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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十一話 たまには学生らしく


 十分後。望美たちはバイパス沿いのファミリーレストランに入っていた。

 奥まった場所にある大テーブルを占有し、料理が運ばれてくるまでの時間をお喋りに()てる。

 望美はもっぱら聞き役に徹していた。

 考えるのは得意だが、自分を表現することには慣れていない。たまに相槌を打ったり、短い質問を返すのが関の山だ。

 話題を牽引(けんいん)しているのは明だった。


「──そこで俺はこう思ったわけだ。『もしや、初めからうどんだったのでは?』……とな」


 一言一言もったいぶるように話を進める明。隣に座る晄は、その度にころころとリアクションを変える。


「ええ~? いくらなんでも夜渚くんの考え過ぎじゃないかなぁ?」


「ところがどっこい、バケツの中にはきちんと領収書が残っていた。あれだけ大騒ぎした割にはお粗末な真相だと思わないか?」


「あはは、都会の学校でもそういうことってあるんだね。私、もっときっちりしてるのかと思ってた」


「どこも同じだ。人が人である限り、互いの不理解は必ず発生する」


 首を振りつつ、厳かに話を結ぶ。話半分に聞いていた望美にはちんぷんかんぷんだったが、晄には大ウケだった。

 店に入ってからというもの、明は積極的に話を振って場を盛り上げていた。饒舌に語る横顔はどことなく活力的だ。

 話の中身は転校前の生活や昨日見たテレビ番組といった、とりとめのないものがメインだった。学生らしいといえばらしいが、望美は新鮮な驚きを感じていた。

 正直なところ、彼はもう少し浮世離れした──有り体に言えば、話しかけづらいタイプの人間だと思っていた。

 事件に立ち向かっている時の、張り詰めた顔ばかり見てきたからだろうか。自分の知る夜渚明と、目の前で笑っている少年を同一視できない。

 ……あるいは。


(みんなの興味が祠から離れるように、話を誘導してる?)


 まさか、と思い、でも彼なら、とも思う。

 もしそうなら凄いと思うし、それと同じくらいに気がかりでもある。


(夜渚くん、気を張り過ぎじゃないかな……)


 これは、以前から感じていたことだ。

 事件に向き合う彼の姿勢はいつも大胆で、時に性急だ。黒鉄との一件では、危うく我を忘れるところだった。

 その前のめりな積極性が、いつか仇にならないだろうか。彼自身を窮地に追い込むことにならないだろうか。

 そう思うと、何も考えずに頼っていいものか迷ってしまう。

 だからといって今の自分に何ができるのかといえば、特に何も無い。

 とりあえず、誰かが一気飲みを始めたら精一杯手拍子を打とう……と、中途半端な知識で考えていた時だった。


「……おい、もうちょっと静かに話せって。目立つだろうが」


 囁くように言ったのは黒鉄だった。

 入り口の方に何度も目を向けながら、ソファの端で丸くなっている。

 彼の異変に気付いた猛が不思議そうに、


「リョウ、どうしてさっきからそわそわしてるんだ? そんなにお腹減ってたの?」


「猛こそ、なんでそんなに堂々としてられんだよ。お前、年が明けたら生徒会長選挙に出るんだろ?」


「だから?」


「だからその……他の奴に見られたら、何かとマズいんじゃねえのか? 教室ならまだしも、不良と一緒に外でメシなんぞ食ってたら、妙な噂を立てられるかもしれねえぞ」


 つぶやきながら視線を下に。まるで粗相を(とが)められた子供のようだった。


「はぁ……リョウは心配性だな」


 猛はやれやれと肩をすくめ、お冷の入ったグラスを手に取った。

 軽く一口飲んでから、さらりと言ってのける。


「見くびるなよ、リョウ。この僕が積み上げてきた信頼と実績は、お前の悪評ごときで打ち消されるようなものじゃない。スキャンダルにもならないさ」


「ホントかよ? 面倒くせえ気遣いは無しだぜ」


「僕のことより自分自身の成績を気にかけた方が建設的じゃないかな。リョウだって、たまには補習の無い長期休暇を過ごしたいだろ?」


「うるっせ、ほっとけってえの」


 口を尖らせぶつくさと言ってから、唐突に立ち上がる。


「あれ、どこ行くんだい?」


「ドリンクバーだよ。ありがたいお説教よりオリジナルブレンドだ」


「それ、昔やって大失敗してたじゃないか。今度は残さず飲みなよ」


「いざって時は転校生の野郎に飲ませてやるさ」


 眉をひそめる明を置いて、黒鉄はドリンクバーへと向かっていった。

 望美はメニュー表を一通り見直した後、ちょいちょいと明の膝をつついて、


「夜渚くん、オリジナルブレンドって何のこと? コーヒー?」


「飲み物を生ゴミに変える作業のことだ。あと数分もすれば、嫌でも分かる」


 明は黒鉄をしかめ面で見送ってから、猛に視線を移した。


「見事なまでに正反対だな、お前と黒鉄は。良好な関係を築けているのが信じられんほどだ」


「僕と並び立つ者を探すのは難しいからね。自然と真逆のタイプを求めてしまうのさ」


 冗談交じりに笑って、猛はグラスをテーブルの上に戻した。接地の衝撃で中の氷が崩れ、軽やかな一音を鳴らす。


「猛は、黒鉄のどこを気に入っているんだ?」


「自由なところ、かな。あいつ、他人の評価とか期待に無頓着で、自分の生きたいように生きてるから」


「奴の場合は野放図と言い換えるべきじゃないか?」


「はは、明は手厳しいね。でも、明と付き合い始めてからはだいぶ角が取れてきたように思うよ」


「否定はしないが……それを抜きにしても、完璧超人のお前が一目置くような人物とは思えん」


「……そうでもないよ」


 何に対しての「そうでもないよ」だったのか。望美には判断できなかった。

 猛は窓の外に顔を向けると、懐かしそうに空を見上げた。


「僕の母さん、いわゆる教育ママってやつだったんだ。母さんがいた頃は毎日勉強漬けで、こうして友達と遊ぶ暇なんて全然無かった」


「うわぁ、本格的。私の家なんて赤点取ってもドンマイって言われるだけで済むのに」


 晄が圧倒されたように息を吐く。


「ねえ水野くん、それって辛くなかったの?」


「辛かったに決まってるさ。最初に姉さんが根を上げて、次に僕が潰れた。……今思えば、父さんと母さんが離婚したのは、その辺が原因だったんだろうね」


「あ……ごめん」


「いや、いいさ。別にトラウマってわけじゃない。ただ……」


「ただ?」


 真剣味を帯びた顔の明が先を促す。ややあってから猛は、


「あの時、もっとはっきり自分の意思を主張していれば良かったなって、そう思うんだ。僕がリョウのように我を通す覚悟を持っていれば、家族は離れ離れにならなかったんじゃないかって」


「自罰的過ぎるんじゃないか? 幼い子供に責を求めるのは酷だろう」


「かもね。だけど、リョウを見てたら『こんな生き方もあったのか』『こうすれば良かったのか』って気付かされることは多い。僕があいつを評価してるのは、そういったところなんだよ」


「傍若無人と紙一重だぞ、あれは」


「多少の欠点はご愛敬だよ。友達ってそういうものじゃないかな」


「友達、か。……なら、いいんだが」


 何に対しての「なら、いいんだが」だったのか。これも、その時の望美には分からなかった。

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