第十五話 石は熱いうちに討て
イワツチビコは満を持して攻撃を開始した。
触手の群れを操作して、先を尖らせ刺突を放つ。最初のターゲットは刀を持った男だった。
「しょっぺえ攻撃だな! ハエが止まるぜえ!」
対して、刀の男は果敢に飛び込んだ。
刺突をすり抜け、体を沈めて横回転。触手を根こそぎ刈り取った。
死地に踏み込む胆力もさることながら、動きにも無駄が無い。この坊主は要注意じゃな、とイワツチビコは気を引き締めた。
しかし、ここまでは想定内だ。床下に潜ませていた第二陣を動かし、刀の男に奇襲をかける。
「黒鉄、右に避けろ!」
が、ここで予想外の邪魔が入った。後ろに控えるブレザーの男だ。
彼の指示によって、刀の男は回避に成功。そのうえ、逃げた先は触手を仕込み終えていない地点だった。
「むう、運のいい奴じゃな」
固体と同化し、その形を思うままに変異させる……基本的には汎用性の高い能力だが、痒い所に手が届かない一面も持ち合わせている。
操作が可能なのは自身の肉と同化している部分だけ。体を伸ばせば伸ばすほど、本体の守りはおろそかになる。
しかも、本体との接続が切れるとそこまでだ。先ほどの鉄骨竜も、建物の死角から体を繋げて操っていたに過ぎない。
そして最大の欠点は、視覚と聴覚。
こればかりは自前のものを使うしかない。敵を捕捉するためには、危険を押してでも最前線に出なければならないのだ。
今、イワツチビコの本体はコンクリートのタイヤ止めになっている。
本体といっても、原型を保っているのは頭部に相当する部分だけだ。様々な物と同化しながら生きてきたせいか、元の形などとうに忘れてしまった。
だが、それでもいい。
自分がここにいるのは新たな神代のため。あの御方の望みを叶えるため。
そのためならば、いくらでも変わり果て、血にまみれてみせよう。
イワツチビコは自らの神経を伸ばし、床下を掘り進めていく。新たな触手を作製すると、太く束ねて車両の下に忍ばせた。
「そおれ、忍法畳返しじゃ!」
触手の束で側面を打ち上げ、めくるように投げ飛ばした。車両は放物線を描いて敵の頭上に。
三人はそれぞれ別方向に散開。直後、車両が落下した。
衝撃でタイヤが吹き飛び、ガラスが飛び散り、細かなパーツがノミのように跳ね回る。
「きゃ……!」
女がたまらず顔を覆った。
イワツチビコは好機と思い、背後に触手を出現させる。が、
「望美、後ろだ!」
声を聞くなり女は振り返り、
「はあっ!」
掛け声と共に右手を払う。
それを合図に、破片が機銃掃射のごとく降り注いだ。
周囲に舞い散る車両のパーツ、それら全てが触手を撃ち抜き、徹底的に破壊していく。
オモイカネの念動力。この娘も、刀の男に負けず劣らず戦慣れしていた。
だが、最も危険なのは……
「ま~たあやつか。何がどうなっちょるんじゃ……?」
戦闘が始まってからここまで、ブレザーの男は一度も能力を発現させていない。
そのくせ、相手は心でも読んでいるかのようにこちらの動きを予測してみせる。
不可解だ。今風に言うと狐にでも化かされたような気分だ。
そして、不可解なことはもう一つあった。荒神たちの表情だ。
逃げ場の無い屋上に追い詰められたというのに、彼らは誰一人として絶望していない。
焦りも疲弊も無く、ただただこちらの攻撃をしのぐだけ。見ようによっては作業的ですらある。
「気味が悪いのう。こやつら、いったい何を企んどる」
自分は優位に立っている。それは間違いない。
しかしそれとは別に、ただならぬ何かが密かに進行している。
目に見えぬ暗殺者が必殺の一撃を見舞おうと息を潜めているような……そんな不安が拭えないのだ。
「……しゃあないのう、ちと急ぐか」
神経をいくつも枝分かれさせ、下層に根を張り広げていく。
屋上での戦闘は目くらまし。真の目的は、この立体駐車場を完全に掌握することだ。
規模は大きく時間も掛かるが、準備が終われば勝利は必定。建物全体を崩壊させ、荒神たちを一網打尽にできる。
「そうとも知らずにのんきなものよ。やはり子供よのう」
触手の対処に追われる彼らを尻目に、イワツチビコは着々と自らの領域を拡大して──
「なるほど。そんなところに隠れていたのか」
ブレザーの男と目が合った。
「──っ!?」
勘違いではない。気付かれている。自分の擬態が、看破されている。
動転し、己が体を確認する。
今の自分は何の変哲もないタイヤ止めだ。近くで見ても触ってみても、本物との違いを見分けることはできない。それが同化するということなのだ。
だが、事実としてこの男は自分を見つけ出した。視覚や触覚に頼らない、何らかの方法で。
(まさか……音か?)
