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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第二話 神々の会合

 光の消えた信号機の下で、神を名乗る者たちが会合を開いていた。

 既に男の死体は無い。彼らの配下たる八十神(やそがみ)が、しかるべき場所へと運び去った後だ。


「フトタマっちゅうのは便利じゃのう。この結界を使えば、ワシらがどこで何をしようと誰にもバレん」


 老いた声が感心したようにつぶやく。だが、それに反論する声があった。


「何が便利なものですか。窮屈極まりない! 現神(うつつがみ)たる我々が、なにゆえ人目を避け、息を潜めて、落人(おちうど)のように過ごさねばならぬのです!?」


 若く神経質な叫び声が、周囲の霧を裂くようにこだまする。老いた声は笑って、


「いや、おぬしは割かし自由に飛び回っとるじゃろ。金の字なんぞ、一度も日の光を浴びておらんぞ?」


「あの者を神聖なる現神(うつつがみ)の枠に入れないでいただきたい! あのような異常者、永久に封じておけばいいのです!」


「おぬしは相変わらずじゃのう。まあ閉じ込めといた方がええっちゅうのはワシも同意見じゃが……」


「ならば引き合いに出すのは筋違いというもの。貴方の不用意な発言は私だけでなく、現神(うつつがみ)全体の品格を棄損するものであると自覚していただきたいものですね」


 神経質な声は大きくため息をつくと、なおも小言を言い連ねようとする。

 それを止めたのは、隣に立つ虫のような異形だった。


「そこらで喧嘩はやめにしときなって。俺たちみーんな運命共同体ってやつなんだから、もっとお互い気遣い合っていこうよ」


 明朗な声。見た目にそぐわぬ物腰柔らかな雰囲気は、多くの者にプラスの印象を与える。

 ただ……今回に限って言えば、彼の仲裁は逆効果にしかならなかったようだ。神経質な声がさらにとげとげしさを増す。


「ふん、外様(とざま)が何を偉そうに。言っておきますが、私は貴方のことなど全く信用していませんからね」


「それは、俺が叩き上げの野蛮人だから? それとも顔が気に食わないから? もしくは両方?」


「理解できるだけの知能はあるようですね。付け加えさせていただくと、軽薄な性格と、秘密主義なところもです」


「おやおや困ったね。なら聞くけど、どうすれば君の信頼を勝ち取ることができる?」


「手始めにあの小娘を処分することです。いくら身内とはいえ、計画に反対した者を軟禁程度で済ませるなど言語道断。反乱の芽は若いうちに摘んでおかねばなりません」


「……ふうん」


 虫の異形は口早な糾弾を聞き終えると、しばしの間を空けてから、


「せっかちだねえ。君さあ、女性にモテたこと無いだろ?」


 爆弾発言を投下した。


「てっ……低俗な価値観で神を計るなあっ!!」


「ははは、そうムキになるなって。今度コツを教えてやるからさ」


「貴様……!」


 怒りはちきれ暴発寸前の相手に対し、虫の異形はおかしくてたまらないといった風に笑い続ける。

 一触即発の空気が、にわかに立ち込めていく。

 その空気を吹き飛ばしたのは、豪放な男の声だった。


「まあまあ。あの娘っ子を生かしとるのには、きっとそれなりの訳があるんじゃろ。だからよ、おめえさんもちっとは大目に見てやってくれねえか?」


 岩を震わせるような重低音だが、その声には不思議な愛嬌があった。神経質な声も、それを聞いて幾分落ち着きを取り戻す。


「納得はできませんが、他でもない貴方がそうおっしゃるのでしたら……」


「わりいな。おめえさんが一番頑張ってるってことは、ここにいるみんなが知ってるからよ」


「いえ、そんな、恐縮です。貴方様に比べれば、私などはまだまだ」


 渋々ながら矛を収めた後、ふと思い出したように、


「……ところで、アメノウズメの姿が見えませんが、誰か事情を聞いていますか?」


 各々が顔を見合わせ、一様に首を横に振る。

 会話に加わっていた者も、そうでない者も、互いの反応に首を傾げていた。

 不穏な沈黙。

 雨漏りのようにゆっくりと、不安が心に染みていく。良からぬことの前触れだと、皆が気付き始めていた。

 ……何が起きた?

