染みのように広がっていく中、明と望美は緊迫した面持ちで返答を待つ。

 門倉は長い間沈黙を守っていたが、二人分の強い視線に耐えかねたのか、とうとう観念したように口を開いた。


「……教えられないって言っても、諦めてはくれないのよね」


「当然だ。でなければ家まで押しかけたりはせん」


「そう、そうよね……」


 顔を伏せつつこめかみに手を当てる。

 門倉の両目は固く閉じられていたが、こちらからのコミュニケーションを拒絶しているようには見えない。

 悩んでいるというよりも、最後の踏ん切りがついていないだけなのだろう。


「門倉、俺たちはもはや部外者ではない。現神(うつつがみ)に命を狙われ、日常を奪われ、そして今度は友人にまで危害が及ぼうとしている」


「水野猛くん、ね。(あき)ちゃん……会長から話は聞いているわ。現神が興味を示してる子がいるって」


「ならば俺の言いたいことも分かるだろう。猛を守り、今後の戦いを生き抜くためには現状を正しく把握する必要がある。

 敵が何者で、何を考え、何を企んでいるのか。それが分からなければロクに対策も立てられん。真実を知ることもなく狩られるだけの人生など、俺はまっぴらだ」


 最後の台詞は、明の行動原理でもあった。

 理不尽は嫌いだ。特に、理由も分からぬ理不尽ほど受け入れがたいものは無い。

 後悔も、納得も、覚悟も、怒りも、諦めすらも許されず、嵐のように押し寄せる不幸に全身を打ち砕かれた後、唐突に放り出される。

 後には何も残らない。心の整理をつけることさえ叶わない。

 そんなものは、拷問と同じだ。

 知らないままではいられない。知らないままではいたくない。

 このままでは終われない。自分自身のプライドにかけて。

 だから明は、この橿原市へと戻ってきたのだ。

 そんな明の想いがほんの少しでも届いたのだろう。門倉は顔を上げると、表情の険を緩めた。


「分かったわ。ここまで深入りしてしまった以上、あなたたちも知っておいた方がいいのかもしれない」


「ありがとう、ございます。門倉先輩」


 律儀に頭を下げる望美。それを見た門倉は困ったように笑うと、


「そうかしこまらなくてもいいわよ。それに、私たちだって何でも知ってるわけじゃないし」


「武内家も掴んでいない事実があるのか?」


「そりゃあそうよ。王の器なんて言葉は会長も寝耳に水だったみたいだし、そっち関連の情報を求められても答えようが無いわ」


「むう……」


 うなる明。猛に隠された秘密が判明すると思っていただけに、アテが外れた感覚だった。

 門倉はさらに言葉を続け、


「先代の当主様にお話を伺えれば良かったんだけど、あの方は伝承を全て伝え終える前に亡くなられてしまったから。

 ……それに、会長自身もまだ明かしてないことは多いと思う。私たちに事情を説明した時、彼にしては妙に歯切れが悪かったもの」


 門倉はしばし物思いに(ふけ)った後「それでもいいかしら?」と前置きした。

 望美は首肯し、明も渋々承諾した。

 伝承の伝聞のそのまた伝聞では正確性に欠けるが、ゼロよりマシだ。居住まいを正して話を聞く姿勢に入る。


「まず荒神について聞かせてもらおう。現神はいわゆる"異能持ち"を荒神と呼んでいるようだが」


「語源は知らないけど、たぶん蔑称なんでしょうね。私はカッコいいネーミングだと思うんだけど」


 冗談めかして言ってから、門倉は視線を庭に向ける。

 視線の先を追ってみると、砂利に混じっていくつか茶色いものが見えた。樹木から転がり落ちた木の実のようだ。


「ごくたまに現れるのよ。人でありながら、人の枠を超えた力に目覚める者が」


「それが荒神だというのか?」


「伝承では"神々の力を分け与えられた存在"って表現されてるわ」


 "神々"という言葉を聞いて初めにイメージするのは、やはり現神だ。

 望美も同じ印象を抱いたらしく、胸の前で小さく挙手すると、


「門倉先輩。その神々っていうのは、現神のことですか?」


「その線が濃厚ね。私たちが出会った荒神の中には、現神と同種の異能を扱っている人も多くいたわ」


