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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十七話 気付き


 耳成山(みみなしやま)の南口付近には、大きなため池を(のぞ)む広場がある。

 アスレチックや滑り台、丸太組みの休憩所等を備えたオーソドックスな市民公園だ。

 日没近くということもあってか、園内に人気は無い。

 池のほとりに響くのは、明と猛が砂地を踏みしめる音だけだ。


「このあたりで大丈夫だよ、明。あとは自分一人で帰れるから」


「悪いが黒鉄(くろがね)に脅迫されていてな。お前をちゃんと自宅まで送り届けないと、何やらとんでもないことになってしまうらしい」


「あはは、そりゃご愁傷さまだ」


 のんきそうに笑う猛。明は嘆息して、


「笑い事なものか。道端で突然気を失った(・・・・・・・)から心配したんだぞ」


 無論嘘だが、表向きはそういうことになっている。

 猛には何も知らせず、何も関わらせない。これは、黒鉄のたっての希望でもあった。


「あいつ、俺が狙われてるって知ったら絶対首突っ込んでくると思うんだよ。その、うまく言えねえけどさ。そういうのはやっぱ、やべえだろ?」


 そう言って頭を下げる黒鉄は、かつてないほどに真剣だった。

 その後、明は望美と別れ、名残惜しそうな顔の黒鉄とも別れて今に至る。


「もう一度聞くが、体に不調があるわけでは無いんだな? なんなら今から救急車を呼んでもいいんだぞ」


「大丈夫だって。たぶん日頃の疲れが出たんだと思う。最近はいくら寝ても眠気が取れなくて」


「勉強のし過ぎだな。勤勉なのは美徳だが、猛はほどほどに息を抜くことを覚えた方がいい」


「リョウにも同じことを言われたよ。お前は年中ハムスターかよって」


「ナマケモノがそれを言うのは皮肉だな。お前と黒鉄、足して二で割るくらいがちょうどいい」


「明はうまいこと言うね。今度、リョウの爪垢を(せん)じておくよ」


 猛はまた笑って、心持ち足を速めた。

 それを見て明は減速。自然と猛の背中を拝む形になる。

 猛の足取りは堅調そのものだった。背筋を真っ直ぐ伸ばしたお手本のような姿勢だ。

 明は聴覚を研ぎ澄ませ、彼の鼓動に耳を傾ける。

 心音は安定していた。


(現時点では、な)


 夕日に背を向け、無言で歩く。

 長く伸びる影が、前を行く猛の足にまとわりついていた。

 ……と、公園のちょうど真ん中まで来て、不意に明の足が止まる。

 そしてそのまま、世間話でもするような調子で口を開いた。


「なあ、どうして地下だと思ったんだ?」


「え?」


 立ち止まる猛。


「耳成山でのことだ。黒鉄は『遺跡探検』としか言わなかったのに、お前は『地下には何があった?』と尋ねてきた」


「……そうだっけ?」


「なぜ地下遺跡だと思った? 住居の跡という可能性だってあるじゃないか」


「うーん、特に何か意識して言ったんじゃないからなー。なんとなくのイメージでそう言っちゃったのかも」


 振り向くことなく答え、すぐさま歩き出そうとする。

 その背中に二つ目の質問が刺さった。


「お前は、帰宅した後に昏倒事件を知ったと言っていたな」


「そうだけど?」


「それは妙だな。俺の記憶が確かなら、あの日お前は書庫の整理を手伝うと言っていたはずだ」


 猛の心音が、わずかに乱れた。


「昇降口で俺たちと話した後、お前は書庫に向かった。それから間もなく昏倒事件が起きた。……いつの間に帰宅していたんだ?」


 つま先で地面を擦り、砂利を鳴らす。視線は猛を捉えたままだ。

 直後、猛が機敏に向き直った。


「ああ、そのこと? あの日はぼく以外にもたくさん助っ人が駆けつけてくれたから、あっという間に作業が終わっちゃったんだ。もう少し遅れてたら、ぼくも巻き込まれてたかもね」