 口にするまでもなく、統一された疑問。

 その答えを携える者が到着したのは、時間にしてわずか数秒後のことだった。だが、彼らにはもっと長く感じただろう。

 最初に見えたのは、青い光のほとばしり。

 歩道の脇から弾けるように出現した光は、揺らめきながらも徐々に形を固定させていき……最後に、人の形を取った。

 光が霧散した時、そこにいたのは一人の男だった。

 張りのあるビジネススーツに、ブランドもののコートを羽織っている。(ろう)で塗り固めたような無表情は、他者に感情を悟らせない。

 フトタマの結界を越えられる者……それも人間の男となれば、該当する者は一人しかいなかった。


「ニニギ様……!」


 神経質な声が畏敬の念に打ち震える。

 続いて現神(うつつがみ)たちがひざまずこうとするが、男は小さく手を上げることでそれを制した。


「その……申し訳ありません。ニニギ様がいらっしゃると分かっていれば、もう少しまともな会議場所を選んでいたのですが……」


「構わない。今日は取り急ぎ伝えることがあって来ただけだ」


「と、申しますと?」


「アメノウズメが死んだ」


 なんの感慨も無く──少なくとも、周囲にはそう見えるような素振りで、男は言い放った。

 現神(うつつがみ)たちが、堰を切ったように騒然とし始める。


「ほお……こりゃなんとも、スキャンダラスなニュースを持ってこられたもんじゃのう、ニニギ様」


「ウズメの奴、やっぱし遊びすぎたかよう。だから俺っちは気を緩めるなと言ったんじゃ!」


 沸き起こる反応は、動揺と戦慄。呆れと悲嘆。そして無反応。

 様々なものではあったが、総じて見れば驚きが優勢だった。


「ニニギ様を疑うわけではありませんが、それは確かな情報なのですか? 彼女の性格からして、どこかで油を売っているだけの可能性もあります」


 神経質な声が焦り気味に質問を投げかける。男は首を振って、


「確定事項だ。アメノウズメは荒神狩りに失敗し、滅び去った」


「ああ、なんという……!」


「で、誰に殺られたの? ウズメちゃんってガチンコバトルは弱い子ちゃんだけど、能力自体は結構良さげなやつ持ってたよね? 素人さん相手に負けるってのはちょっと考えられないなぁ」


 嘆き声にかぶせるようなタイミングで、虫の異形が口を開けた。

 再び険悪な空気が場を包むかと思われたが、神経質な声が爆発することは無かった。彼もまた、同じ疑問を抱いていたのだ。


「最近ますます大暴れしてるって噂のツクヨミちゃん? 宿禰(すくね)ちゃん()のお坊ちゃま? さすがにそこらの野良神ってことは無いと思うけど……」


「ただの荒神だ。三人の荒神たちが協力関係を結び、アメノウズメを返り討ちにした」


「ええー……マジで?」


「貴様っ! ニニギ様に向かってその口の利き方は何だ!」


 神経質な声が叱責を飛ばす。が、


「私は気にしていないが」


「はっ、差し出がましい真似をいたしました。どうかお許しください」


「変わり身早いのう、おぬし……」


「己が分をわきまえていると言っていただきたいものですね」


「もう何でもええわい。……して、ニニギ様。どうなさるおつもりじゃね?」


 老いた声の一言が呼び水となり、全員の視線がニニギと呼ばれた男に集中する。

 男はほんの一瞬、逡巡するように目を閉じた。しかし、それは瞬き程度の時間だったため、誰にも悟られることは無かった。


「特に何も。これまで通り、各自の判断で自由に狩ればいい」


「ちょっと消極的すぎないかな。こっちにも被害が出てるんだろ?」


「いくら寄り集まろうと、しょせんは何も知らぬ烏合の衆だ。優先して狩らねばならないような理由は無い」


「でも、厄介なんでしょ?」


「だからこそだ。計画が大詰めを迎えた今、我々には以前にも増して慎重さが求められている。復讐に囚われるあまり、面倒な連中と事を構えるのはひとえにリソースの無駄でしかない」


「……オーケー、そういうことなら、納得するよ」


 虫の異形はなおも何か言いたそうな口ぶりだったが、最終的には男の示した方針に同意した。


「伝達事項は以上だ。そちらの方は?」


「おおむね順調です。滞りなく進めば、数か月以内には」


「そうか。……では、引き続き頼むぞ」


「はっ。全ては新たな神代(かみよ)のために」


 ──全ては新たな神代(かみよ)のために。

 皆が唱和し、地面を打ち鳴らす。この大地そのものを、自分たちの形に踏み固めるように。

 かくして会議は終了し、異形たちが端から順に背を向けていく。

 全員が去ったことを確認してから、男は一人つぶやいて、そこでようやく感情らしい感情を見せた。


「新たな神代(かみよ)……いったい誰が望んでいるのだろうな」


「もちろん、ぼくときみさ。ついでにかれらもね」


 聞こえてきた声は、少年のものだった。


「……貴様か」


 男は驚くことなく振り返り……しかし、そこにいた人物の姿を見て、驚いた。


「それがお目当てのものか?」


「そうだよ。びっくりした?」


「言ったはずだ。貴様の事情に興味は無い。目的を同じくしているから、協力しているだけだ」


「そうだね。きみはそういう人だ。自分の望みさえ叶えば、後はどうだっていい。だから信用できる」


「……それで、何の用だ? 大事な一張羅(いっちょうら)を見せびらかしに来たのか? それとも急かしに来たのか?」


「両方かな。いい加減待ちくたびれちゃったから、もう少し狩りのペースを上げてもらえると嬉しいんだけど」


「自分の準備が整った途端にそれか。勝手なものだ」


「つれないなー。ていうかさ、時間が無いのはきみの方でしょ?」


 言われて、男が黙る。

 少年は「やっぱり」と笑った後、


「そんなに深刻そうな顔しないで。ぼくも色々手伝ってあげるからさ、ささっと荒神たちを収穫していこうよ、ね?」


 返事を待たず、少年は車道の向こう側に走っていき、そのまま見えなくなった。

 しばらくすると霧は消え、頭上の信号機が息を吹き返した。結界が解除されたのだ。

 最後に残されたのは、男だけ。

 歩道と車道の境界線に身を置きながら、苦渋の顔を天に向ける。


「もはや、なりふり構っている余裕は無いのかもしれないな……」


 霧が晴れても、星は見えない。

 空一面に、真っ黒な雷雲が広がっていた。

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