第二十二話 誓いの吠声
体中の血液が熱く滾り、鼓動が痛いほどに響く。
なけなしの理性で激情を抑えながら、明は仇敵──タケミカヅチを睨め上げた。
「貴様が、鳴衣を……」
口をついて出たのは、自身の声帯から出たものとは思えないほど暗い声だった。
傍にいた武内までもが顔をしかめ、何事かと問うようにこちらを見る。
だというのに、当のタケミカヅチには何の変化も見られなかった。
「……照合完了。なるほど、確かに自分は同種の個体と遭遇している。当時は気付かなかったが、お前もあの少女と同じく荒神因子を有していたようだな」
それは返答であって返答ではない。タケミカヅチの言葉は、明に向けられたものではない。
ただの事実確認。目の前の事象を声という形で記録しているだけの、自己完結した行動だ。
タケミカヅチは明を「個」として認識していない。おそらくは武内のことも、そして、鳴衣すらも。
埋めようのない断絶。狂気的な無関心。
きっとこの男は何ら感情を動かすことなく、草木の剪定でもするかのような気軽さで、妹の命を奪ったのだろう。
そして今、何食わぬ顔で明の前に現れた。
はらわたが煮えくり返りそうな気分だった。
この七年間、明は常に事件の影を引きずりながら生きてきた。悪夢にうなされ、眠れぬ夜を過ごしたことも一度や二度ではない。
父だってそうだ。母だって。多くの人々が、あの惨劇によって人生を狂わされてきた。
(なのに、こいつは……! どうしてこんなにも平気な面をしていられるんだ……!?)
許せない。こいつだけは、絶対に許してはならない。
だが、その怒りをぶつける前に、確かめなければいけないことがあった。
握りしめた拳をゆっくりとほどき、抱えていた猛を地面に寝かせる。
冷静に、と自分に言い聞かせながら、宙空に佇むタケミカヅチに問いかけた。
「貴様は、現神なのか?」
「肯定する」
「先ほど、『あの少女と同じく』と言っていたな。つまり……鳴衣は荒神だったのか? だから殺されたのか?」
「肯定する」
明は目を閉じ、もう一度「冷静に」と唱えた。
そうして少し間を置いてから、
「なぜ荒神を殺す? 何が目的だ?」
「自分はその情報を開示する権限を有していない」
「その権限とやらを持っているのは誰だ?」
「自分はその情報を開示する権限を有していない」
繰り返される発言は全く同じものだ。
機械のように抑揚が無く、亡者のように冷たい。タケミカヅチの声には、生ある者なら誰もが持っているはずの情動が感じられなかった。
果たして本当の意味で意思の疎通ができているのか、明には分からなくなっていた。
「……そうか。だが、これだけは教えてもらうぞ。今、鳴衣はどこにいる?」
どうせロクな答えは返ってこないのだろうが、と思いつつ、最も気がかりだったことを聞いてみた。
もはや妹の死を覆すことはできないが、せめてまっとうな形で弔ってやりたい。それは、不出来な兄が妹にしてやれる数少ないことの一つでもある。
ごまかしなど許さんとばかりに眼力を強め、タケミカヅチをけん制する。
しかし、そのような駆け引きをする必要は無かった。
これまでの質問と同様に、タケミカヅチの返答は迅速、かつ簡潔なものだった。
「あの検体は既に解析を終え、廃棄処分とした」
「──っ!!」
心の中で燻っていた火種が、一気に点火した。
それは爆発にも似た勢いで燃え広がり、明の心を焦がす。
無意識の叫びに突き動かされ、明は前に飛び出していた。
構えた右手に最大級の振動波を練り上げ、タケミカヅチの膝元向けて疾駆する。
だが、その動きを背後から止める者がいた。
「馬鹿者が! 挑発に乗るな!」
武内の一喝。大砲のような一声がしたたかに耳朶を打ち、明は思わず足を止める。
直後、明の鼻先を極大の光がかすめていった。
二度目の落雷。
波打つ地盤。舞い上がる土煙。先ほどよりもさらに規模が大きい。
あのまま突っ込んでいれば、自分は跡形も無く消し飛んでいただろう。
爆風に煽られて絶句する明を、タケミカヅチが見下ろす。何も感じ取れない空っぽの視線が、ただ観察を続けている。
不気味な膠着状態が数秒ほど続いた後、タケミカヅチが動きを見せた。
明たちから視線を外すと、脇道の植え込みに顔を向け、淡々と告げる。
「対象の離脱を確認した。作戦を終了する」
「……まさか」
この状況で"対象"という単語が指しているもの。それは一つしかない。
我に返った明が急いで植え込みに走り寄るが、そこにはもう何もいなかった。
「逃げられたか……!」
大失態だ。タケミカヅチに気を取られるあまり、猛に寄生していた異形を取り逃がしてしまった。
感情的に歯噛みする明と、無言のまま表情を険しくする武内。
そんな二人を前にしたタケミカヅチは、やはり無反応だった。
興味を失ったかのように背を向けると、彼らを残して天高く上昇していく。
「待て! 逃げる気か!?」
「肯定する。自分は目的を達成した」
「ふざけるなっ! こちらの用はまだ終わっていない!」
明が必死に叫ぶが、タケミカヅチは振り向かない。
「現在、自分の最優先事項は荒神討伐ではない。お前たちの対処は他の現神に任せるとしよう」
その言葉を最後に、タケミカヅチは赤焼けの空に消えていった。
もはや、振り上げた拳を届かせることはできない。
だが、それでも明は拳を下ろさなかった。
「……今に見ていろ、タケミカヅチ」
にじむ涙を拳でぬぐい、高く掲げて真っ直ぐ伸ばす。
「今に見ていろ、現神……!」
いつか必ず、届かせてみせる。
想いを宿し、拳の先を突き上げた。
「貴様らの企みは、この俺が叩き潰してやる……!」
天に満つるは誓いの吠声。
明の決意はこだまとなって、果て無き空に広がっていく──。
二章終了。
三章の前に間章とこれまでのおさらいを挟みます。




