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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十三話 岩土

 出現した霧には目もくれず、黒鉄(くろがね)は立体駐車場に飛び込んでいた。

 制鞄を乱暴に放り出し、二階へ続く坂道を蹴り上がる。転校生が大声で叫んでいたが、それでも足は止まらない。


「クソっ、何だってんだよ……」


 歯ぎしりしながら走る。

 通路に人の姿は無い。所狭しと敷き詰められた車両の中にも、動くものは皆無だ。

 筋肉を強張らせ、コンクリートの床を叩くように足を速めた。


「冗談じゃねえぞ……!」


 呼吸と共に悪態を吐き続ける。

 おおまかな事情は、転校生から聞いていた。

 この街には、自分たちのような異能者を狙う化け物が潜んでいる。学園を襲った蛇女も、その一人だという。

 実のところ、話の内容は半分も頭に入っていなかった。だが、自分が面倒な事態に巻き込まれてしまったことだけは理解できた。

 そう、あくまで面倒なだけだ。不愉快ではあるが、不安や恐怖は無い。

 怪我の功名とでも言うのだろうか。あの戦いを終えてからというもの、自分は様々なことに対しての覚悟が決まったような気がする。

 だから、これからも大丈夫だと思っていた。

 再び命懸けの戦いに身を投じることになっても、強い心を持ち続けていられるはずだと、そう確信していた。

 だが。


「うう……ううううっ……!」


 黒鉄は恐怖していた。

 痛みを恐れているのではない。死を恐れているのではない。

 彼は、たった一人の友達を失ってしまうことを恐れているのだ。

 猛との出会いは一年前。夏休みの補修授業だった。

 当時の猛は、成績優秀なくせに自ら補習を受けにくる変わり者として、黒鉄の目に映っていた。

 会話のきっかけはどうでもいいようなことだったと思う。下らない冗談を言い合ったり、分からない問題を教えてもらううちに、いつしか仲良くなっていた。

 ある時、猛に聞いてみたことがある。そんなに頭がいいのに、どうして補習に出ているのかと。

 猛は至極当たり前のように「テストで満点を取れなかったから」と答えた。

 完璧主義者の彼にとって、八十点や九十点は百点のなり損ないでしかないのだという。

 勉強以外の分野においても、高みを目指す性質は変わらなかった。あらゆることにひたむきで、己の全力を更新することに余念が無い。

 嫌味な奴だと思った。同時に、凄い奴だと思った。

 こいつは妥協をしない。現状に甘えることなく、望んだ結果を勝ち取るための強さを持っている。何もかもいい加減な自分には、決して真似できないことだ。

 ゆえに憧れ、尊敬し、一度は距離を取ろうとした。だが、それでも彼らの友情が色あせることは無かった。

 無二の親友とは自分たちのような関係を言うのだろうと、黒鉄は柄にもなく思っていた。

 その猛が今、命の危険に晒されている。おそらくは自分のせいで。

 吐き気のするような事実に怯えながら、黒鉄は鋭角的な動きでコーナーを曲がる。

 上階に至る坂道を正面に見据え、一呼吸。直後に移動を再開した。


 三階に到着した彼が見たものは二つ。

 一つは通路の奥にそびえ立つ、巨大な人影。

 ごつごつした岩石を人の形に繋ぎ合わせような、石の巨人だった。

 そしてもう一つは猛の姿だ。巨人と黒鉄の中間あたりに倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「おお、もうここまで上がってきおったか。若いもんは元気じゃのう」


