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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十四話 見えざる敵


「走れ!」


 明が叫び、望美と黒鉄(くろがね)が弾かれるように走り出した。

 後方から聞こえてくるのは喧騒にも似た不快音。硬い何かが歪んでひしゃげて潰れていく、破壊の足音だ。

 明は歩幅を縮めて減速すると、猛の体をすくうように持ち上げる。

 肩の上に担ぐと、服越しに確かな鼓動を感じた。


「転校生っ! 猛は無事なのかよ!?」


「死んではいない!」


 押し寄せる音の波にかき消されぬよう、大声で答えを返す。

 後ろは見ない。見るだけ無駄だ。どちらにしても、あの音に追いつかれれば命は無いのだから。


「ほれほれ、はよう走らんとぺしゃんこじゃぞ」


 音に混じって、イワツチビコの愉快そうな声がした。近くにいることまでは分かるが、雑音と反響のせいで正確な位置が割り出せない。

 明は探知を諦め、駐車場から脱出することを最優先に据える。

 通路の左奥に見えたのは、小さなエレベーターと錆び付いた螺旋階段。

 エレベーターは停止しているようだが、階段の入り口は開け放たれていた。


「よっしゃラッキー! てめえら、さっさとズラかるぞ!」


 胸元でガッツポーズを決める黒鉄。速度を上げて、いち早く階段に足を掛ける。

 その時、明の耳が奇妙な音を拾った。

 黒板を引っかくような高音は、鉄の悲鳴だ。


「黒鉄、そこから離れろ!」


「あんだとぉ!?」


 黒鉄の腕を掴んでこちらに引き寄せる。

 直後、階段がその身を震わせた。

 支柱がぐにゃりと折れ曲がる。ねじれた足場が肋骨を作り、裂けた鉄板が上あごと下あごに分かれた。

 そうして変じた姿は、恐竜の骨格標本に似ていた。いわば鉄骨竜だ。


「ウッソだろぉ!?」


 扉の横に前足を突き立て、鉄骨竜が建物内に頭を突っ込んだ。がらんどうの眼窩(がんか)が虚ろな視線をこちらに向ける。


「おいコラ転校生っ! あの野郎、石以外も操れるんじゃねえか!」 


「そうらしいな。ひょっとすると固体全般かもしれん」


「どーすんだよっ!?」


「今考えているところだ──っと!」


 そこで明は真横にステップ。黒鉄は床を転がり、鉄骨竜の噛み付きから逃れた。

 が、鉄骨竜はその勢いで上半身を丸ごと乗り入れてきた。通路全体に肋骨を広げ、進路上に立ちふさがる。


「挟み撃ちか……!」


 明が舌打ちした時だ。背後で小刻みなエンジン音が響く。


「二人とも、どいて」


 そこで見たのは望美と、古びた黒のワゴン車だった。

 無人のワゴン車はひとりでにハンドルを切り、パーキングエリアから通路へと進み出る。望美は動かず、車の外から手をかざすだけだ。


「そんな大きなものまで動かせるのか……!?」


「意外と簡単。古い車はキーシリンダーさえ回せばエンジンが動くから、あとはハンドルとアクセルを操作して……ぶつけるだけ」


 言った瞬間、アクセルペダルが踏み込まれた。

 暴走を始めた車は制限速度を大幅に超過。大破しつつも鉄骨竜をはね飛ばし、そのまま壁に激突した。

 スクラップと化したワゴン車と竜の残骸を見て、望美は一言。


「うん、大成功」


「……てめえ、もしかしてヤベー奴なのか?」


「?」


「いや、やっぱいい。……だが、これからどうするよ? もう階段は使えねえぞ」


 迫る壁を横目に見ながら黒鉄が足を揺する。

 望美は逆方向、上へと続く通路を見ながら、


「屋上。これだけ高い建物なら、避難用のハシゴとか、救助袋が置いてあるはず」


「その手があったか……!」


