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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第七話 生徒会


 明は赤毛の少女に連れられて、北館四階にある生徒会室へと向かっていた。

 この学園は南館に一般教室が集中しているため、必然的に北館は特殊教室が多くなる。

 放課後を迎えた今、廊下に人気は無かった。心なしか気温も低い。

 道すがら教室の中に目を向ければ、美術部や文学部といったインテリ系の生徒たちが、黙々と己が表現の限界に挑戦している。

 北側の窓から見えるのは、川向こうにある中学校だ。

 あちらはちょうど昼休みなのだろう。明より一回り小さな子供たちがグラウンドにあふれかえっていたが、隙間なく閉め切られた窓が彼らの歓声を伝えることは無かった。

 廊下に響くものといえば、二人の靴音と、少女の長ったらしい弁解だけだ。


「ええとね、勘違いしないでほしいんだけど、今回の呼び出しは別にあなたを叱ろうとか、素行が問題とか、そういうのじゃなくて、むしろ会長はあなたのことを評価……評価? って言い方は少し違うかも……なんだけど、

 あの人素直じゃないところがあるから、でも、本人に悪気は無くって、どちらかというと激励に近いのかなって私は思ってるんだけど」


「長い。要するにどういうことだ」


「要するに? 要するに……あらかじめごめんなさいってことなのよ」


「理解した。先輩も苦労もしているようだな」


「そう! そうなの! 後輩くんは話が早くて助かるわ」


 少女はダイナミックな動きで振り向くと、胸の前で手を叩いた。

 彼女の名前は門倉眞子(かどくらまこ)というらしい。

 学年は三年。高臣学園生徒会に所属しており、副会長を務めている。他の役員の業務を兼任することも多いと話していたが、大半は愚痴だったので明は聞き流した。


「しかし、生徒会長直々の召喚命令とは穏やかじゃないな。生徒指導ではないとすると、何が目的なんだ?」


 明は問いかけ、同時に門倉を注視する。彼女の真意を推し量るために。

 胸にあるのは二つの疑問だ。

 なぜ自分たちが空き教室にいると分かったのか。そして、なぜ校内放送を使わず、直接明を呼びに来たのか。

 前者は偶然見つけたという言い訳も立つが、後者の疑問は半端な答えでは解消できない。

 不自然だ。正規の生徒会活動とは思えない。そう思ったからこそ、明はあえて指摘しなかった。


(誰彼構わずカマをかけるのは無礼の極みだが、石橋叩いてなんとやら、だ。最近は特に物騒だからな)


 泳がされていることを知ってか知らずか、人当たりのいい微笑を見せる門倉。

 彼女は後ろ歩きで先導を続けつつ、すらすらと返答した。


「ちょっとした個人面談みたいなものかしら。ほら、夜渚くんって転校してきたばかりだし、初日からあんな事件に巻き込まれてナーバスになってないかなってみんな心配してるのよ」


「それでお悩み相談か? そういったことは教師やカウンセラーが行うものかと思っていたが」


「年頃の男の子なんだし、大人相手だと言いにくいことだってあるでしょう? そこで私たち生徒会の出番ってわけ」


「ずいぶん精力的に活動しているんだな。前にいた学校では、生徒会などただのお飾りだった」


「うちは生徒主体で物事を進めるから、色々な面で小回りが利くのよ。文化祭も他校に負けないくらい派手にやるつもりだから、期待しててね」


「それは楽しみだ」


 明は笑って、警戒心を一段階上げた。

 二人の足は廊下を進み、西の突き当たりで止まる。

 目の前にはシックな茶色の大扉。扉の横には"高臣学園生徒会"と筆書きされた縦長の板きれが掛かっていた。


「達筆だな。代々受け継がれてきた伝統というやつか」


「いいえ、作ったのは私たちの代が初めてよ。会長が自分で書いて持って来たの」


 当時の様子を語りながら、くすくすと笑う門倉。


「信じられる? 朝迎えに行ったら、これを担いで家から出てきたのよ? あの時は思わず爆笑したわ」


「ノリのいい生徒会長じゃないか」


「あら、実物を見てもそう言えるのかしらー?」


「……?」


 門倉は悪戯っぽく語尾を伸ばすと、入り口のレバーハンドルに手をかけた。大扉の右側が手前に開く。


「会長、夜渚くんを連れてきたわよ」


「ご苦労だった。入れ」


 短い応答の後、扉の横に退いた門倉が手招きした。先に入れということらしい。

 退路を塞がれるのは困るな、などと思いつつ、怪しまれない程度にゆっくりと中に入った。


「失礼します」


 一般教室とは趣の違う内装。苔色のカーペットが敷き詰められた床の上、年代物らしいテーブルセットや背の低い戸棚が配置されている。

 テーブルの右には真面目そうな七三分けの少年が、左側には長い金髪を垂らした西洋風の少女が座っていた。

 彼らも生徒会の腕章を身につけていたが、見た目の印象からして一年生のようだ。


「──来たか。転校生、夜渚明」


 その時、部屋の最奥に立っていた男が声を発した。全員がそちらを見る。

 身の丈二メートルにも届きそうな、禿頭の大男だった。

 頭部にくっきりと浮かぶ青筋。渓谷のように深い眉間のしわ。筋肉で押し上げられた学ランの上に、書生用の黒いマントを羽織っている。

 男は外見に違わず重々しい声色で、簡潔な自己紹介を響かせた。


「高臣学園生徒会長、武内暁人(たけうちあきと)だ」


 (いわお)のように角ばった顔が動きを見せ、こちらを見据える。灰色の瞳が生み出す眼力は、まるで物理的な力を有しているかのように明を停止させた。


(この男が……生徒会長……だと……!?)


