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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第六話 あらがみ

 望美との密談を終えた明は、改めて木津池と向かい合う。

 木津池は黒板の前に立ち、「早く早く!」と言わんばかりの気持ち悪い笑みで体を揺らしていた。

 どことなく祖父が昔飼っていたアホ犬に似ている。あの犬も飯時になると、よくこのような動きをしていたものだ。


(……と、昔を懐かしんでいる場合ではないな)


 手のひらを下げるように動かし、どうどうと落ち着かせる。

 揺れなくなった木津池は心持ち冷静さを取り戻したらしく、気持ち悪い笑みを消した。


「聞こうか。あの日、耳成山で何を見つけたんだい?」


「そちらについてはまだ何も。例の昏倒事件に巻き込まれたせいで探検どころではなくなってしまったからな」


 嘘は言っていない。正確に言うと"何かありそうな洞窟の入り口"は見つけたのだが、あれ以降は耳成山に立ち寄る機会が無かった。

 それに、警察の聴取では「学園を出ようとしたら意識を失った」と証言しているため、矛盾した発言をすることは避けたかった。

 話を聞いた木津池は拍子抜けしたような顔で、


「あれ、そうなの? 俺はてっきり、君たちがピラミッドを荒らしたから昏倒事件が起きたのかと思ってたよ」


「……どういう理屈だ。まさか祟りとでも言うんじゃないだろうな」


「ピンポーン。ツタンカーメンの墓を調査した研究者たちが相次いで変死したという"ファラオの呪い"だね。実際には呪いじゃなくて、墓室に生息していた微生物が原因なんだけど……」


「その話は後でいい。それより聞きたいことがある」


 明はわずかに息を止め、


「荒神、八十神、現神。これらの持つ意味を教えてほしい」


 さしあたっての壁がこの三つだった。

 現神と八十神が荒神を狙っている。現時点で判明しているのはこれだけだ。

 七年前の事件は証拠が少なすぎるため、この際無視して"荒神殺し"だけに焦点を絞ることにした。

 本来の目的からは遠ざかってしまうが、急がば回れだ。鳴衣のことは犯人を突き止めてからゆっくり調べればいい。


「どうだ木津池、分かるか?」


「神、神、神……これまた神だらけだねえ。誰から聞いたんだい?」


「情報元は明かせん。ご理解してくれ」


「いい答えだ。情報提供者のプライバシーを守るのはエージェントの鉄則だもんね」


「え? あ、ああそうだな?」


 適当に相槌を打つ。木津池は鷹揚(おうよう)に頷き、


「そうだね……現神は聞いたことがないけど、荒神と八十神なら知ってるよ。っていうか、検索すれば一発で出てくるでしょ?」


「出ることは出るんだけど、書いてあることがふわっとしててよく分からなかったの」


 望美がこぼすと、木津池は苦笑して、


「そりゃそうさ。両方とも一般名詞だし、説明が抽象的になるのはしょうがないよ」


「待て。荒神は分かるが、八十神は固有名詞じゃないのか? オオクニヌシの兄弟神だと聞いたが」


「古事記を読んだのかい? あれは単に"大勢の神様"って意味で書いてあるだけだよ」


 望美が目を丸くし、


「八十人、いないの?」


「いないいない。八十って字は八百屋とか八百万神(やおよろずのかみ)と同じで、とにかく大きな数を表してるんだ。正確な数字じゃない」


「つまり……なんだ、その他大勢という認識でいいのか?」


「もっと意地の悪い言い方をすると、"いちいち名前を付ける価値もない下級神"ってところかな」


「下級神……」


 口にしてから、なるほどと思った。

 アメノウズメは八十神を鉄砲玉のように扱っていた。彼らは雑事をこなす下っ端構成員であり、大層なコードネームを持つ現神とは文字通り格が違うのだろう。


「なら、荒神はどう読み解く? 火の神か? それとも祟り神か?」


「やれやれ、ヒントも無しに無茶振りするなぁ」


 眼鏡のブリッジをつまみながら、教卓の周りをぐるぐると歩き回る。三周したところで、木津池は答えを出した。


「八十神とセットで考えると……古事記繋がりでスサノオかな」


「スサノオだと……?」


 予想もしていなかった名前が出てきた。

 スサノオノミコト。邪悪な蛇神ヤマタノオロチを討伐し、クシナダヒメを救った日本最古の英雄。日本人なら誰もが知る"ヤマタノオロチ伝説"の主人公だ。


「古い神様っていうのは、時代の流れと共に様々な変容を遂げていくものなんだ。名前が変わったり分裂したり、他の宗教に出てくる神仏と同一視されたりね。だから、スサノオもその影響を受けて荒神と見なされることがある」


