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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第三章 蒼き夜空を統べる者
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第二話 院内戦線

 明の奇襲をもろに受け、先陣を切っていた八十神(やそがみ)が崩れ落ちた。


「花も持たずに見舞いとは、無粋極まる男だな」


 明は体をひねってすかさず肘打ち。部屋の外まで突き飛ばし、増援の進行を妨害する。

 さりとて効果は一瞬だ。事切れた八十神は後続の二人を転倒させた後、加熱したロウソクのように溶け消えてしまう。

 腰を落とした明が、倒れた二人に駄目押しの振動波を注ぎ込む。

 と、その頭上で光がきらめいた。

 きらめきの正体は刀身の反射だ。逆手に握った刀を突き立てようと、新たな八十神が忍び寄っていた。


「させない」


 低いささやきが鼓膜をくすぐり、明の上を何かが飛び越えていく。

 直後、響いたのは鋭い高音。望美の放ったシャープペンが八十神の額を穿(うが)ち抜いた。


「夜渚くん、敵はこれで全部?」


 明は廊下をぐるりと見渡し、耳を澄ます。


「今のはほんの小手調べだ。まだまだ来るぞ」


 曲がり角の向こうからはいくつもの足音が近付いてくる。音の種類から推測するに、皆八十神だろう。

 彼らの目的は猛の確保だ。この部屋にいる限り戦闘は避けられないし、逆に言えばここさえ保守していればいい。

 だが、そんな安易な守りの姿勢を明は選ばない。


「どうするの? 私は、ここに立てこもるのも一つの手だと思うけど」


「現状維持はジリ貧でしかないというのが俺の持論だ。こちらから打って出るぞ」


 望美は何か言いたげな表情だったが、すぐに病室を出ると八十神の残骸からシャープペンを拾い上げた。

 明は室内に目を向ける。黒鉄は猛の傍を離れず、窓枠から鋳造した黒刀を担いでいた。


黒鉄(くろがね)、俺と望美はこれから敵の本隊を叩きに行く。その間、猛のことを頼めるか?」


「はっ、誰の心配してんだよ。てめえこそしくじるんじゃねえぞ」


 鼻先で笑うと、刀の背で自らの肩を叩く。自然体な動作に気負いは見られなかった。

 ならば良し。この情(あつ)き男に本陣を任せることに何の憂いも無い。

 明は病室に背を向けると、望美と共に長い廊下を走り出した。


「撃破数はちゃんとカウントしとけよ。負けたら一週間パシリだかんな!」


 馬鹿が何か言っていたが無視した。明は早くも自身の決断を後悔し始めていた。


「……夜渚くん、駄目だからね」


「早まるな望美。この俺があんな下らない挑戦を受けるわけが無いだろう」


「でも、夜渚くんって割とすぐムキになるし」


「それは単なる思い込みだ。俺が冷静さを失ったことが一度でも……まあこの話は後にしよう」


「はぐらかした……」


 T字の分岐点に差し掛かったところで、足を踏み込み急停止した。激しい摩擦でリノリウムの床が鳴く。

 横に伸びる廊下の先に八十神はいない。何人かの看護師たちがおびえた様子で壁際に張り付いているのが見えた。


「すみません、さっきの変な人たちはどこからやってきたんですか?」


 望美が尋ねると、白衣の男は震える指先で近くの階段を示した。


「上の階から降りてきたんだ。怪しいと思って声をかけたら突き飛ばされて……」


「上、か」


 明は壁に手を当て、上層から伝わる振動波を探った。

 注意するのは人の足音、もっと限定して言えば"誰かの走る音"だけ。

 面会時間の終わりつつある現在、院内に留まっているのは大半が職員と体の弱い入院患者だ。そんな中、激しい足音を響かせている者はそう多くない。

 侵入経路を特定するのは造作もないことだった。


「望美、屋上だ。急ぐぞ」


「ん、分かった」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 危険なことはやめて大人たちの指示に──」


 男が言い終える前に明は階段を駆け上がっていた。

 三段飛ばしで上りつつ、踊り場からダイブしてきた二人に突撃する。


「片方は任せた!」


 叫びに合わせて相手に頭突きを食らわせた。

 階段の中腹でぶつかりあう明と八十神。のしかかる重みに足が止まり、背筋がのけ反り始める。


「この……しつこいぞ!」


 かかとを踏ん張り、頭から振動波を送り続ける。

 そして数秒後。八十神の体がずるりと崩れたことで、明はどうにか後頭部からの転落を回避することができた。

 下方に目を向けると、望美はもう一人を危なげなく処理していた。


「夜渚くんはもう少し落ち着いて行動した方がいいと思う」


「性に合わん。時は金なり、だ」


 言葉通りに移動を再開。二階分上ったところで、またもやダイブしてくる影が見えた。

 が、今度は八十神ではなかった。


「人っ!?」


 それは突撃ではなく攻撃。

 上階に立つ八十神が、入院服を着た女性を投げ落としたのだ。


「ちいっ……!」


 明は迷わず飛び出し、女性を受け止めた。


「きゃあっ!」


 華奢な体は驚くほど軽かったが、それでも人一人分だ。バランスを崩した明は女性ともども踊り場に投げ出された。

 それは同時に、八十神に無防備な姿を晒すことにもなる。

 もっとも、その時点で八十神が生きていれば、の話だが。


「グッジョブだ望美。あの馬鹿と違って仕事が早い」


 明が体を起こした時、八十神は望美のシャープペンミサイルによって心臓を貫かれていた。

 今のを見られていたら言い訳が面倒だな、と思いながら、明は女性に声をかけた。


「怪我は?」


「す……少し驚いたけど、大丈夫よ。ありがとう」


「そうか。なら俺たちはこれで」


 病衣の汚れを払ってやると、急いでその場を後にする。


「あっ、ちょっと待って!」


 女性に構わず屋上を目指す。

 でまかせとハッタリは得意だが、さすがに目の前で起きたスプラッターな光景を上手くごまかせるほどの自信は無かった。こういう時は逃げるに限る。


「ところで……夜渚くんは気付いてる?」


 道中、不意に望美が話しかけてきた。明は足を止めずに答えを返す。


「白い霧が出ていない、か?」


 望美は首肯。


「おかしいよね。いつもならあれを使って私たちの動きを制限するはずなのに」


 それは自分も気になっていた。

 現神や八十神は、襲撃の際に決まって白い霧を使用する。

 人々の目をくらまし、外界からの干渉を防ぐ謎の結界。

 猛の時は突発的な戦いゆえに霧を展開している暇が無かったのだろうが、今回はあちらから仕掛けてきた戦いだ。使わない理由が無い。


「少なくとも、俺たちにとって歓迎すべき状況であることは確かだ。というか、夜の病院で停電など起きたら大惨事だしな」


「じゃあ、敵にとっては?」


「答えはこの先にある」


 数段上の踊り場に、屋上への入り口がぽっかりと空いていた。

 青銅色の扉は外側から破壊され、冷たく乾いた強風が津波のように吹き込んでくる。

 その流れに意志と力で逆らいながら、明は屋上に踏み込んだ。


「……っ!」


 ほんの一瞬、視界が闇に包まれた。あまりにも暗いそれは、夜の闇とは違う。


「これは……影か!」


 巨大な影が星々を覆い隠していた。

 影の形は鳥に似て、二対の翼は天使のよう。

 大空を優雅に駆ける怪鳥が、遥か高みからこちらを見下ろしていた。



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