 明の頭の中で、驚愕と動揺がけたたましく暴れ回っていた。

 馬鹿なという思い。嘘だという思い。

 仁王もかくやの迫力に飲まれながらも、明は拳を握り、言うべき台詞をはっきりと、勇気を持って口にした。


「……その顔で高校生は詐欺だろう」


「ぶふっ!!!!!」


 背後で汚い音がした。

 振り返ってみると、門倉が口を押さえて崩れ落ちていた。その肩は震えている。

 金髪の少女はうんうんと首肯。一方、七三分けの少年は顔を真っ赤にしながらテーブルに拳を叩きつけた。


「お前、言っていいことと悪いことがあるだろうがっ! 暁人様はこれでも早生まれなんだぞ!」


「そちらの言い分ももっともだが……人間、吐き出さねば耐えられんこともある。これは必要悪だ」


「自分の弱さを責任転嫁するな馬鹿者っ! 悪の誘いを理性で跳ね除けるのが人間だっ!」


「ほう、一年坊主のくせに中々筋の通ったことを言う。……ところで、さっきからそちらの副会長がグロッキーのようだが」


「眞子先輩!? しっかりしてください! 屈しちゃ駄目ですよ!」


 呼吸困難に陥った門倉を介抱するため、少年が慌ただしく席を立つ。

 それを横目で見ていた金髪の少女は、退屈そうな瞳を武内の方にスライドさせた。


「会長。おとぼけコンビのスーパーお馬鹿漫才は放っておいて、話を始めた方がいいんじゃないでしょうか」


 まとめてお馬鹿扱いされた明と少年が揃って不満の声をあげようとする。が、武内のひとにらみによって押し止められた。

 静けさを取り戻した生徒会室。武内が放った言葉は、明という人間を真正面から見定めるものだった。


「夜渚明。貴様は何のためにここにいる?」


 単純な質問。しかし、宿る意志は重く鋭く、ふざけた受け答えをしようものなら即座に切って捨てられそうな気配をまとっていた。

 それに合わせて、生徒会室の空気が一変した。

 門倉は顔を強張らせ、先ほどの少年が険しい目つきで明を監視している。


(……そうきたか)


 確認するまでもない。これは尋問だ。

 生徒会は、明が荒神であることを知っている。集団昏倒事件の真相を知っている。そのうえで、何らかの判断をするつもりでここに呼んだ。


「貴様のことは調べさせてもらった。この橿原市で生まれ、十歳まで過ごし、妹の失踪を期に他県へと移る。ここまではよくある話だ。

 だが、それから七年も経って、突然貴様は戻ってきた。たった一人でな。そして先週の事件が起きた」


「何が言いたい。まさか、俺を疑っているのか? 俺が昏倒事件の犯人だと?」


(オレ)は"なぜここにいるのか"と問うているのだ、夜渚明。何が貴様を橿原市に呼び寄せた?」


 言葉が圧力となって空気を震わせる。何の技巧も駆け引きも介在しない、豪傑の攻め口だ。


(つまらん策を(ろう)する連中に比べれば好印象だが、さて……)


 どう答えるべきか、迷う。

 武内の立ち位置が分からない。彼が現神(うつつがみ)に通じていた場合、迂闊な答えは最悪死を意味する。

 明は慎重に言葉を選びながら、武内をにらみ返した。


「成すべきことを成すために戻ってきた。それだけだ」


「ふん。何をしでかすつもりか知らぬが、貴様に何ができる? (おご)りは我が身の破滅を早めるだけだ」


「できるかどうかなど知ったことではない。だが、やらねば俺は大事なものを失ってしまう」


「失うのは命かもしれぬぞ。地獄をその目で見るやもしれぬ」


「地獄だと? 地獄より怖いものなど、いくらでもある」


 吐き捨てるように言って、身を乗り出す。


「忌むべきは死ではなく、停滞だ。動かぬままに漫然と生き続け、時間に流され、諦め、淀んで腐って萎えていく。

 そうして全てが手遅れになってから『ああ、そんなこともあったな』などとヘラヘラ笑って語るようなクソッタレに成り下がることだ!」


 武内に負けじと意志を乗せ、叫ぶ。

 叫び終えた明は、途端に口をつぐんだ。自分がすっかり冷静さを欠いていたことに気付いたのだ。

 今のは失言だったろうか。背筋に冷たいものを感じつつ、周囲の反応を探る。

 生徒会の面々は無言。武内は先ほどから微動だにしていない。

 誰も動かず、何も喋らず、耳が痛くなるような無音だけが続く。染み出た冷や汗が大きな玉を作り、明のこめかみを流れ落ちた。


「……言うだけ無駄だったようだな」


 明への興味を無くしたのか、武内はマントを翻らせて背を向けた。

 続いて、門倉が息を吐く音が聞こえた。それを皮切りに、室内の空気が緩んでいく。


「最後の警告だ、夜渚明。命惜しくば、速やかにこの地を去るがいい。死ぬか逃げるか、二つに一つだ」


「それはお前が手を下すという意味か? それとも現神か?」


「貴様次第だ」


 武内はそれ以上何も話さなかった。

 明は形式的に一礼。それから(きびす)を返し、生徒会室を後にした。

 しばらく歩いてから後ろを確認するが、誰かが追ってくる様子は無かった。


「生徒会か。おかしな連中に目をつけられたな」


 目的は不明だが、やはり彼らも黒鉄と同じく"普通ではない"。

 敵か味方か。白か黒か。

 今はただ、彼らと事を構えることが無いよう、祈るだけだった。

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