思い当たることがあった。
イワツチビコが地中を潜行する時。あるいは神経を伸ばして岩土を操作する時。
そこには必ず動きが生まれる。動きは振動を生み、振動は音となって拡散する。
もし仮に、それらの音を聞き取れる荒神がいたとすれば。
「音の逆探知……! してやられたわっ!」
敵が防戦に徹していた理由が分かった。
彼らはあえて攻撃を誘っていた。こちらが動けば動くほど、触手を増やせば増やすほど、本体の位置が浮き彫りになっていくのだから。
「あのタイヤ止めだ! やれ!」
「おうよっ!」
刀の男がこちらにターンし、地面を蹴った。
しかし、まだ遠い。今から潜行すれば十分に逃げ切れる距離だ。
……そう思った瞬間のことだった。
イワツチビコは信じがたいものを見た。
刀の男が、すさまじい超加速を見せたのだ。
男の体は地面すれすれを飛ぶように爆進し、一瞬で間合いを詰める。まるでカタパルトから撃ち出された戦闘機だ。
見れば、後方にはオモイカネの女がいた。胸の前で両手を重ね、押し出すように伸ばしている。
(念動力で仲間を押し出したのか! 考えよるわ……!)
もはや退避は間に合わない。刀を振り上げた男が、最後の踏み込みに入る。
あと一秒と経たぬ間に、決着は果たされるだろう。
(──ワシの勝利という形でな!)
刀を見上げてイワツチビコは笑う。
イワツチビコの異能は"固体との同化"だ。その特性は、動植物を除くほぼ全ての固体に適用される。
当然、刀も例外ではない。接触のタイミングさえ見極めれば、斬撃を無効化して刀身を取り込むことができる。
敵は最大の武器を失い、一方こちらは反撃のチャンスを得る。形勢逆転だ。
ここまで手こずらせてくれたお返しに、奪った刀でとどめを刺してやるのもいいかもしれない。そうすれば多少は腹の虫も収まるだろう。
(さあ来るがよい、フツヌシの荒神よ! 自らの能力に殺される屈辱を与えてやるぞい!)
確勝の興奮を胸に、刀が振り下ろされる瞬間を待ち受ける。
だが。
上から降りてきたのは刀ではなかった。
足だ。
靴も靴下も履いていない、素足の踏みつけ。
だというのに、足裏の皮膚は見えなかった。
イワツチビコから見えるのは、足先から吹き出す真っ赤な火の粉だけだ。
「あ……!」
その時、イワツチビコは敵の狙いを悟った。
フツヌシの異能は鉱物の鋳造。石や金属を溶かし、任意の形に作り変える。
そして、今。
自分は、コンクリートでできたタイヤ止めと一体化している。
「ああああああああああああああああ!!」
叫び、もがき、しかし全ては手遅れだ。
視界が焔の赤で埋め尽くされていく中、刀の男が静かに言い放つ。
「感謝しとけよ、クソジジイ。てめえの墓には、俺様特製のカッチョイイ剣を供えてやるからよ」




