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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第二十一話 怨敵、出現

「がっ──!!」


 掌打を受けた猛がうめき、その体を震わせる。

 揺れの程度はごく微小。だが、内部にいる何者かはその数十倍の振動を味わっていることだろう。

 詳しい原理は音叉(おんさ)と同じだ。明の放った振動波は、同じ波長の振動数を持つものだけに効果を及ぼし、激しく共鳴させる。

 効果は予想以上だった。猛の顔が激痛に軋み、制御を失った水龍たちがシャボン玉のように割れていく。

 彼らの死骸が降らせる雨に打たれながら、明は猛の胸ぐらを掴んだ。


「お前に選択肢をやる。このまま死ぬか、大人しく猛の体から出ていくか。十数えるうちに決めろ」


「ふざ……けるな……!」


 充血した目。怒りと憎しみの発露。しかし明はひるまず、


「九。ふざけてはいない」


「なら愚か者だっ……! 自分がどれほど尊い存在に楯突いているのか、理解しているのか……!?」


「知らんな。八」


 もはや細胞が引きちぎれてもおかしくないレベルのダメージを受けているだろうに、まだ粘る。

 その根性、そして執念には敵ながら舌を巻く。もっとも、手心を加えるつもりは毛頭無いが。


「ようやく……ようやく王の器を手に入れたんだ……っ! こんなところで手放して、たまるか……!」


「七。……器だと? まあ、その話は後でいいか。六」


「いいから、どけと、言っている……! 下等な荒神が、このぼくの、」


「面倒だ。ゼロ」


 胸ぐらをさらに引き寄せ、壮絶に笑う。その脅しが決定打となった。


「くそっ、覚えてろ……!」


 猛の動きが不意に停止し、強張った四肢から力が抜けていく。

 直後、明は目撃した。猛の体から"何か"が出てくる瞬間を。

 それは首の後ろから染み出るように生まれ落ち、リスのように背中を這い降り、素早い動きで植え込みの中に逃げていく。

 夕闇のせいではっきりとした姿形は分からなかったが、それほど大きな生物ではないようだ。


「武内!」


 倒れ込む猛を抱き留めながら、明が叫ぶ。武内は既に動いていた。


「逃がさぬぞ!」


 植え込みの終端へと猛進する武内。踏み出す一歩は常人の十歩にも勝る。

 武内の卓越した身体能力をもってすれば、逃げる敵に追いついてとどめを刺すことなど造作も無いだろう。

 だから、これで終わりだ。

 そう思っていた。

 しかし、次に起きたことは明の想像を超えていた。

 異変の(きざ)しは天にあった。フラッシュを焚いたような閃光が空を横切り、直後に視界がホワイトアウトする。

 ──爆音。

 激震。

 それら二つを従えて訪れたのは、青白い光の柱。落雷だ。

 着弾地点はすぐ近く。強烈な刺激が五感を揺さぶり、明の体をよろめかせた。


「く……!」


 四股(しこ)を踏みつつ耐えしのぎ、かすむ両目を光の中心に向ける。

 ぼんやりとした視界が明瞭さを取り戻し、再びその目が焦点を結び始めた。

 まず見えたのは武内だ。道のただ中で立ち往生しつつ、苦虫を噛み潰したような顔で上空をにらんでいる。

 次に見えたのは穴。先ほどの落雷によるものか、公園の一点に大きな穴が空いている。

 そして、穴の上には大きな人影が浮かんでいた。

 ぼろの着物と古びた麻布で全身をくまなく覆った、ミイラのような男。

 どこか八十神(やそがみ)を彷彿とさせる衣装だが、三メートルを超える巨体と広い肩幅は、やせ細った八十神とは比べるべくもない。

 着物の袖口からは、白銀の輝きを放つ刀が一振り、その切っ先を覗かせていた。

 見覚えのある刀だった。

 忘れたことは無い。

 忘れるはずが無い。

 その刀が血に染まる瞬間を、妹を惨殺する瞬間を、明はこの目で見たのだから。

 今度こそ、間違いない。七年前の記憶と、寸分違わず同じ姿。

 こいつが。こいつこそが。


「あの時の、殺人鬼……」


 そうつぶやいた時、男が明に顔を向けた。

 顔、といってもこちらからは麻布しか見えない。

 のっぺらぼうと相対しているかのような不気味さそのままに、男は無機質な声を響かせた。


「殺人鬼? そのような呼称は設定されていない。自分の個体名称は、タケミカヅチだ」


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