「つまり俺たち荒神は現神によって誘拐(アブダクト)されて改造手術(インプラント)を受けていた、と? そんな記憶は欠片も無いぞ」


「アブダク……ごめんなさい、何?」


「夜渚くん……先輩は木津池(きずち)くんじゃないんだから、一般人にも分かる言葉を使わないと駄目」


 不理解かつ不勉強な女二人に責められた明はひとまず黙り込んだ後、


「だいたい、わざわざ異能を授けた相手を殺しに来る奴がいるか? そんなに荒神が憎いなら、最初(ハナ)から作らなければいい」


 憤懣(ふんまん)やるかたない様子の明。門倉は笑いながらも同調するようにうなずいた。


「全部が全部現神の仕業と考えるのも難しいわね。偶然力に目覚めた人だっているでしょうし、実際、現神が封印されていた時代にも荒神はいたんだもの」


「封印、ということは……」


「そう。現神も八十神と同じく、この飛鳥地方に封じられていたのよ」


 人差し指を立てながら気取ったように微笑む門倉。

 後輩相手に渾身(こんしん)のキメ顔を作り終えた後、彼女はふと顔の力を抜いた。


「武内家に与えられた役目は、封印の維持。彼らは荒神の力を借りながら、飛鳥地方の各所に点在する遺跡を監視していたらしいの」


「荒神と?」


「普通の人間だけだと遺跡の入り口に辿り着けないのよ」


「やはりか。……と、話の腰を折って悪かった」


 片手を振って続きを促す。

 門倉は腰を上げると、外の景色を眺めつつ、


「明治の終わり頃になると、監視の役目は周辺の見回り程度に縮小されて……遺跡や神々の存在も、徐々に架空のおとぎ話とみなされるようになっていった」


「えっ……? どうしてそんなことになったんですか?」


「一番の理由は荒神がいなくなってしまったことね。荒神の素養はある程度遺伝するみたいだけど、実際に異能に目覚める者はごくわずか。その力が何世代先で開花するのかなんて、誰にも分からないのよ」


 人口の増加や社会の複雑化によって新たな荒神を探すことが難しくなったのも原因の一つだろう、と門倉は語る。

 荒神がいなければ遺跡を目にすることはできない。伝承の真偽を確かめる術が無くなった時点で、一族の使命感は少しずつ薄らいでいった。


「……だけど、八年前を境に状況は一変した」


 門倉の声がにわかに重みを増した。


「実はね、ここ数年、橿原市内で荒神になる人間が急増してるの。そして、そのことに気付いたのは先代の当主……会長のお爺様だった」


 地域の顔役として知られていた先代当主・武内源助は、各地から寄せられる様々な怪情報を分析し、荒神が実在することを確信していた。

 彼は同時に、荒神を狩る何者かがこの町に潜んでいることを知る。

 異能の使い手をたやすく(ほふ)り去るほどの存在……源助の脳裏に浮かんだのは、自分たちの一族が封じていたはずの現神と八十神だった。


「お爺様はたった一人で遺跡を探しに向かったらしいわ。たぶん、封印がちゃんと機能してるのか確かめたかったんだと思う。

 だけど、帰ってきたのは冷たくなった亡骸(なきがら)だけ。外傷は無かったし、もうずいぶんなお年だったから、警察も殺人事件だとは思わなかった」


 それは武内家も同じだった。

 加えて武内暁人の母は現実的な女性であったため、源助の行動が意味することを深く考えようとはしなかった。

 息子の暁人は、厳格な祖父が最期に見せた奇行に釈然としないものを感じながらも、いつも通りの日常を過ごしていた。


「だが、お前たちはここでこうして事件に関わっている。いったい何がきっかけで、先代の話を信じる気になったんだ?」


 門倉は外を見たまま右手を上げる。手のひらを水平に向けると、何かを支えるような姿勢を取った。


「お爺様の正しさを証明する、生きた証拠が現れたからよ。ここにね」


 手のひらの上には、淡く輝く光の球が浮かんでいた。

 それは紛れもなく、立体駐車場で明が見たものだった。

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