 明が膝を打つ。それから間もなく、皆の足は四階へ。

 壁はもう追ってこなかった。

 だが、イワツチビコはまだ諦めていない。明にはそれが分かっていた。

 床を震わすかすかな音は、すなわち攻撃の予兆だ。


「下だ!」


 床が波打ち、石の触手が姿を見せた。先をしならせ、明たちの足にまとわりつこうとする。


「うぜえっ!」


 黒鉄は柱に手をつき、異能を発動。鋳造したての刀で触手を切り払った。

 さらに上り、五階。

 今度は横だ。右手の壁から異音を感じ、明は二人に警告した。


「伏せろ!」


 しゃがみ込んだ彼らの真上、鋭い鉄筋が向かいの壁に突き刺さった。

 下を急いでくぐり抜け、また上る。


「おい転校生、あと何階だぁ!?」


「次でラストだ! 死にたくなければ死ぬ気で走れ!」


 坂道の終端に大きく「R」と書かれたプレートが見えた。屋上だ。


「……鼻の利く坊主じゃのう。索敵型の荒神と見えるが……何奴じゃ?」


 イワツチビコの声は苛立たしげだった。自慢の罠をことごとく回避され、プライドが傷ついたのかもしれない。


「はっ、それぐらい自分で考えてみろ。それともヒントが無ければ見当もつかないか?」


 明は相手の感情を揺さぶるため、あえて煽るような返しをした。

 が、イワツチビコの反応は淡泊なものだった。


「ふむ、そんなら何でもええか。どのみちこれでおしまいじゃ」


「……なんだと?」


「袋のネズミっちゅうことじゃ。どうあがこうと、何をしようと、この建物からは出られぬよ」


「それはどう、か……な……!?」


 最後の坂を上りきり、視界の開けた屋上に辿り着いた。

 ……しかし、そこに明の求めていたものは無かった。

 寂寞(せきばく)としたフロアには、何台かの車がまばらに停まっているだけだ。


「馬鹿な」


 呆然としたのも束の間。建物の縁に駆け寄り、そこから道路を見下ろした。

 あった。避難器具を収納していると思しき大きなボックスが、道路の上に転がっている。

 どう考えても、自然に落ちたとは思えない。こういったものは有事に備えてしっかりと固定されているはずだ。


「全てお見通し、か。タヌキジジイめ」


「年の功じゃよ。伊達に二千年も生きとらんわ」


「……二千年だと?」


「おおっと、ついつい喋り過ぎてしまったようじゃの。っちゅうわけで、いんたーばるは終了じゃ」


 イワツチビコの声が消え、屋上全体に微震が広がっていく。

 来る。

 と思うや否や、四方の床から石の触手が飛び出した。先ほどより数が多い。


「やっこさん、ここでケリをつけるつもりだな。上等じゃねえか」


 黒鉄がうそぶいた。下段に構えた切っ先が触手をけん制する。


「諦めが悪いのはいいことだけど、客観的に見て絶体絶命だと思う」


 分析しつつ、望美はちらりと明を盗み見た。

 その瞳に宿る色は悲嘆でも混迷でもない。要求だ。

 つまり望美は「策があるならさっさと教えろ」と急かしているのだ。


(こちらもお見通しか。ひょっとすると、俺は顔に出やすいタイプなのかもしれんな)


 仲間から期待されるのは良いことだ。そして自分は、期待に応えられるだけの力を持っている。

 イワツチビコは明たちを追い詰めたと思っているようだが、それは大きな間違いだ。

 屋上には壁が無い。天井が無い。音の反響が無い。

 白い霧のおかげで、外界からの雑音も遮断されている。

 これだけ好条件が揃っていれば、周囲の音から本体の位置を割り出すことは難しくない。あとはダメ押しの一手を考えるだけだ。

 明は不敵に笑うと、自信満々に言い切った。


「我に秘策あり、だ」

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