 明は頷きながらも、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。


(木津池を疑うわけではないが……そうなると、アメノウズメが言っていたフツヌシやオモイカネの意味が分からん。どちらの神もスサノオと接点が無い)


 もう少しこちらの情報を開示するべきか? と思案しつつ、木津池の話に口を挟んだ。


「仮に荒神がスサノオだとして、神話の中でスサノオが持つ属性とは何だ?」


「んー、そうだね。災い、未熟、叛逆、トリックスター……何か一つに絞るのは難しいけど、いい意味じゃないことだけは確かだね」


「それはどうしてなの? スサノオって、ヤマタノオロチを倒したヒーローなんでしょう?」


「大蛇退治はスサノオの一側面に過ぎないよ。神話におけるスサノオは短気で傲慢、すぐに手が出る乱暴者だったのさ」


 木津池はくるりと背を向け、動きの流れでチョークを手に取った。

 黒板に描き出すのは、デフォルメされたヒゲ男と、髪の長い女性。女性の方は目を釣り上げて激怒している。


「スサノオは太陽神アマテラスの弟であり、父神のイザナギから大海原を統べる任務を与えられていた。いわば生まれながらのエリート神だ。

 ……だったんだけど、当のスサノオはお役目を放棄して泣くわわめくわ暴れるわの迷惑三昧。おまけにアマテラスと大喧嘩して、最後は高天原を追放されてしまう」


 スサノオの足元に矢印が追加された。

 矢印のベクトルは真下に一直線。黒板の端まで伸びている。


「ねえ木津池くん、スサノオは何がそんなに気に入らなかったの?」


「死んだ母親が恋しかったんだってさ。母神のイザナミが黄泉国(よみのくに)に行ってしまったがために、彼は母の愛を受けられなかったんだ」


「……そうなんだ」


「まあ、黄泉国っていっても普通に歩いて行ける場所にあるんだけどね。神話ってその辺適当だから」


「そ、そうなんだ……」


 何とも言えない表情の望美に気付かぬまま、木津池はスサノオに大粒の涙を描き足した。


「今の俺に言えるのはこれぐらいかな。参考になった?」


 チョークを置くと、手についた粉を払いながら振り向いた。

 その顔は久々にウンチクを披露できた充実感に満ちあふれている……かと思いきや、意外にも彼は煮え切らない様子だった。


「うーん、我ながら締まりのない結論だなぁ。具体的に何を調べてるのか教えてくれれば、もっと的確なアドバイスができるんだけど」


「こちらにも込み入った事情があってな。……とはいえ、助力には感謝しておく。電波男の異名は伊達ではないな」


「……それ、褒めてる?」


「もちろんだとも」


 荒神の謎が解明できたかというと微妙なところだが、自分たちだけで考えるよりは有意義な考察を得ることができた。

 その中でも、最も明の興味を引いたのは"未熟"という言葉だった。

 あの戦いのさなか、アメノウズメは望美のことを「型落ち」とこき下ろした。

 弱く未熟で、荒削りの神。現神の尺度から見れば、荒神の力はそれこそ子供の遊びに見えるのだろう。

 そのことが荒神殺しの動機に直結するとは思えないが、現神が荒神の命を軽視していることは明白だ。和解や説得による解決は、期待できそうにない。

 ならば、後は行動あるのみ。諸々の疑問は棚上げにして、がむしゃらに動き回ろう。


(まずは耳成山だな。あの祠を確認してみないことには何も始まらん)


 決意し、望美に目配せを送る。彼女はすぐに察したらしく、もたれていた壁から体を離した。

 そうして彼らが木津池に別れの挨拶を告げようとした時、廊下の方から軽い靴音が響いてきた。

 靴音は教室の前で立ち止まり、短いノックの後に扉が開かれた。


「こんなところにいたのね。探したわよ」


 入ってきたのは一人の女子生徒だった。

 大人びた顔立ちで、紅色の髪をシニヨンのように編み込んでいる。

 二の腕には赤い腕章。白い二本線の間には、高臣学園の校章がプリントされている。

 三人の視線が少女に集中する中、少女は明だけに視線を向けていた。


「二年四組、夜渚明くん……。悪いけど、これから少しだけ時間をもらえるかしら? うちの生徒会長があなたを呼んでいるの」


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