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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第五話 古都古街にて

深夜ごろにもう一話投下する予定です。

 橿原市街の中心部から歩くこと数分。

 行政施設の立ち並ぶ通りを抜けると、小川の向こうにひときわ古風な街並みが見えてくる。

 砂利を固めたモダンな道に、時代劇で目にするような漆喰(しっくい)塗りの木造家屋。

 江戸時代の伝統的な風情を色濃く残したその区画は、市内有数の観光地として人々の注目を集めている。

 重要伝統的建造物群保存地区・今井町。

 武内暁人(たけうちあきと)の邸宅はその一角に腰を下ろしていた。


「ここがあの男のハウスか」


 怪鳥の襲撃から一夜明けた今日、明たちは武内に会うため今井町を訪れていた。

 武内の住所を突き止めるのはそれほど難しい作業ではなかった。望美の念動力と明の音波探知を駆使すれば、夜の職員室に忍び込んで生徒の連絡先を入手することなど造作も無い。

 万一露見すれば退学ものだが、こちとら人の命がかかっているのだ。多少ダーティな手段でも迷わず利用するべきだと明は考えていた。


「大きな家だね……。庭の広さだけで私の家の三倍ぐらいありそう」


 門扉の先に見えるのは古式ゆかしい和風庭園。庭を挟んだ向こう側には平屋の家屋がいくつも並び立つ。

 庭の正面、枝葉を左右に突き出す松の大樹を仰ぎながら、望美が気の抜けた息を漏らした。


「なるほど、奴の態度とガタイのデカさは育ちの良さから来るものか。ナチュラルボーンブルジョアジーめ」


「夜渚くんはプロレタリアート派?」


無党派(ノンポリ)に決まっている。無駄に偉そうな奴が気に食わないだけだ」


「……そういう人、毎日鏡で見てるんじゃない?」


「背後霊か何かか? 悪いがスピリチュアルな現象は信じないことにしている」


 半目になった望美をよそに、明は前に進み出る。

 脇の表札に目を向け、近くにあるべきインターホンを押そうとして、


「おい、インターホンが無いぞ」


「昔ながらの景観を壊さないように、とか?」


「そんなわけがあるか。他の家には普通に付いていたぞ」


「お父さんかお爺さんが昔かたぎな気質の人なんじゃないかな。会長さんも気難しそうな人だし」


「どういうこだわりだ。一族総出で近代文明を否定する気か」


 もしや電気すら通っていないのでは? と一瞬恐ろしい考えがよぎったが、真実を確かめる勇気は無かった。

 明は首をひねりつつ、敷地の中を覗き込む。

 時刻は午前八時。平日であれば多くの人々が活動を始める時間帯だが、あいにく今日は土曜日だ。

 路地を行き交う人々は数えるほどで、武内邸から聞こえる音もごくわずか。使用人の姿も見当たらない。


「こういう時、黒鉄(あいつ)なら喜々として門を乗り越えるんだろうが……」


 ここに来たのは明と望美だけだ。黒鉄(くろがね)はまだ病院にいる。

 どうやら彼は猛が目覚めるまでの間、一人で寝ずの番をするつもりのようだ。

 口にこそ出さなかったが、明は黒鉄の献身にいたく感じ入っていた。

 いくら友人のためとはいえ、たった一人で命を張ることなどそうそうできることではない。見上げた心意気だ。

 なればこそ、自分たちは彼の覚悟に見合うだけの結果を持ち返る必要がある。この程度の障害で足踏みをしているわけにはいかないのだ。


「……よし」


 明は気合いを入れると、門扉の上から上半身を乗り出した。


「何をするつもりなの?」


「そう不安そうな顔をするな。ごく原始的な伝達手段を活用するだけだ」


「原始的な?」


 望美の疑問に、明は深い吸気をもって答えを示唆(しさ)する。

 両手のひらを口に添え、肺に含めた空気が吐き出されると同時、声帯に強く力を入れた。


「たのもう!!」


 抜けるような青空に大音声(だいおんじょう)(とどろ)いた。

 望美の体が小さく跳ねる。


「なっ……何事よっ!?」


 隣の家から着物姿の少女が飛び出し、通りを歩く観光客がそそくさと通り過ぎていく。どこかの家から「朝っぱらからうるせえぞ!」という罵声が聞こえてきた。

 それでも武内邸に動きは無かった。


「ふむ、言葉選びを間違えたか? 『討ち入りじゃー』にするべきだったか」


「刀を構えたお侍さんがいっぱい出てきそう」


「実に心躍る展開だな。試しに一度──」


「試すんじゃないわよっ! 近所迷惑なことはやめなさーい!」


 背後からの金切り声が明を振り向かせる。

 そこにいたのは、今しがた出てきた着物の少女だった。

 着物の色は落ち着いた群青色をしているが、かんざしでまとめた髪は華やかな紅色だ。

 彼女の髪色と目鼻立ちに該当する人物を思い浮かべ、明はその名前を口にした。


門倉眞子(かどくらまこ)、か?」


 名前を呼ばれた生徒会副会長は、腰に手を当てながら静かに嘆息したのだった。


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