 (こけ)むした巨人の眉が上下に動き、驚きの形を作る。わざとらしい仕草だった。


「……猛に何をしやがった」


 静かな声は、高密度の怒気を孕んでいた。巨人を強くにらみつけ、ゆっくりと息を吐く。


「何をしたように見えるかの? 正解者には二泊三日の温泉旅行を進呈じゃ。ポロリもあるぞい」


「ふざけてんじゃねえぞジジイ。ぶち殺されてえのか」


「やれやれ、余裕の無い坊主じゃな。これも"ぐろ~ばる経済の弊害"とかいうやつかのう」


 巨人は動じず、針金のようなひげを揉み上げている。

 挑発的な態度に刺激され、黒鉄がさらに語気を強めた。


「答えろ。てめえは、あの蛇女の仲間か?」


「やはりアメノウズメを知っておったか。ビンゴビンゴ、情報通りじゃ」


 巨人の目が弓なりに曲がる。


「いかにも、ワシは現神(うつつがみ)よ。お主ら荒神を刈り取ることこそ我らの使命」


 石英質の瞳がきらりと光り、黒鉄の全身を舐め回していく。

 黒鉄は溜まったつばを吐き捨てると、短く問うた。


「何がしてえんだ、てめえらは」


「んん? だから、荒神を刈ると言うとるじゃろ。その歳でもうボケ始めとるのか?」


 巨人の頭が右に左に、振り子のように傾いた。

 口元の砂岩がカタカタと揺れる。冷笑しているのだ。

 対する黒鉄は無表情のまま、


「そうかよ。だったら、なおさら筋が通らねえぜ。本気で俺様を殺してえんなら、こんな回りくどい真似しねえで──」


 そのまま体をわずかに前傾させ、


「直接俺を狙いやがれってんだよおおおおおおおおおっ!!」


 突撃。

 爆発した感情が踏み出す力を加算する。初速は既に最高速度に達していた。


「おおおおおおおおおおおおっ!」


 叫びに応じて右手が赤熱。真横に伸ばした腕先がボンネットの上を滑る。

 見る間に溶けだし剥がれ落ちる金属板。破り捨てるようにもぎ取って、その手で握りしめた。

 そして光がまたたき、数瞬後。鉄塊は刀の形を取っていた。


「フツヌシか。めんどくさいのう」


「めんどくせえのはてめえらの方だっ! あのクソ蛇女といい、現神ってのは揃いも揃ってくだらねえ小細工しかできねえのかっ!」


「小細工ではなく戦術じゃ。戦に美学を求めるのは青臭い子供だけよ」


 関節各部を軋ませながら、巨人の腕が持ち上がる。

 肩に癒着している大岩を掴むと、力任せにちぎり取った。


「ほいっ」


 数百キロはありそうな大岩が軽々と投擲される。

 黒鉄は速度を緩めず斜めにステップ。すぐ横を大岩がかすめていき、背後で大きな地響きと破砕音が聞こえた。


「遅えよ、ノーコン野郎!」


 巨人の動作は驚くほど緩慢だった。馬力は強いが、機敏な動きは苦手なのだろう。

 なら、勝機は十分にある。懐に入り込み、スピードで翻弄し、地道にダメージを与えていけばいい。

 笑みを浮かべた黒鉄は、刀を両手で握り直し──


「……と、うおおっ!?」


 その瞬間、手元から刀がすっぽ抜けた。

 断じて手を滑らせたのではない。ぬるりするりとウナギのように、刀が自ら逃げていったのだ。

 飛び出た刀は山なりの軌道を描いて上昇し、天井付近で突然静止する。

 物理法則を無視した無茶苦茶な動き。まるで不可視の力が働いているかのようだ。


「これは……金谷城(かなやぎ)かっ!」


「──射出(いけ)っ!」


 黒鉄と望美の声が重なり合う。

 直後、刀が撃ち出された。数十メートルの距離を一気に突き抜け、なおも飛ぶ。

 石の巨人は、反応すらできなかった。


「ご」


 という謎の音が聞こえ、巨人の頭部が打ち砕かれた。

 粉々になった岩石が四方に吹き飛び、首なしの胴体が仰向けに沈んでいく。

 望美は乱れた髪を丁寧にかき上げながら、その様子を見届けていた。


「やっと追いついた。黒鉄くん、怪我は無い?」


「『怪我は無い?』じゃねえだろコラァ! なんで俺にやらせなかったんだよ!?」


 巨人の亡骸を指差してわめき散らす黒鉄。望美は眉一つ動かさず、


「効率重視。それに、もたもたしてると水野くんを盾にされるかもしれないでしょう?」


「うっ……」


 さしもの黒鉄も、真正面から正論を突き付けられては降参するしかない。


「ちっ、わーったよ。結果オーライってことにしておいてやらぁ」


 安っぽい捨て台詞を吐きながら歩みを進め、横たわる猛に近付いていく。

 そんな黒鉄を呼び止める声があった。


「黒鉄、下がれ」


「あん? 今頃来たのかよ、転校生。戦いならもう終わってんぞ」


「下がれと言ってる! ──下から来るぞ!」


 下? 来る?

 何がと思い、もしやと気付き、反射的に身を引いた。

 そして、その判断が黒鉄の命を救った。

 現れたのは、槍。

 硬い床がにわかに盛り上がったかと思うと、そこから何本もの槍が突き出した。


「なっ……!」


 思わずのけぞり、かかとで床を蹴った。が、逃げる彼を追って、さらなる槍が次々と生えてくる。

 石のような質感をした、灰色の槍だ。根元の部分はコンクリートの床と一体化して……いや、それどころかコンクリートそのものだ。


「おい、まさか……」


「そのまさかだ。さっきのデカブツは抜け殻に過ぎん。本体は床の下に逃れ、駐車場の内部を潜行している」


 話す明は柱に手を当て、何かを感じ取るように両目を閉じていた。おそらく、彼の能力を使って柱の内部に響く音を聴いているのだろう。


「潜行だとぉ!? ってえことは……」


 石の槍。石の巨人。そして、立体駐車場を構成するコンクリートも石の一種だ。

 理解を得た黒鉄に、目を開けた明がうなずきを返す。


「石に溶け込み、自在に操作する……それが敵の能力だ」


「ふぁふぁふぁ、よくぞ見抜いた!」


 どこからか笑い声が聞こえてきた。

 声は拡散し、反響し、幾重にも折り重なって周囲を騒がせる。


「改めて自己紹介しておこうかの。ワシの名はイワツチビコ。現神が一柱にして、岩土一切を統べる者よ!」


 名乗りと共に、背後で轟音がした。

 黒鉄たちが振り向くと、そこには壁ができていた。下階に通じる道を塞ぐ、厚いコンクリートの壁だ。

 壁面を蠢くは無数の石腕。まるで性質の悪いホラー映画だ。

 そして、壁が動き始めた。

 彼らを圧殺するために。

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