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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十六話 一件不落着


 屋上に一陣の風が吹く。

 霧のカーテンはその身を大きく(ひるがえ)した後、秋空の彼方に溶けていった。

 明は晴れた空を見上げ、(まぶ)しそうに手をかざす。明るさに目を慣らしてから、視線を床に落とした。

 そこには黒鉄(くろがね)が、ふてくされたように座り込んでいた。


「ご苦労だった」


「相っっっ変わらず偉そうだなてめえは。いい加減シメんぞ?」


「ねぎらっているのだから、素直に受け取ればいいだろう。それで、気は済んだか?」


「……別に、キレてたわけじゃねえっての。猛は生きてたんだから、それでいいんだよ」


「そうか」


 明は床に膝をつき、黒鉄の前に落ちているものを拾い上げた。

 鋳造されたばかりの石刀……の、残骸だ。ほとんどの部分は、イワツチビコの死亡と共に溶けてしまった。


「で、またこれが残るのか」


 断面を叩くと、緑の玉が転がり落ちた。アメノウズメの時と同じ、勾玉もどきだ。


「あん? 何だそりゃ?」


「知らん。だが、現神(うつつがみ)は皆この玉を遺していく」


「ふーん」


 黒鉄は興味無さげに言ってから、どっこいせと腰を上げた。


「まっ、どうでもいいだろ。向かって来たらブッ潰す。それだけだ」


「頭が軽くて結構なことだ」


「おうおう、年中虫歯みてえな面したアホが何か言ってやがるぜ」


 顔を近づけ、火花を散らす二人。

 そんな時、明の背中が控えめに叩かれた。

 振り向くと、望美が困ったような顔でこちらを見つめていた。


「止めるな望美。こいつにはもう一度実力の差というものを教えてやらねば」


 拳を握って強弁する明。が、望美はそれに取り合わず、


「うん。それはもうどうでもいいっていうか、いちいち反応するのに疲れたっていうか、この際二人の好きにしてくれたらいいんだけど」


「けど、何だ?」


「さっきから建物がミシミシ鳴ってる」


「……………………」


 明の呼吸が止まり、表情が凍り付く。黒鉄もそれに(なら)って停止。

 時間の止まった屋上に、打ち下ろすような強風が届く。

 明が感じ取ったのは、波のような揺れ。そして、気持ちの悪い浮遊感だ。

 揺れに合わせて聞こえる音は、酷使された遊具の軋みに似ている。


「たぶん、戦闘で建物が傷ついたせいだと思う。また強い風が吹いたら、まずいかも」


「よし、帰るか」


「俺もそうすっかな!」


 満場一致でそういうことになった。

 明は猛を担ぎ直すと、屋内目指して一歩を進み、


「ん?」


 嫌な気配を感じる。

 視線を右に滑らせると、屋上の隅に黒い線が見えた。

 線はギザギザに蛇行しながら床一面に広がっていく。何かが割れるような音を伴って。

 亀裂だった。


「だから言ったのに……」


「後悔先に立たずだ! それより急げ!」


 たちまち大きな振動が響き、終わりの始まりを伝えてきた。

 疲労を無視して全力で走る。が、そんな彼らをあざ笑うように崩壊は進む。

 どうする? エレベーターでは間に合わない。避難器具は落とされた。徒歩はもっと無茶だ。ならば非常階段……は、鉄骨竜の素材になっていた。


(詰んだ、か?)


 柄にも無くそう思い始めた時、視界の端に不思議なきらめきが見えた。

 何と言い表すのも難しいが、あえて名前を付けるのであれば、光の球だ。

 そこにある空間が薄く光を帯びて、球の形を作っているのだ。


「その光に飛び込んで!」


 続いて、明の耳は少女の声を聞いた。

 どこかで聞いたような声だったが、あいにくそんなことを考えている場合では無い。

 罠か、助けか。

 瞬時に思考し、いちかばちかに賭けることにした。


「よく分からんが、現状では頼る他ないか……!」


「罠じゃなければいいんだけど……」


「そんときゃ全部転校生のせいだかんな!」


 三人は我先にと光の中に体を投げ出した。


「ぐっ……!」


 途端、目が回るような感覚に襲われた。

 明滅し、暗転する世界。

 よろめきつつも踏ん張って、猛を取り落とさぬよう注意する。

 再び世界に色が戻ってきた時、立体駐車場は倒壊していた。

 巻き起こる粉塵。クラクションの音。行き交う人々は足を止め、一様に驚きの声を上げる。

 その様子を、明は遠く離れた路上から(・・・・・・・・・)眺めていた。


「……いつの間に」


 自分の身に起きた現象が信じられない。

 確かめるように頬をつねり、ついでに黒鉄の頬もつねり、口直しに望美の頬に触れた。


「……夜渚くん、流れるようにセクハラするんだね。ちょっとビックリしちゃった」


「すまない、気が動転していた。すべすべだった」


「今もまだ動転してるんじゃないかな……」


「かもしれん」


 やけに深刻そうな顔をする明。望美はわずかに笑って目尻を下げると、


「とにかく、次からは気を付けてね。今回は許すけど、胸とかお尻だと庇い切れないから」


「胸尻以外はセーフか?」


「セーフラインを探ってる時点でアウトだと思う」


 望美は「それより」と前置きして、


「さっきの光は何だったのかな。屋上からここまで、私たちを運んでくれたみたいだけど」


「何者かの異能、だろうな。荒神か、現神か、それ以外の何かか……」


「味方って思っても、いいのかな?」


「そう思いたいが……難しいな。世の中、単純に敵味方では分けられないこともある」


「いちいちめんどくせえことで悩んでんじゃねえよ。助かったんだから一件落着でいいじゃねえか」


 黒鉄の言葉に、明はしばし口を閉じる。

 それから、誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。


「一件落着、か。そうであってほしいものだ」


 西空に輝く夕日は、奈良盆地を囲む稜線から少し高い位置にある。

 一日はまだ終わっていなかった。

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