「そうか。それは幸運だったな」


 何の感慨も無く言って、わざとらしいうなずきを返した。

 猛の表情は変わらない。それを見据える明の顔も。

 ただ、次に来る言葉はやや鋭さを増していた。


「なぜ、気絶したふりをしていた?」


 心音が大きく乱れた。


「えっと……ごめん。何のこと?」


 猛は腕を軽く広げて、笑う。

 やけに大げさなリアクションは、頬の引きつりをごまかしているようにも見えた。


「しらばっくれるな。お前の呼吸は不自然過ぎた。気絶している者のそれとはまるで違う」


「気のせいじゃないの? っていうかさ、きみは気を失ってる人の呼吸を聞き比べたことなんて無いでしょ?」


 呆れたように口を歪める猛。だが、明は事もなげに、


「あるぞ。つい先週のことだ」


「……あー、なるほどね」


 猛は大きく息を吐くと、右手で顔を覆った。そして沈黙。

 明も動きを止めて、じっと猛の答えを待つ。

 過ぎゆく時間。

 静寂の中、遠くから踏切の警報音が聞こえた。

 ざわめくような電車の通過音が抜けていく。その音に驚いたのか、一羽のカラスが街灯の上から飛び立った。

 電車もカラスもどこかに消えて、公園に静けさが戻る。そんな時だった。


「……ごめん、ぼく、嘘ついてた」


 再び猛が顔を見せた。苦渋と悔恨をありありと浮かべ、その瞳は伏し目がちだ。


「途中からずっと起きてたんだ。だけど、目の前で起こってることが理解できなくて、怖くて……だから、見て見ぬふりをしようとした」


 もう一度「ごめん」と言って、頭を下げた。

 明は一瞬の間を置いて、


「あまり気に病むな。いきなり超能力バトルが始まったら、たいていの者はそうなるさ」


「ありがとう。でもやっぱり、情けないよね」


 顔を上げた猛は、ばつの悪そうな顔で鼻を拭っていた。

 しかしすぐに気を取り直すと、決意を込めた眼差しを明に向ける。


「安心して。今日のことは誰にも言わないし、きみたちの事情を詮索するつもりも無いから」


「物分かりが良くて助かる」


「身の程を弁えてるだけだよ。人にはそれぞれの役割ってものがあるからね」


 首を傾げて「だろ?」と尋ねる。明は社交辞令のように相槌を打った。


「じゃあ、この話はこれでおしまい。ぼくは何も手助けしてあげられないけど、きみや良太郎の無事を陰ながら祈ってるよ」


 屈託の無い笑顔が、殺伐とした空気を解きほぐしていく。

 明も応じて笑みを作る。もう、疑念は無くなっていた。


「ところで、もう一つだけ聞いてもいいか?」


「ん? なんだい?」


「お前は誰だ」


 疑念"は"消えた。あるのは絶対の確信だけだ。

 猛の心音はいたって平静。さざ波程度の揺らぎすら感じ取れない。

 だが、明は迷わず飛び退いていた。

 その動きは予測によるものではなく、本能的なもの。

 明の生存本能、いわば野生の勘とでも言うべきものが、最大音量でアラートを鳴らしていた。


「……っ!」


 ガラスのように透き通った何かが見え、刹那の後に地面が吹き飛んだ。

 破壊を成したのは、水だ。

 直上から落ちてきた水柱が、その質量と密度でもって砂地を穿(うが)ったのだ。


「あーあ、これだから荒神って嫌いなんだ。弱っちいくせに鬱陶しい奴ばーっかり。ホントやんなっちゃうよね」


 聞き慣れた声が、聞き慣れぬ調子で響く。それこそが違和感の正体だった。

 そして明は見る。

 先ほどの水柱が、飛び散ることなくその形を維持しているのを。

 まるで、見えないチューブの中に水が詰まっているかのようだ。

 猛が指を鳴らすと、水柱は鎌首をもたげる。柱の根元はため池に繋がっており、大地を削った先端は龍の頭に似ていた。


「水の、龍……」


 その威容を仰ぎながら、明は猛を……猛の皮を被った何者かを見やる。

 後方のため池では、二体目三体目の水龍が次々と産声をあげていた。

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