第五話 それぞれの熱
今日は二話投稿。
望美視点。
木津池秀夫。この学園でその名を知らぬ者などいない、いわく付きの問題児である。
問題児といっても、黒鉄のような不良とは毛色が違う。
授業態度や対人関係はそれなりに良好。成績は平均よりやや低いものの、指導が必要になるほどではない。
では何が問題なのかというと、とどのつまり、彼は特定の分野──オカルティズムや超常現象に対する好奇心と行動力が並外れているのだ。
木津池が高臣学園に入学してから一年と六か月。その間、彼が打ち立てた伝説(奇行と呼ぶ者も多い)は二十を下らない。
ある時は"チャネリング"と称して武道館の屋根によじ登り、またある時は宇宙線を計測するために校舎の避雷針を魔改造した。
放送室を占拠して学園中に怪文書を垂れ流し、止めに来た教師たちと壮絶な戦いを繰り広げたという逸話は今もなお語り継がれている。
最も皆の記憶に新しいのは、七月はじめに起きた"地上絵事件"だ。
期末テストの最終日。突然席から立ち上がった木津池が、体育倉庫に保管されていた石灰数十キロを強奪。グラウンドに巨大な図形を描き始めたのだ。
ほどなく木津池は捕らえられたが、「ナスカの地上絵でも描くつもりだったのか」と揶揄した教頭に対して彼は激怒し、
「ナスカではなく、飛鳥の地上絵だ。ここ飛鳥地方こそが地上絵の発祥地なんだ」
と、自信満々にのたまった。木津池は停学になった。
そのような人間が近くにいたからだろうか。学年が上がる頃になると、望美は多少のことでは動じない鋼の心と変人耐性を獲得していた。
望美が明の突拍子もないセクハラ発言に耐えることができたのは、ひょっとすると彼のおかげかもしれない。そう思うと感謝せずにはいられなかった。
「さあ夜渚くん、なんでもどしどし包み隠さず話してごらんよ。どんな与太話でも正気を疑うような冒涜的事実でも俺は優しく受け止めてなおかつ君の進むべき道を指し示してあげよう」
子供のように胸ときめかせ、目を輝かせ、朗々と言葉を繰る。
教室に招き入れられた木津池は見るからに嬉しそうだった。
「食いついてくれるのはこちらとしても望むところだが、いくらなんでもはしゃぎすぎだ。お前にとってオカルトは日常の延長線上にあるものだろう」
戸惑うように明が言うと、木津池は指を振って、
「ノンノン。面と向かってこういう話ができる相手って、意外と近くにいないものさ。同志との交流はもっぱらネット上だしね」
「だったら電脳研究部ではなく、オカルト研究部に入ればいい」
「オカ研が無いんだよ、この学園には。まあ、あっても入らないけど」
「なぜだ?」
「タダでネットが使い放題の部活は電研だけなんだ。ほら、NASAのライブカメラとか見てるとあっという間に時間が過ぎちゃうでしょ?」
「暇な奴だ」
肩をすくめる明。望美も、どちらかといえば明と同じ感想を抱いていた。
(部活って、そんなに楽しいのかな)
望美はこれまで一度も部活に入ったことがない。中学高校と、ずっと帰宅部で通してきた。
勉学で忙しいから。家計に負担がかかるから。表面的な理由はいくつも思い浮かぶ。
しかし結局のところ、入部したいと思えるほどの情熱を持てなかったことが一番の要因だろう。
望美は昔から執着心の薄い子供だった。物欲や金欲は言わずもがな、交友関係も限定的だ。
趣味と言えるものは無く、特別何かに興味を持っているわけでもない。一応、小学生の時分に書道を習ってはいたが、あれは半ば義務的にこなしていただけだ。
そう考えると、自分はとても面白みの無い人間なのかもしれない。自分の人生には、多くの人が持っているような"個性"なる色彩がすっぽり抜け落ちているのだから。
真っ白いキャンバスに絵を描こうとして、「何を描こう?」と考え込んでいるうちに行き遅れてしまった少女。それが、金谷城望美の本質だった。
もっとも、彼女自身はそのことを気に病んでいない。ただ、「楽しそうにしている人の邪魔をしたくないな」と思うだけだ。
だからこそ、悩む。
(こういう時って、どうすればいいんだろう)
望美の不安は木津池に関することだった。
オカルトマニアである木津池の力を借りれば、調査はより一層の進展を見せるだろう。本人も乗り気であることだし、詳しい事情を知れば協力は惜しまないはずだ。
だが、それは同時に、木津池を事件に巻き込んでしまう危険性を孕んでいる。
望美は覚えている。アメノウズメに操られ、意に添わぬ凶行に加担させられた生徒たちを。彼らの傷口から流れた血の赤さを。
もう二度とあのような事件を起こしてはならない。そのためにも、無関係の人間とはできるだけ距離を取っておくべきなのだ。
かといって、このまま手をこまねいていれば、遠からず自分たちは殺されてしまう。敵がそう簡単に諦めてくれるとは思えなかった。
素直に秘密を打ち明けるか。黙っているか。
答えは出ない。
望美は自らのスタンスを決められないまま、明に小声で問いかけた。
「ねえ、夜渚くん。本当に話すつもりなの?」
言ってから後悔した。まるで、自分だけ責任逃れを計っているように思えたからだ。
気を悪くしただろうか。
上目遣いに反応をうかがうと、明はおどけるように眉を上げた。
「話すといっても話せる範囲で、だ。核心に当たる部分は適当にごまかすさ」
気楽に言うと、望美の耳元に口を寄せ、
「どのみちあの熱意を止めることなどできん。それに、労せずして情報が流れてくると分かれば、木津池も過激な行動を控えるだろう」
「餌付けするってこと?」
「酷いたとえだがその通りだ。だから安心していい」
右肩にほのかな熱を感じた。肩を叩かれたことに気付いたのは、しばらくしてからだった。
下心あっての行動ではない。ごく自然に生じた、何気ない動きだ。
女性をあしらうことに慣れているのだろうか、と考えてから、すぐに訂正する。
あれに込められていたのは、異性ではなく年下の者に向けるような親愛の情だった。
(弟か妹がいるのかな……)
聞けば明は答えてくれるだろうか。
分からない。分からないが、とりあえず今考えるべきことではない。
望美は思考を切り替えると、待たされすぎて挙動不審になっている木津池に視線を戻した。
余談ですが、ナスカの地上絵が飛鳥地方発祥という説は割と昔から議論され続けているネタだったりします。本編とはまったく関係ありませんが。




